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水色桔梗ノ末裔  作者:げきお

天下一統への道

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105話 尼崎の戦い 壱

天正十年六月十日早暁
羽柴筑前守秀吉は一万六千の軍勢を率い、兵庫城から出陣した。
明石城で長宗我部水軍の砲撃を受けたものの、大きな損害は出ていなかった。唯、兵の士気という点で損害を受けたという負い目を感じていた。此処に来て、一刻も早く決戦に臨み、兵達に勝利を与えるしかないと判断したのである。
秀吉は兵力的に不利である以上、悠長な戦をするつもりはなかった。
乾坤一擲の策に賭け、上手く行かねば即座に撤退するつもりでいる。
この場合、作戦の失敗は畿内を光秀に明け渡すことを意味する。
毛利との和睦に手間取り、畿内の諸将の動静に影響を与えられなかったことは痛かったが、秀吉は持ち前の上昇志向で自身とその軍勢を叱咤していた。

巳の刻を過ぎた頃、羽柴軍は戦場に姿を現した。尼崎、有岡両城の中間地点である。そこには明智軍が展開して布陣し待ち構えていた。期せずして同時刻に、池田勢も布陣を終えた。有岡城から五千の軍勢を南下させ、津田勢の真正面に展開したのである。
両軍合わせて五万に近い軍勢が相対した。様々な色の旗指物と、雲一つない空……極彩色に彩られた光景。しかし、馬の嘶き意外にはほとんど音が聞こえなかった。
両勢の間を縫う様に、遣い番が駿馬を縦横に走らせている。大掛かりな戦の前の日常の光景である。羽柴軍の先鋒は加藤光泰と中村一氏の二千五百である。その後ろに堀久太郎秀政の二千と一柳直末の一千、右備えが木下家定、生駒親正、堀尾吉晴の二千、左備えが羽柴小一郎秀長の四千、秀吉本陣が三千五百で、加藤清正、福島正則など後の七本槍呼ばれる武辺者達が守っていた。そして、秀長の後ろには木村重玆の一千が遊軍として控えている。


「官兵衛、相手の布陣……どう見る?」
秀吉は尋ねた。秀吉が見ても穴がなく、付け入る隙がないように思われる。

「されば……敵ながら隙がありませぬ。正に鉄壁の布陣に見えますな?」

「美しすぎる……という事か?」

「さすがは殿。ご明察にござる。
完璧であるからこそ、奇策には脆いかも……しれませぬな。
しかし、それは当方にも言える事。
実際に始まってみなければ、どう転ぶかわかりませぬ」
官兵衛は有りのままを答えた。もっと気の利いたことを言いたかったが、戦場において軍師の役割とは、冷静の状況を見極める事と言い聞かせていた。




一方、池田勝三郎恒興は羽柴軍来援と知って喜び勇んで出陣してきていた。畿内の周辺勢力はすべて敵であり、有岡城近辺でも一揆勢が蠢動し辟易としていたのである。その都度撃退してはいたが、空しいだけであったのだ。その状況から解き放たれただけでも晴れやかであった。
「この一戦に賭ける……」そういう思いが強かったのである。恒興は信長の乳兄妹であり、気位も高かった。秀吉の指揮で戦うのも忸怩たる思いがあったが、実力差があるので仕方がないと割り切っていた。

「元助……先陣として思う存分暴れて来い。
この一戦に我等の命運が掛かっておる。
左翼は伊木清兵衛、右翼は片桐半右衛門に命じる。
七兵衛など薙ぎ払い、日向守に一泡吹かそうではないか?」
恒興は布陣を申し伝え、開戦を待った。小細工などせず、遮二無二戦うしかないと決めている。恒興自身も一歩も引かず、元助の後に続くつもりでいた。




正午になろうとしていた。戦機は十分に高まっている。
日輪が真っ青な空の最も高い位置から両軍を照らし出していた。
羽柴筑前守秀吉は床几から立ち上がり瞑目した。
「上様……どうか力をお貸しくだされ……」
そして、そっと軍配を振り下ろした。
法螺貝の音が響き渡った。先手進軍の合図である。
歓声と共に中村一氏と加藤光泰の軍勢が動き出した。

その法螺貝の音は当然、明智軍にも聞こえた。同時に光秀も軍配を返したのである。
明智軍先陣の斎藤内蔵助利三と島左近清興が動き出した。

「皆の者……先陣は戦の誉れぞ。殿の恩顧に報いる時が来た。
わしが倒れても決して退くでないぞ~~っ。良いか~~」
内蔵助はこの一戦に燃えていたのである。秀吉とは遺恨もあり、内蔵助はどうしてもと先陣を志願したのである。

両軍の先陣同志の距離は然程離れていない。あっという間に両軍は刃を交える事となった。先陣同志の兵力は拮抗している。あとは気力が勝負を決めると言えた。
戦場の南側は平坦な場所で伏兵を置くのも難しい地形である。まさに純粋なぶつかり合いなのだ。しかし、北側の戦場は起伏もあり、兵を伏せる場所もあるような地形である。夏の草木が身の丈以上に伸びている場所も多かったのだ。
津田七兵衛信澄は、池田勢の戦意が旺盛なのを見て取り、真正面からぶつからず、相手の突撃を受ける形で対応した。先陣の津田与三郎に持久戦を志向するよう指示を出していた。幸い鉄砲も多く、出血を強いればいずれ敵が立ち枯れると読んでいたのである。中川清秀、高山右近にも同様の趣旨の命令を下し、徒に突出して陣立てを乱さぬよう厳命していた。

先陣の池田元助は、若いが猛将である。真正面から突っ込み肉弾戦を挑んだ。津田勢は鉄砲で応戦したが、勢いを止められず白兵戦に突入した。津田与三郎も決して弱兵ではない。鉄砲を一通り撃つと、その後は馬廻りを引き連れ激戦に身を投じていった。
池田勢の攻勢はそれだけでは無かった。両翼も突出し、津田勢に狙いを絞って突撃する。恒興は秀吉からの書状で極力津田勢に攻撃を集中するよう促されていた。摂津衆が寝返る可能性を考えての事である。

「申し上げます。先鋒の津田与三郎様、苦戦。敵の両翼からも攻め立てられておりまする」
注進がそう告げてきた。

「相分かった。中川、高山勢に更にその外側から敵を包囲するよう伝えよ」
七兵衛はそう命令した。
津田与三郎は倍の敵と上手く渡り合っていた。巧に敵の突出を受け流し、兵の犠牲を少なくするよう仕向ける。しかし、長い時間は持ち堪えられぬ事も理解していた。

津田軍右翼の高山右近重友はその状況を具に見ていた。
秀吉からの調略が伸びてはいたが、右近は寝返るという選択肢を持たなかった。文字通り逡巡が身を亡ぼすと確信していたからである。敵が津田勢に殺到する状況を予測し、側面攻撃する時期を見計らっていたのである。そして、決断した。

「皆の者、続け~~っ」右近はそう一喝すると伊木清兵衛の部隊目掛けて突撃した。
鉄砲を釣瓶撃ちさせた後一斉に戦場に躍り出たのである。
当然ながら側面攻撃は効果覿面で、伊木勢は陣立てを乱した。
津田与三郎も、その攻撃に合わせて押し返す。一進一退の攻防である。

左翼部隊の中川清秀は、この状況を冷静に眺めていた。
清秀は秀吉の使者を復命させている。だが、寝返るとも表明していない。
秀吉の「戦を懈怠せよ」という文面だけを上手く利用するつもりでいた。
状況次第で戦に参加するかどうか決めるつもりなのである。
多方面に物見を出し、もし明智勢に味方するなら最も効果的な場面でと考えていたのだ。幸いなことに津田七兵衛からは何も督促が来ていない。幸か不幸か、使い番の馬が被弾し、清秀の陣に辿りつけなかったのである。


「申し上げます。若殿の軍勢、敵先陣に攻めかかっておりますが、未だ突破できませぬ。また伊木清兵衛様の軍勢、敵高山勢の側面攻撃により、一時後退し立て直すとの事」
恒興の元に注進が入った。

「高山右近めが……明智に付くと申すか……」
恒興は思っていた。この膠着状態をどうするか……
いや、まだだ……今は仕掛ける時ではない。

「相分かった。清兵衛には今一度突出し、高山勢に攻撃を集中するよう申し伝えよ。
また、半右衛門には敵右側面より元助の隊の援護に徹するよう伝えよ。
元助には、一度後退し敵を釣り出すよう伝えるのじゃ。よいな?」
恒興は左翼部隊で高山勢を足止めし、右翼の片桐勢に援護させながら、元助の一斉突撃で敵先陣の備えを打ち破る戦略を取ろうとしていた。


津田七兵衛信澄も、その状況を具に眺めていた。
中川勢が戦闘に参加していない以上は軽々に動けないのである。
織り込み済の事とはいえ、味方の二割以上が懈怠するというのは厳しい。

「遣い番はどうしたか?今一度、中川殿に敵右翼に攻めかかるよう申し伝えよ。
そして、土橋殿にも遣いを出せ。善処されたしとな……」

中川め……動かぬならば無理にでも動かしてやろうぞ……
土橋殿ならば強引にでも仕掛けるであろうな……
七兵衛は心でそう呟いた。

こうして、尼崎の戦いは、まずは池田勢と津田勢が激戦に突入したのである。



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