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水色桔梗ノ末裔  作者:げきお

天下一統への道

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103話 開戦前夜

天正十年六月九日
長宗我部水軍は明石において羽柴軍を砲撃した。人的被害は然程多くは無かったが、心理的打撃は大いに与えたであろう事は予測できた。そして、俺は尼崎から上陸すべく海王丸で向かっていた。
水軍による先制攻撃は大成功と言うべきであったが、何故か気分は優れなかった。そして、海王丸の甲板から漠然と海を眺めていた。

「十五郎殿……やはり気分が優れませぬか?」
弥三郎が心配そうに声をかけてきた。

「はい……何となく沈んでおりまする」
俺は何となく余所余所しく返答した。

「恵先輩……俺も同じです。実は自らの命令で人を殺めたのは初めてです。
戦場の光景が目に見えておらぬのが幸いです。ホントに辛いです。
同じ日本人であるのに、何故殺し合うのかと……
考えても仕方ないんですが……」
やはり弥三郎……いや純一も同じ気持ちだったのだ。

「俺は人一人斬ったことがあるが、どうしてもな……
あの砲撃の向こう側で数百人が命を奪われたかと思うとな……
でも、これからも避けては通れん道なんやろうけど……」

そして、二人並んで茫然と虚空を眺めた。

「何や何や?若いモンが二人して並んでシケた面しとんの?
未来の人間は、人を殺める事など滅多になかったか?」
俺たちに話しかけてきたのは、ざんばら髪のオッサンであった。
土橋若太夫守重である。

「はい。先程の砲撃で幾人が命を奪われたかと思うと……」
俺は正直にそう答えた。

「今は戦国の世や。人が死ぬんも日常なんやで?
お前らがそう思っても、相手はそんな事考えよらん。
殺らな、殺られるんや。それにな、同じ日ノ本の人間でも、今の時代は国が違えばそんな意識はないんやぞ?しっかりせんかい」
守重は至極真っ当な事を語ってくれた。

「はい。わかってます……けど何となく鬱になってしまって……
申し訳ありません……指揮官がこれでは駄目ですね」
弥三郎は自らを戒めるようにそう答えた。

「その通りや。自分が極悪人になる覚悟なくして何ができる?
もっと汚れ役をやらな大将は務まらんのやで?
自分の家臣に死ねと命令せなあかん場面も出てくるんや。
迷い一つが命取りにもなる。
お前らはまだ若いが、そんな事は言い訳にならん」
守重の目は、厳しくも慈愛に満ちていた……
さすがに数多の戦場を駆け抜け、傭兵という、常に死と隣り合わせの人生を過ごしてきた人間の言う事は説得力に満ちていた。しかし、なぜか守重には温かみがあった。父光秀と同じような感覚を感じたのだ。




同じ日、惟任日向守光秀は三万近い軍勢と共に大坂の地を後にした。
ゆっくりと、しかし堂々たる行軍である。前日には中川清秀、高山右近が合流し、満を持しての出陣であったのだ。そして、午後には有岡城と尼崎城の中間地点に陣を構えた。
有岡城方面には津田七兵衛信澄を大将に、中川、高山勢五千。
そして、正面から来るであろう羽柴軍に相対するのは、光秀の軍勢一万八千。そして、その中間地点に遊軍として雑賀根来衆の四千という布陣である。
光秀本隊の先陣は、斎藤内蔵助利三の千五百と、筒井勢から島左近清興の一千である。先陣の後には右備えに筒井順慶の四千、中央備えに明智治右衛門を大将に河内衆四千五百、左備えには藤田伝五行政を大将に山城衆三千。そして光秀本陣旗本衆の四千という布陣である。溝尾庄兵衛、安田国継、四王天政孝等が本陣付きの侍大将として守りを固めることになっていた。


そして、夕刻近くになって、俺は尼崎に到着した。
「弥三郎殿……いよいよでござる。初戦より今までは順調にござるが、何があるかわかりませぬ。後はお任せ致す。我等が勝ちを得れば、兵庫城や明石城に追い打ちするのも一計にござろう。良しなにお頼み申す」
俺は弥三郎にそう言って別れを告げた。

「そうですな……某は勝を得る事しか考えておりませぬ。暫し成り行きを見ながら判断致します。まあ、お任せ下され」
弥三郎は何も心配などないように、俺にそう語った。

それから俺と源七、そして土橋守重はわずかの兵と共に馬を飛ばし、光秀の本陣までたどり着いた。夕刻とは言えまだ明るく、生暖かい風が吹き渡っていた。そして、水色桔梗の陣幕を潜ったのである。

「父上……」
俺はその一言しか言えなかった。

「十五郎……よく無事戻った。一層逞しくなったの?」
光秀も言葉少なにそう言った。だが、何も言わずとも心で十分に通じ合っているような気がしていた。そして、光秀は小姓に何やら耳打ちした。

「父上……本日昼に、明石にて羽柴勢に対し、水軍にて砲撃を加えました。
大きな被害は与えておりませぬが、恐らくは明石に幾らかの軍勢と留め置くでしょう。摂津表に出てくるのは多くても一万五、六千かと……」

「うむ。よくやった……畿内は今のところ、我らに味方しておる。
戦力的にも有利になろうな……懸念が無いわけではないがの……
それより、お前は如何する?」
光秀は早速そう尋ねた。

「はい。源七等と共に、擲弾兵部隊を指揮し、縦横無尽に働きたく思いまする」
俺はずっと考えていた腹案を伝えた。

「ならぬ。わしと共に本陣に控えよ……
戦の采配を見ておくのじゃ。また、わしに対して意見を述べよ。
お前の采配も見ておきたい。遠慮なく発言するがよい」
光秀は有無を言わさず、そう命令した。

「若殿、擲弾兵部隊は少数です。某が指揮を取り、働きます」
傍らに控えていた源七がそう答えた。
そうこうしてる内に、小姓たちがある物を運んできた。
俺はすぐに何かわかったのだ。上様から拝領した具足と陣羽織だった。

「十五郎……上様から頂戴した具足を身に着け戦うのじゃ。
おまえをより一層強くしてくれよう……」

「ははっ……仰せのままに……」

こうして、俺は信長から拝領した具足を身に着け、明日に起こるであろう決戦に臨むことになったのである。それから武者震いが止まらなかった。





一方、明石城を後にした羽柴軍は怒涛の勢いで進軍し、夕刻には兵庫城に到着した。そこで光秀軍の布陣を具に確認していた。明日に備えての軍議である。

「殿……明智勢は全軍合わせて二万七千程。我らと池田殿を合わせて二万一千。多少の不利は否めませぬが、相手の戦意を考えれば勝機はありまする。野戦にて決着をつけましょうぞ……」
官兵衛は秀吉にそう語った。

「うむ。調略が功を奏すれば、こちらが有利じゃな……して、布陣は如何する?」

「はい……池田殿が津田勢、摂津衆と当たることになります故、我らは真正面から日向守に突きかかりまする。筒井勢は内応する手筈故、敵右翼より攻めかかるのが常道かと。
まずは正面より押し寄せ膠着状態を作り、その隙を見て、小一郎殿に右翼から筒井勢に穴をあけまする。恐らく順慶入道は本気で防ぎはしますまい。そうなれば日向守の本陣を突けるかもしれませぬ」

「しかし、雑賀根来に背後を突かれぬか?」

「池田殿の踏ん張り次第でござるが、中川殿に送った使者は復命しておりまする。状況次第で中川殿は本気で戦いますまい……ですが、念のため小一郎殿の突撃部隊とは別に、雑賀根来に対する対策として、木村殿に一千を預け遊軍と致しましょう。木村殿ならば臨機応変に対応能いましょう」
官兵衛は歴戦の士である、木村常陸介重玆にこの重要な任務を託した。

「うむ。しかし、本陣が手薄になるのう?」

「殿……我らは兵力的には不利。多少は大胆な策を取らねば勝てませぬ。
ですが、この作戦が潰えたときは、即座に撤退為されますよう……」

「仕方あるまい……では明日出陣する。池田殿にもその旨使者を送れ。
池田殿の働きが、この戦いでは重要になる」

「ははっ。では早速……」

こうして、戦機は熟しつつあったのである。
六月九日の夜……決戦前夜であった。
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