僕は作家だ。
──と言っても、普通の物書きとは違うかもしれない。
大抵の作家は自分の脳内でアイデアをひねり出し、それを四苦八苦して文章にしていくのだろう。
だが、僕は生まれてこの方 小説を書く為に、そんな事をした覚えが無い。ある事さえ行えば、すらすらと文章が生まれてくるのだ。
その文章は現実味があり、視覚、聴覚、果ては味覚まで再現されていると世間では大好評のようだった。僕にはよく分からないが、読者が喜んでくれているのなら、それでいいのだろう。
そんな僕の最新作は、オムニバス形式の人間模様だ。色々な人間が感情豊かに、リアリティを持って描かれていると雑誌などで取り上げられ、こちらも人気作になりそうである。僕の担当である木谷もそう確信しているようだ。
だが今回、珍しい依頼が入った。ケーキ視点の話を書いてほしいというものだ。今まで猫や昆虫、犬視点の話は書いた事があったが、無機物であるケーキは初めてだ。
もちろん書く事に不安はない。しかし、初めての経験だけに新鮮かもしれない。
「先生、依頼の物です……」
木谷が皿にケーキを盛り付け、僕の目の前に差し出してきた。僕は甘いものが嫌いだが、今回は仕方がない。無理矢理 喉に押し込む。
けれど、予想に反してそのケーキは素晴らしく美味しかった。さすがは木谷、料理の腕は一流だ。まあ だからこそ、僕の担当になれたのだが。
僕の担当である木谷の仕事は少し変わっているかもしれない。僕の食事まで担っているのだから。
僕は木谷が皿を片付ける間もなく机に向かい、PCを打ち出した。ものの数分で原稿が出来上がる。僕はずぐにそれをコピーし、木谷に手渡した。
「さすがは、先生」
木谷は満面の笑みでディスクを受け取り、丁寧に鞄にしまい込む。ケーキと皿を手早く片付けると、会社に戻るつもりなのか身仕度をして扉に向かった。出口の前で振り返り一礼する。
「それでは、また後程。新作の方のお食事をお持ちします」
そう言うと、静かに部屋を出ていった。
僕は一人残された部屋の中、次はどんな味──作品になるのかと心踊らせ、木谷の食事を待つのだった。 |