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水色桔梗ノ末裔  作者:げきお

天下一統への道

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89話 大坂城の変

天正十年六月四日夕刻、神戸三七信孝の陣所を、鈴木孫三郎が訪れていた。
歴史的な出来事を知る孫三郎は、信孝が津田七兵衛を予想通りに討つのかどうか……その点に懸念も覚えていたからである。そこで、信孝を疑心暗鬼に陥れるようなことを吹き込むことを思いついたのだった。
極秘に申し上げたい儀がございます……そう告げると、孫三郎はすぐに信孝の陣所に通されたのだった。

「三七殿……わが手の者が申すには、七兵衛殿の陣所に何度か間者が出入りしておられるとか……どうも明智配下のくノ一のように思われるとのことですが……
わが軍は、本当に一致団結できておられるのか?
我等雑賀衆のような傭兵を生業とするものは、そのような状況では戦えませぬぞ?真偽のほどを確かめられてから出陣されるなり考えられたが宜しいかと……
勿論、確証などありませぬから、難しいとは思いますが……」
孫三郎はそう告げたのである。
それを聞くなり、信孝は激怒した。

「おのれ~~っ~~七兵衛。早速成敗してくれるわ。
鈴木殿、よくぞ注進して下された」

「否、暫く……某も要らぬ注進に及んだやもしれませぬ。
確証などない事……まずは丹羽殿や蜂屋殿とも相談されては如何か?
大事になれば、某も責任が持てませぬ……」

「いや。彼奴めは明智の女婿じゃ……調略されておるに相違ない。
獅子身中の虫に決まっておるわ。
鈴木殿、念のためこの事は内密にお願い致す。
勿論、結論が出次第、お伝えする故」

こうして、孫三郎は、まんまと信孝に吹き込んだのである。
そして、すぐに信孝は丹羽長秀と蜂屋頼隆を極秘に呼び寄せたのだ。

「五郎左衛門、兵庫頭…近う。
先程、雑賀から注進があっての。七兵衛はやはり獅子身中の虫じゃ。
わしは彼奴めを討ち取ることに決めたぞ。
そこでじゃ。明日早朝に一斉に攻め立てる。
彼奴の軍勢は五百程……造作もないであろう?」
信孝は開口一番にこう告げたのである。

「お待ちを……それはあくまで噂でござろう?
もし、七兵衛殿が明智に与しておるなら、未だ此処に居るのが合点が参らぬ。
討ち果たすなど……ご無体でござろう?」
長秀がまずそう答えた。

「左様……何も証拠はござるまい。
軽々に動いて、貴重なお味方を減らす必要はござるまい?」
頼隆も追従した。

「いや、いざ戦う段になってから、裏切られれば如何するのじゃ?
それでなくとも今戦えば互角なのじゃ。
味方の中に後背定かならぬ者がおってはどうにもなるまい?
彼奴が尼崎から軍勢を呼んでからでは遅いのじゃ。
七兵衛を討ち取り、わが織田家の威光を天下に示した上で京に攻め上ろうではないか?さすれば、士気も上がろうというものじゃ。
もうすでに決めておるのじゃ……よもや従わぬとは言うまいな?」
そう言って、信孝は凄んだ。

「三七殿?それで京には討って出られるのですな?そう決意されたのですな?」
長秀が念押しした。

「無論じゃ……わしの覚悟を示せば、他の国衆も恐れて従うであろう?
五郎左衛門も出陣には賛同したではないか?」

「……致し方ござりますまい。
今宵準備いたし、明日夜明けとともに千貫櫓を攻めましょうぞ。
兵庫頭殿も宜しいかな?」
長秀は渋々決断した。
そして、頼隆も釈然としないものを抱えながら、従うしかなかったのだ。
その情報は、孫三郎にもすぐに伝えられ、合力するよう求められたのだ。
ここに来て、再度琴音が七兵衛の元を訪れたのである。

「鈴木孫三郎様からの言伝です。
明日早暁、三七殿、丹羽殿、蜂屋殿の軍勢が一斉に此処に攻め寄せまする。
もし、七兵衛様が上手く逃げ果せてくれるなら、雑賀衆はお味方し、背後からその軍勢を襲い、すぐに撤収するとの事。しかも明朝には、雑賀孫市殿の軍勢二千が、岸和田城を攻め取るはず。善処されたし……と」
琴音はそう説明した。

「左様か……お主が言って居った通りになるという事じゃな?」
そう言うと、信澄は寂しそうに虚空を見上げた。

「明智の大殿様とお会いして語り合って下さりませ……」
琴音はそう付け加えた。

「与三郎、すぐに尼崎に遣いせよ。
そして、加兵衛に一千の兵にて守りを固めるよう申し伝えよ。
残りの兵を率いて戻り、わしの兵五百と合流するのじゃ。
夜明け前には大坂城近くまで来て兵を伏せるのじゃ」
信澄はこう指示したのだった。

「ははっ……ではすぐに。殿……ご武運を」
そう言って津田与三郎は尼崎に向かったのだ。

「琴音とやら……礼を申す。
義父殿に伝えてもらいたい。もし生きて会う事が叶えば語り合いたいと……」
そして、琴音は信澄からの言伝を伝えるべく、京へ向けて走った。



六月五日夜明け前である。信澄は侍大将の渡部源右衛門を呼んだ。

「源右衛門……手筈通り、三七殿の軍勢が攻めてくればまずは、引き付けて鉄砲を撃たせよ。敵が怯んだ隙に、わしは兵三百を率い逃げるつもりじゃ。すまぬが殿しんがりしてくれ。
ただし、無理する必要は無い。恐らくは背後から雑賀衆が撃ちかけよう?
犠牲を少なくして、すぐに撤退させるんのじゃ。
与三郎が軍勢二千を引き連れて来るはずじゃ。そこに合流し、一気に河内方面に逃走する。交野城を急ぎ修復しそこで養父殿の後詰を待つとしようか?
交野城ならば、河内、大和、摂津のどこにでも睨みが効くであろう?」
信澄は方策を指示した。

「ははっ……仰せのままに。ご武運を……」
源右衛門はそう言ってすぐに手配りをした。

そして夜明けと共に鬨の声が上がった。予想通り信孝、長秀、頼隆の軍勢が一斉に千貫櫓に押し寄せたのだった。城内は騒然となり、大軍が一か所に集中したため混乱を極めた。
信孝の先鋒の軍勢が櫓に押し寄せてくる。そして、今にも櫓に侵入しようとした時であった。一斉に百人の鉄砲足軽が二度に分けて斉射したのである。横矢掛の斉射は効果覿面であった。そして、信孝勢の先鋒が崩れた隙に、残りの兵三百が一斉に城外へ駆けだしたのである。

「良いか~~っ。決して後ろを振り向かず一目散に城外へ駆けよ~っ。
味方がすぐに合流するはずじゃ~~っ」
信澄は、連銭葦毛に跨ったまま声を張り上げた。
信孝勢は、予想外の反撃にたじろぎ、混乱した。その隙をついて突撃し突破したのである。
そして、漸く事態を収拾した信孝軍が追撃する。だが、殿軍の渡部源右衛門が二百の兵で懸命に防ごうとした。捻じり合いの合戦が繰り広げられる。長秀も頼隆もすぐに軍勢を叱咤すべく前線に出ようとしていた。そこへ、背後から一斉に猛烈な銃火が襲ったのである。

「ドドドドドォ~~~ン……」二百を超える鉄砲が斉射された。
城内に銃声は共鳴し、煙が立ち込める。
そして、それは一度ではなく繰り返し行われる。
雑賀衆お得意の『連続一斉制圧射撃』である。
背後からの攻撃は効果覿面であった。信孝軍は大混乱の中で右往左往するばかりである。そして、侍大将や、組頭といった指揮官が執拗に狙撃される。
後衛に待機していた、関万鉄斎盛信の軍勢はその様子を見て、一斉に軍を離脱し城外へ遁走してしまった。

「おのれ~~っ。雑賀の小倅めが返り忠とは情けなや……
すぐに体制を立て直して押し返せ~~っ」
蜂屋頼隆が大声を張り上げた。
しかし、その頼隆を狙う銃口があったのである。
鈴木孫三郎は、騎乗している頼隆を見据え、巨大な火縄銃を構えた。
周辺が混乱の極みであるため、馬廻りも少なく、頼隆の体が晒されている。

「パパァ~~ン。パパァ~~ンパパパパパァ~~ン」
三発の銃声が響き渡った。その音とともに頼隆は落馬した。
護衛の兵たちが駆け寄る。
しかし、頼隆は二発の銃弾を胸と腹に受け、動かなかった。

同じ頃、善之助は丹羽長秀に狙いを定めていた。此方も混乱の中で右往左往している。善之助は二連の銃を構え狙いを付けていた。

「パパパパァ~~ン。パパパパァ~~ン」二発の銃声が轟く。
丹羽長秀は落馬した。しかし、平然と立ち上がったのだ。

「雑賀衆は、大将を狙撃しおるぞ。すぐに防備を固め、返り討ちにするのじゃ。
各隊ごとに少数の組に分かれ、一斉に突撃するのじゃ~~」
長秀は撃たれたが、弾丸は南蛮胴に跳ね返され、もう1発は頬を掠めたのである。

「ちっ……仕損じたか……何かかっこわるいけど諦めるか……」
そう言うと善之助はすぐに撤収した。

一通りの銃撃が終わると、雑賀衆一千は一目散に岸和田城目掛けて遁走した。
四半刻にも満たない戦闘で大阪城内は大混乱を極め、信孝軍は瓦解したのだった。一万近い軍勢が、雑賀衆の寝返りによって、壊滅的打撃を受け、また裏崩れを起こし、我先に逃げ出し始めたのである。こうなると、百戦錬磨の長秀でも如何ともし難く、自身を守るためにまずは軍勢を集結させるしかなかったのだ。さらに、大将が討たれた蜂屋勢は為すすべなく潰走を始めた。
その様子を見ていた信孝は、絶望感にさいなまれた。

「三七殿……無事でござるか?」
長秀が駆け付けて、問いかけた。

「何なのじゃ?何故雑賀衆が裏切るのじゃ?」

狼狽うろたえ召さるな……三七殿は織田家の三男ですぞ。
まだ、軍勢は城内に多数おり申す。
此処で守りを固め、筑前の戻りを待ち、逆賊共に鉄槌を下すのです。
彼奴等がこの城に攻めてくることはありますまい」
長秀は引きこもっている信孝をそう言ってなだめた。

「わしは、伊勢の領国に帰るぞ……」
震えながら、信孝はそう言うのが精一杯だったのだ……







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