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水色桔梗ノ末裔  作者:げきお

本能寺への道

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76話 本能寺前夜‥‥‥備中にて

天正十年五月二十七日夜
塩飽水軍の船にて対岸に上陸した俺と源七は、ひとまず潜伏した。そして商人風を装い、高松城の近くまで来ると、付近の山中に入ったのであった。慎重を期したがために、六月朔日になっていた。
そして、その山中にて毛利家の忍びに囲まれ、紆余曲折の結果、何とか小早川左衛門佐隆景と相まみえることができたのであった。
父光秀からの書状を目通しした隆景に、俺は名乗ったのだ‥‥‥

「某、惟任日向守が嫡子、十五郎光慶と申しまする‥‥‥」
そう答えた俺を、隆景はまじまじと見つめた。
大名の嫡子が使者として敵国に来るなど、あり得ないからだった。

「何と申されたか‥‥‥疑いなく明智殿の嫡子、光慶殿と?」
隆景は思わず確認したのだった。
そして、まだ童のように映ったであろう俺の顔を真っ直ぐ見据えた。

「はい。この重要な役目、敢えて某が志願し、罷り越しました。
これ程の事‥‥‥そうでもせねば、信用頂けますまい?」

「それは道理じゃ‥‥‥で、明智殿が前右府殿を生害なされると?
そのような事が可能とは思われぬが‥‥‥」

「左様です。あと三刻もすれば、京の本能寺を囲みましょう。
同時に嫡子信忠殿も討ち取る手筈にて‥‥‥
今、京周辺には織田の軍勢はほとんどもおりませぬ。
千載一遇の好機故に、決行いたすのです。
織田の家はもう立ち行かぬ事、相違ござりませぬ」

「で、我が毛利と手合いをする‥‥‥そういう事でござるな?
敵の敵は味方‥‥‥そういう道理でござるか?」

「はい。仮にこの謀反が成功したとして、我が明智の一番の敵は、羽柴筑前殿でござります。もし、この謀議が知れた場合、羽柴殿はすぐに畿内に戻る算段をなさいましょう。
我が明智としては、具合が悪うございます。
少なくとも近江から畿内大半を制圧した後でなければ、羽柴殿と戦えませぬ。そこで、手合いして頂き、羽柴殿を背後から攻めて頂ければ、自ずと勝利を得られましょう‥‥‥
そう考え、某が使者として参ったのです」

「話の用向きは承知いたしたが、その謀反が成就する確証はあるまい?
今、毛利家は家運を賭けた戦の最中じゃ。
十五郎殿の言葉は信じよう‥‥‥されど、前右府殿の生死がわからぬうちは、我らとしても結論など出ぬ。それに、わしの一存で判断するわけにも行かぬ。
暫し時間を頂けぬか?極秘の事故、十五郎殿は陣中にお留まり頂こう」

「承知いたしました。
ですが、この謀反は必ず成功いたします。綿密に準備致しました故‥‥‥
何より、内裏が密かに後ろ盾になっておられます。
その辺りの事情も汲んで頂きたく‥‥‥
それと、明後日には羽柴殿から、和睦の条件を緩める旨、お話がありましょう。
正に謀反が成功した証左にござります。
毛利家として、英明なる判断を期待致します‥‥‥」

「宜しかろう。我らもこれから軍議を致す。遠路ご苦労でござった」

こうして、俺と源七は毛利の陣中に留まることになったのだった。

一方、陣幕の中で隆景と恵瓊は暫く沈思していた。だが、お互いの明晰な頭脳は高速回転し、あらゆる場面を想定し解答を見出そうとしていた。
「信長生害」という事実が、毛利家と天下にどのような影響を及ぼすのか?
目先のことだけで判断はできない。
そして、隆景はおもむろに口を開いた‥‥‥

「御坊‥‥‥先程の明智殿からの使者、わしは真であると思うが‥‥‥
仮に真実であり、謀反が成功したとする。
その場合、如何に処すべきだと思うか?」
隆景の心中では、すでに答えを見出している。
だが恵瓊にも問いかけずにはおれなかった。
微妙に揺らぐ心も無いとは言えなかったからだ。

「拙僧の心根も、左衛門左殿と同じ‥‥‥と見ましたが‥‥‥
案外、一番の厄介はお身内に居られるやもしれませぬな?」

「成程の‥‥‥やはり考えは同じか。
だが、事は重大故、秘匿するわけには参らぬ。
何とか説得せねばならんの‥‥‥」

「和睦の条件、大幅に譲歩させればよろしいかと‥‥‥
そうですな‥‥‥伯耆・美作の二か国割譲辺り、吹っ掛けてもよろしいのではありませぬか?もし事が起これば時を急ぐのは羽柴殿の方。我らは腰を据えて交渉すればよろしかろう‥‥‥」

「うむ。また御坊には頼み入る。
しかし、いずれは兄者を呼んで話さねばなるまい。
先方より会談したい旨、あるまでは胸の内でよかろうが‥‥‥」

「左様ですな‥‥‥事が成就してからが勝負にござる」


一方、京の本能寺では、信長が森蘭丸成利と就寝前のひと時を過ごしていた。この日は信長が持ち込んでいた茶道具を公開しての茶会が催されていた。公卿や僧侶等四十名程が招かれていた。
そして、その後も囲碁の対局を観戦したのである。
寂光寺本因坊の僧侶、日海(のちの本因坊算砂)と鹿塩利賢という当代きっての打ち手の対戦である。そして珍しい三刧となり、引き分けたのである。
後の世では、三刧は不吉‥‥‥その所以となった対局だった。

「お乱‥‥‥囲碁の対局もあそこまで縺れるものなのよの‥‥‥
達者同士の真剣勝負とは、見ていて面白みはないの?」

「上様、某のような若輩には、訳がわかりませなんだ」

「左様か‥‥‥わしにも理解などできんがな‥‥‥
そういえば、碁盤に碁石を置くが如く遊ぶ‥‥‥
昔、十五郎がわしの前で吐きおった台詞じゃ。思い出したわ‥‥‥
奴は坂本に留守居しておるのか?」

「確か従軍されて居らぬはず。
少し前に体調が思わしくないと聞き及びましたが‥‥‥今は如何なのでしょうか?」

「そうか‥‥‥久しぶりに話してみたくなったの‥‥‥
お乱、明日にでも坂本に早馬を出して召し出せ。
公家共の顔を毎日拝むのは敵わぬ‥‥‥
わしが出陣するまでの間、京にて供をさせよ」

「ははっ、明日にでも手配いたしまする。
では、夜も遅うございます。おやすみなされませ‥‥‥」

こうして、稀代の英雄、織田信長の最後の夜は終わりを告げたのである。









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