挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
水色桔梗ノ末裔  作者:げきお

本能寺への道

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

62/125

62話 光秀の諫言

天正十四年三月十四日

信長本隊は、ようやく信濃まで侵攻した。
物見遊山にでも行くような緩慢さである。そこへ、勝頼父子の首が届けられたのだ。だが、信長の関心はそこにはなく、首を晒すことのみ申し付け、甲斐へ出立した。
二十一日には諏訪へ到着し、その後諸将への論功行賞を行った。

光秀は、これを機会に信長に諫言を試みるつもりであった。
そして、信長を訪れる。

「上様、見事信忠様が甲斐武田を平らげられた由、祝着至極にござります」

「うむ。信忠も殊の外上手くやりおった。
十五郎にも申したが、信忠を今後も助けてやってくれ……」

「ははっ。十五郎も上様のご高配を持ちまして、無事初陣を遂げました。
お礼の申しようもござりませぬ……
より一層の忠勤に励むよう、申し伝えまする」

「うむ。まあ堅苦しく考えんでもよかろう?
十五郎は、我が婿になるのじゃ。ワシも認めた器量者よ……
キンカン共々、励むがよいぞ……」

「はは。有難いお言葉……痛み入りまする」
光秀は一通りの挨拶を述べたのだった……

「ところで上様……
某、今後の織田家のため、いくつか申し上げたき儀がござりまする」

「何じゃ?遠慮のう申してみよ……」

光秀は大きく息を吸い込み、話し始めた。

「上様……甲斐武田を平らげられた今、残す敵は西国のみ……
それも早晩片付きましょう。日ノ本の一統も目前にござりまする。
ひいては、内裏や寺社に対する対応を考えるべき時にござりまする。
力によって押しつぶすのみでなく、その威儀によって統治を進めていくことも考えねばなりませぬ。
甲斐においては、恵林寺を焼き討ちすること、お留まり下さりませ。
逃げ込んだ者ども、生かしておいても抵抗などできぬはず……
可惜あたら、国師たる寺社を焼けば、上様の御名が傷つくばかりにて……」

「ならぬわ~~わしは叡山然り、神も仏も信じぬ……
そのような者どもを放置しては、強い国家など絵空事よ……」

「まだござります……内裏との関係、帝も疑心暗鬼になっておられまする。
武家の棟梁は、帝の権威の元で天下を治めるもの……
その権威を軽んじれば、謀反の火種ともなりましょう?
言葉悪く申さば、帝の権威を利用すれば良いのです。
敵対するのは、利に非ず……と愚考いたしまする。
また、今後の「唐入り」の件……某は時期尚早と思いまする。
上様の天下の基盤が落ち着くまでは、戦乱にて疲弊した民百姓への負担が大き過ぎまする。海を越えての戦は読めぬもの……お留まり頂きたく……」

光秀は見た……信長が鬼の形相で睨み付けるのを……

「この慮外者がぁ~~~~!!」
その声と同時に、信長が光秀に跳びかかり、足蹴にしたのだ……

「申し訳ござりませぬ……ですが、臣下たる者……
主君をお諫め致すのも勤めにござる……」

「まだ……まだ申すか?
ワシが決める事じゃ……一々指図は受けぬわぁ~~立ち去れぃ」

「ははっ、ご一考下さりませ……失礼仕る」
光秀は、あくまで冷静に対応し、その場を辞した。
内心、忸怩たる思いがあったが、明敏な信長であれば、考え直すであろうと期待もしていたのだった。


光秀が立ち去った後も、信長は息を荒げていた。森蘭丸成利が、心配そうに見ていたが、有能な小姓らしく、信長に語り掛けた。

「上様……明智殿の申し様、織田家の将来を慮っての事……
ましてや、明智殿は織田家に無くてはならぬ御仁にござります。
生真面目なお方故、あのように接せられては、忠義心が空回り致しましょう?
出過ぎたことを申しますが、ご一考頂きたく……」

「わかっておる……わしも認めてはおるのじゃ……
だが、今後も天下人たる者のようには振る舞わぬ。
常に飢えたる者の心構えなくして、幾百の天下を制することなど……
まあ良い……キンカンにはずっと上を目指す心根をもって欲しいものよ。
日ノ本の天下を半ば制したからと言うて、保身に回るとは許せぬわ……」

「ははっ。私の不明を恥じるばかりにござりまする……」
そう言って、蘭丸は平伏した。


四月三日、信長は甲斐躑躅ケ崎館に到着した。勿論焼け跡があるのみである。
戦後の処理をするためである。
光秀が危惧していた事態……「恵林寺」は焼き討ちの憂き目を見た。
案の定、武田の敗残兵が逃げ込み、信忠が引き渡しを要求したのである。
快川 紹喜は引き渡しを拒否し、燃え盛る炎の中、寺と運命を共にした。
光秀と同じく、美濃の国、土岐氏の出自で若かりし頃の光秀とも交流のあった人物である。国師(天皇の師)でもあったが、信長父子がその事に留意するはずもなかった。

「安禅必ずしも山水を用いず、心頭滅却すれば火も亦た涼し」

という辞世を残した事でも知られている……
光秀は心を痛めたが、今更言っても詮無いことであった。

四月十日
信長は甲府を後にした。東海道を通り、安土への帰還の途に就いたのである。
家康は戦後の論功行賞で、駿河一国を拝領し、そのお礼のため莫大な私財を投じて街道を整備し、宿館を造営した。
信長は、この家康の接待を殊の外喜び、安土への返礼を約した……
そして、四月二十一日、安土へと凱旋したのであった。




此処は遠州浜松城である。
駿河一国を拝領したものの、家康の顔色は冴えなかった。

「殿……信長公への接待、少々高くつきましたな。
何も、あそこまでされる必要は無かったように思いまするが……」
声の主は、本多弥八郎正信である。

「いや。信長公に機嫌を取るためには、徹底せねばならん……
毛ほどにも疑念を抱かせてはならぬのじゃ」

「しかし、安土行は……如何なさるおつもりで?
家中には心配する声も多くござりますが……
多くの護衛を連れていくわけには参りませぬし……」
正信は、その事を懸念していた。

「信長公は、わしを試しておられるのじゃ……
今後も同盟を継続するかどうかの試金石よ……
命を狙われるかもしれぬが……大博打しかないよの?」

「殿、安土までの道中は、我ら伊賀衆が護衛いたします……
何とか気取られるように細心の注意にて……」
服部半蔵正成が答えた。

「うむ。頼むぞ……しかし、城下ではそんな訳には参らぬ。
わしは、まな板の上の鯉になるしかあるまい?」
家康としては、それが限界であった。

「ははっ。何よりも織田家中の動き……
可能な限り調べまする……」
半蔵が請け負ったのであった。

天正十年四月も終わろうとしている。「運命の日」まで後一月……
歴史の流れは、表面上は変わりなく進みつつあった……






+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ