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「第十二話」
「第12話」

2月13日 PM11:25

川上はいまだ、エンジン音をふかし続ける車から降り、車の助手席から用意して来たよくある美術のキャンパス3分の2ほどのやや大きな包みと細長い筒と、を取り出した。

この時間、校舎には誰もいないはずだが、念には念を入れ、外目から見てもできるだけ怪しくない様にカモフラージュした『武器』を、川上は急遽、製作したのだった。

車は万が一、の校内で『行為』が誰かに発見された時に備えた逃走用に、エンジンをかけたまま、置いておく。

万全だ。
川上は闇の中一人、そう呟いて薄暗く緑色に光る校舎へと歩を進める。
六須から既に、『自分』のおおまかな出現場所と時間を聞いていたので、彼女を探すのはそう骨が折れなさそうだと理解した。

そして、同時にそれらを聞いたとき川上を悩ませる唯一の問題は、時間だ。
彼女がこの世界へと帰って来ると彼女はどういう行動にでるか、という事だ。

六須が、もし彼女へ命を狙われているからという旨を伝えれば、誰しもが大きな行動に出るだろう。反撃、逃走、もしくは外部への通報。

まず反撃あうか、という線は川上は考えていなかった。
なぜなら、この世界にいた川上美佐子という人間は温和な事で知られており、生徒らも同意だった。何れにせよ、家内にもその性格を通していたのでおおよそ彼らのその性格診断は的を射ていた。
そして、時間が最も影響する二つの懸念点。
逃走と外部への通報だった。

万が一、彼女が逃走を図ろうとするのなら、これは防ぎようがない。
なにしろ、小学校より少ない3学年をまたぐといえど、各専門教科による特別教室なども含めれば、学校内には幾らでも身を隠せる場所が存在するし、校外へ出られたら目も当てられない。

また、外部への通報も同じ。
彼女の行動を制限する、たとえば電話線であったり、電気を供給するブレーカーを切る事であったりなど、方法は多岐に及ぶが、いずれにせよ行動が可能だという現実味はない。

以上の理由から、川上はより速い彼女の校内にいるうちでの発見に努め、見つけ次第殺すという野蛮な解決法に打って出るしかなかったのだ。

川上は、エンジンをふかす車を振り返って、時々辺りを警戒しながら校舎へと歩を進める。

そこで、川上は遠くの薄暗い校舎内で信じられないものを見た。
川上が見たのは二つの人影だった。

一つは、学生服、もう一つはまっ白いスポーツウェア。ちぐはぐな二人の服装だったが、共通していたのは彼らがどうやらこの学校の男子生徒だという事だった。

川上は、小さく舌打ちをし、手に持った『武器』をどこかにおいて、二人へ帰宅を促そうと駆け寄ろうとする。
同時に―――――、

「誰かぁーーーっ!!! お願いです!!誰か来てくださーーーーいっ!!!」

涙ながら絶叫するように張り上げられた3年2組の教室の窓から顔を出した美佐子の大声が夜の沈黙を突如引き裂いた。

「お願いーーー!! はっ、早く助けてーーーー!! 殺されるーーーーっ!!!!!」

「糞、あの馬鹿女、何てこと……!! 早くしないと!!」

いち早く反応した川上は、置きかけていた『武器』を脇に抱え、校舎の入り口へと走り出す。
こんな時に、走りにくいヒールの靴を選ぶんじゃなかったと、川上は些か後悔した。

「今の…川上先生の声だよね!?」

「何だよ一体なんだよーっ!!?」

バタバタと、校舎の中から大声に戸惑う、二人の男子学生たちが飛び出してくる。
そして、二人の男子学生が、声のあった校舎の窓の方から、彼らの目の前に来たキャンパスのような大きさの白い包みと、細長い筒を持った川上と目があった。


◇――――――――◇

「あ、れ……? 川上先生?」

渡瀬は目の前の川上に気付き、間抜けな声を上げる。

「………!!」

中桐は川上の大荷物という出で立ちに表情を険しくさせる。

「川上先生。どこに行くんですか?」

中桐は鋭い声で、川上を問い詰める。

川上はできうるだけ平静を装う。気取られたら終わりだ。ここは冷静にいかないと…。
川上は大学受験や、教員採用試験などで培ってきた冷静な思考ルーティンに自身を当て嵌め、外見からは全く真実を言っているような形でいつものように話し出す。

「今、あそこにいる女の子から電話で連絡を受けたの。早く通してちょうだい……!!」

川上は急いでいるそぶりをみせ、相手に焦りを煽ってうやむやにさせることで、彼らの間をすり抜けようとする。
ところが、中桐が川上の前に立ちふさがる。

「川上先生…その『荷物』は何が入っているのですか?」

冷静な中桐の言葉が川上にとってとても重く感じられる。
落ち着け、落ち着け、川上は心の中で唱える。

「『これ』は貴方達が気にすることのないものなの。………解ったら早く通してくれる!?」

時間が経つごとに、川上の口調は本人にも気が付かない内に、早く苛立たしげになって来る。
中桐はそれを見逃さなかった。

「問題がないのでしたら包みを僕たちに預けてください。そんな荷物をもって声のした教室まで行くのは大変でしょうし。さあ、早くこちらに」

「くっ…!あ……ぐ……っ!」

3年2組へと一刻も早く向かいたい、と焦る本能と失言を取り繕おうとする理性が共にせめぎあい、川上の思考を混濁させ、川上は答えに窮した。

そんな冷静な言葉で、教師を絡め取る中桐の巧みな話術に渡瀬は、信じられない思いで目の前の冷酷な顔で佇む中桐を見つめていた。
その光景には彼自身恐怖に近いものを初めて中桐に感じていた。

今、中桐の人の気持ちを察する事ができる、彼の能力は今、武器となり、川上を嬲りつづけていた。
やがて、内容のない冷静さの瓦解しきった無様な言い訳を繰り返していた川上がついに行動を起こした。

「ああぁ!! がぁあああああーーー!!」

冷静さを失った川上は獣のようにわめきたて、白い包みを力任せに滅茶苦茶に振り回した。

「中桐っ!!」

慌てて、渡瀬が声を上げる。
川上の近くにいた中桐は、振り回す川上の猛攻を避けきれず、包みの角は中桐の額にぶつかり、地面にもんどりうって背中から倒れこんだ。

中桐は転がって視界の定まらぬまま、渡瀬が中桐の腕をつかんで、川上から距離を置くべく彼の方へとぐいっ、と力強くひっぱった。

二人の2メートルほど前の川上は既に包みを広げ、不気味な形状の、その『武器』を露わにさせていた。

ボウガン。

紀元前の頃から殆ど同じ発想の用いられている間接戦用武器。専用の矢を板ばねの力で、これに張られた弦に引っ掛け、発射する装置の名で私たちが周知するボウガンだが製作自体は簡単で、材料や製造法さえ解れば、誰でも比較的容易に数時間で作れてしまう。

川上の持ったボウガンの形状はカステラのような長さと形状を持った木材に、申し訳程度にその先端に取り付けられた緩やかな曲線のカーボンのようなしなやかに曲がった怪しく光る細い金属が取り付けられて、あとは木材の下部に持ち手と、トリガーが付いているという、簡素極まりない代物だった。
川上がのボウガンという武器を選んだのはこの武器を向けた時の絶対的な優位を勝ち取るためだった。
そのため、どうしても刃物や鈍器という、殺傷力や破壊力が強い武器は除外せざるを得なかった。これらの武器は、どうしても近くでないと効力を発揮しない。
それでは、もし、美佐子を発見した時、逃げられる恐れがある。
なので川上は、『武器』の絶対条件に間接において効力を発揮するものに限定した。

その為には本来拳銃が最適だが、この日本で拳銃を手に入れるのは極めて困難、いや不可能だ。
そこで、材料さえあれば比較的容易に作れる武器であったボウガンを彼女は採用した。
そして、今、川上は自分の武器の選択が誤っていないことを確信し、笑みを浮かべた。

川上は、冷静さを失った、鬼気迫る表情で川上はその銃口を二人へと向けていた。
恐らく、矢はつがえてあるのだろう。先端付近に取り付けられた金属が軋み、弧を描いている。

「これが最後よ。早く、お家に、帰りなさい」

川上はとっておきと言わんばかりに、ボウガンを構えたまま、ゆっくりと二人へ警告する。

「か、川上…先生?」

渡瀬は信じられないという様に声を上げる。
しかし、中桐は予想できていたという様に、わかりました、と川上から距離を置いて、校舎から校庭へと向かってゆく。
動揺したように、中桐の行動を本当にいいのかよ、と小声で諌める渡瀬は、中桐に引っ張られるまま、校庭の中心でようやく止まった中桐に言う。

「おいっ! 本当にいいのかよ!! あのままじゃあそこにいる川上先生が……」

そういって、渡瀬は校舎の3年2組の方へと指をさす。
中桐は僅かに震えた声で、

「それでも、僕たちがあそこでああしなきゃ、あのまま川上に射殺されてたよ」

「それは……」

渡瀬は地団太を踏んで悔しがる。

「それでも…っ、なんか方法があるだろ!! 川上先生が殺されちまう!!」

渡瀬は、僅かに涙声で中桐に訴える。
中桐は、3年2組の教室の窓を見る。
そこには、先ほどまで叫んでいた川上美佐子の姿はなくカーテンの締め切られた窓が其処にあった。
中桐は気が付く。

「行こう。たぶん先生は教室にいない他の場所に逃げてる…!!」

「何で分かんだよ!?」

中桐が校舎の裏側の方へ突然歩き出したのを、渡瀬は追う。
中桐は早足で、歩を進めながらそばを歩く友人に説明する。

「あの窓、締め切られてる。窓を開けて大声で助けを呼んだのなら、多分あんな風にカーテンごと窓を閉めたりしない。それより声を張り上げたことで助けが来たかどうか確認するために窓は開けておくはずだ。それでも再び閉めたってことは恐らく他の場所へ移るのに川上先生は習慣的に窓を閉めたと思う」

「本当かよ…? それ?」


「僕だって川上先生の心を読めるわけじゃないし、本当かまでは解らない。けど、川上先生がまだどこかで生きてるって事を、僕は少しでも小さな手がかりがある限り信じたいんだよ…!!」


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