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水色桔梗ノ末裔  作者:げきお

本能寺への道

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49話 父と子と……

長安と別れた後、俺は早速、父光秀の元を訪れた。
だが生憎あいにく、父は来客中で留守であった。小姓にに所在と尋ねると、茶室とのことだったので、隣接する中庭で待つことにした。
自分でも、気が逸っていたのだろう‥‥‥

丁度、茶室での会談が終わったらしく、客人が出てきたところであった。
誰だったかは、すぐに理解した。「神祇管領」の吉田兼和であったのだ。
父光秀と、朝廷と信長の関係について密談に及んでいたことは、容易に想像できた。見送りに出てきた光秀が、何やら苦悶に満ちた表情だったからである。

「お~十五郎、戻ったのか?
神祇管領殿、わが息子の十五郎にござる」

「これはこれは、若殿様‥‥‥お父上同様、今後も良しなに頼みますぞ‥‥‥」

「某、未だ若輩にござります。今後も父共々、お引き立て下さりませ‥‥‥」
そう言って、俺は庭の玉石の上で平伏した。
そして、兼和が帰ると、そのまま茶室に呼ばれたのだった。

「父上、只今戻りましてござりまする‥‥‥」

「うむ。安土はどうであったか?」
光秀は、かなり疲れてそうであった。
恐らく、神祇管領殿との話の中で、何かあったのだろう‥‥‥

「はい。某も動転しておりまする」
内心では心の整理はついていたが、こう答えた。

「上様から何か言われたのか?」

「はい。実は嫁取りをせよと‥‥‥」

「まさか‥‥‥‥‥‥」

「はい。婿になれと‥‥‥上様のご息女を娶れと‥‥‥
まだ、十歳なので、天下が落ち着く頃には婚儀を進めよと‥‥‥」
俺は、澱みなく語った。

「まことか‥‥‥」
父は、二の句が継げない様子だった。

「はい、まことにござります。上様は上機嫌でございました」

「そうか‥‥‥」
またもや、予想外の反応だった。やはり長安の予測が当たったのか?

「父上‥‥‥某、お断りは出来ませなんだ‥‥‥」

「で、あろうな‥‥‥主君の娘との婚儀、断る家臣などおるまい。
お受けするしかあるまい」
父は、明らかに嬉しそうではなかった。

「父上‥‥‥やはり、喜んではおられませんね?
某も、予想はしておりましたが‥‥‥」

「十五郎‥‥‥わしは、おまえの器量を評価して居る。故に、正直に申すのじゃが‥‥‥この婚儀は、「明智の家」にとっては、喜ばしい事ではないかもしれぬ」
やはり、長安の予想通りだった。俺は、予め相談しておいてよかったと痛感した。そのまま、父に会っていたら、確実に動転していたと思う。

そして、光秀は続けた‥‥‥
「わしは、元は名もなき鉄砲放ちじゃった。
それが、朝倉家に拾われ、義昭公に引き立てて頂いた。
そして、上様を「天下人」と見定め、精一杯働いた‥‥‥
天下万民のためと思い、随分手も汚した。
朝倉家を滅ぼし、義昭公を追放し、叡山を焼き払った。
そんなわしを、上様は「国持大名」にまで引き立てて下された。
もう十分過ぎるほどじゃ。
しかし、その陰で、佐久間殿始め、多くの譜代家臣は追放されておる。
上様は、「人の心持ち」というものを考えられぬお方じゃ‥‥‥
この上、おまえが上様の女婿ともなれば、家中の者は何と思うであろうか?」
光秀は、ひとり語り続けた。

「はい。左様に思いまする‥‥‥子のない羽柴殿などは何と思われましょう?」
俺は、気になったので敢えて秀吉の名を出した。

「いや。家中の事だけではない‥‥‥
内裏がどのように思われるかじゃ。朝廷との取次の中で、神祇管領殿始め、上級公家の方々も、わしに信を置いて頂いておる。じゃが、そうなれば、今後はそうも行くまい‥‥‥
先程、神祇管領殿も申されておったが、内裏のお考えが、あらぬ方向に向きかけておる。義昭公も未だ「征夷大将軍」としてご健在じゃ。
日ノ本では、唐の国のごとく、力ある者だけが、天下を統べる訳ではない。
古来より、連綿と続く「権威」の後ろ盾が必要なのじゃ‥‥‥」

「内裏との事‥‥‥何かございましたか?」

「うむ。帝や親王様方々も、危機感を抱いておられる。
上様が日ノ本を統べられた場合、もはや内裏の権威を必要とされぬのでは……との疑念を抱かれておる。鎌倉幕府や足利幕府も、武家を統べる者はあくまで「帝の権威」を蔑ろにはされておらぬ‥‥‥じゃが、上様の内裏に対する仕打ちは、疑念を抱かせるに十分なものじゃ」
光秀の懊悩は、正にこの点であったのだ。

「やはりそうでしたか‥‥‥それに‥‥‥
それに、上様は、日ノ本を統べた後は、朝鮮、明国まで攻め入ると‥‥‥
お聞きした時には、耳を疑いました‥‥‥」

「なんという事‥‥‥上様は、本気でそのような事まで‥‥‥
日ノ本には、そのような力はありはせぬ。
上様は、そこまで僭上せんじょう極まっておられるのか?
あり得ぬ‥‥‥何を考えておられるのじゃ‥‥‥
何としてもご翻意頂かねば、民が塗炭の苦しみを味わうことになろうぞ‥‥‥」
光秀の顔には、憂慮の色が滲んでいた。

「某に、先陣をせよと‥‥‥恐らくは、家中にも早晩知れ渡りましょう。
最早、翻意頂くという次元は超えておるように思います」

「いや、折を見て、わしが諫言いたす。
他の誰も上様に異見などできまい‥‥‥わしが言わねば‥‥‥」

「父上‥‥‥必ずや、上様の勘気を蒙りまする‥‥‥
今の上様は、家臣の言う事に耳を貸しませぬ」

「十五郎‥‥‥甘言ばかりでなく、時には一命を賭してでも申し上げるべき時がある。ご翻意されるかどうかは、問題ではないのじゃ‥‥‥」

「父上‥‥‥父上は、私の「誇り」でございます。
父上の息子に生まれて、私は‥‥‥
この上は、結果どうなろうと、覚悟ができました」

「うむ。しかし、嫁取りの事……御礼申し上げねばなるまい。
安土へ向かうとする。その時に「唐入り」の件、お諫め申し上げる」

「いや、暫く。父上……それは時期が悪うござります。
某が女婿になると決まった直後に申し上げれば、その状況を盾に、諫言に及んだと思われ兼ねませぬ。暫し、間を置かれた方が良いと思いまする……」
俺は、この点を注意喚起した。

「成程の……確かにその通りじゃ。
わしとした事が、冷静な判断を欠いたようじゃ……」

「はい。偉そうな事を申しました。お考え直し下さり、嬉しく思います」

「話は変わるが、伊賀攻めが始まる……またぞろ多くの血が流れるの……
おそらく、上様は根切りをされるであろう。相手は忍びの者も多い。
女子供ばかりが殺されるのは、辛い処じゃ……」

「左様にござりますか……やはり、残党は各所に散らばりまするな……」

「そうなるであろうの……盗賊や野伏りと化し、治安を乱そうな……」

「一部は、召し抱えられましょうな?確か、羽柴殿の忍び衆も、伊賀者……」

「うむ。警戒するべきじゃな……」

「武田攻めはやはり、年明けには始まりましょうや?」

「そうなるであろうの。木曾への調略が進んでおる。
穴山は徳川殿が調略するであろうの。親族衆の木曾、穴山が寝返っては、武田の家はどうにもなるまい。大戦にはならず、早晩滅亡の憂き目を見るであろうな……
名族「武田」も呆気ないもの。勝頼公が哀れじゃ……」

「実は上様より、武田攻めで「初陣」せよと……
祝いにと、立派な甲冑まで頂戴いたしました」

「成程の……上様は、余程其方を気に入っておいでなのじゃな……
羽柴殿辺りが、嫉妬しそうじゃな?」

「はい。それが変な方向に向かねばよいのですが……」

「まあ、そこまで考えては身が持つまい。おまえは、有りのままであればよい」

「はい。暫し今後の戦略を練りまする。長安殿も、何やら研究をしたいご様子。金子が入用です。お願いできませぬか?」

「ハハハッ、好きにいたせ。あの御仁は変わった能力をお持ちのようじゃ」

「はい。有難き幸せ……早速手配いたしまする」

こうして、報告が終わり、一応の落ち着きを見せたのだった。
季節は秋に変わろうとしている。
時代の流れは、いよいよ大きく動き出そうとしていた……

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