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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

あなた誰?

作者: リック

 とある異世界において、長年子に恵まれなかった王と王妃にようやく子が産まれた。しかも待望の男子だった。

 祝宴は一月にわたり続けられた。国の重要人物は全て招かれた。ただ一人の魔法使いを除いて……。


「呼ばれていないのですが、賑やかな雰囲気に誘われてつい来てしまいました」


 宴もたけなわの夕暮れ、呼ばれなかったその魔法使いは突然現れた。顔は整っているが、目つきがきつくて雰囲気も近寄りがたいものを持つその男が来たことに、城の客人は皆怯えた。


「これはゼルメル殿、その、無視したわけではないのですが、付き合いもないのに参加を強いるのは馴れ馴れしかろうと……」


 王は原因を作ったものとして必死に取り繕った。なにせこの魔法使い、国に数多いる魔法使いとは一線を画している。実力が桁違いなのだ。それでいて、とても気難しい性格をしていた。そもそも招待状の参加するかという返信が無かったからこうなったんだ、とも言えず理不尽を感じながら下手に出る。


「……いいのですよ。私は心が広いですから。お詫びと言ってはなんですが、このたび誕生なされた王子様……」


 ゼルメルは何を思ったのか、ゆりかごで眠る王子である小さな赤ん坊と、その横に三月違いで産まれた我が子を抱えて震える乳母を見て呟く。


「良い運命をお持ちだ。……王子が十六になりましたら、異世界より流れの少女が来るでしょう。王子と呼ばれる者がその者と婚姻し、この国は未曾有の繁栄を極める。この予言をもって、私は王子の誕生を祝福いたします」


 その底知れぬ力で何かするのではと思っていた王と王妃だったが、意外にもゼルメルはその祝福の言葉を述べると、黙って去っていった。夫妻は血が流れなかった事に安堵したが、我が子の結婚相手が限定され、しかもどこの馬の骨とも知れない者であると先に分かって、これはこれでどうにも腑に落ちない気分にさせられた。

 とはいえ、ともかく祝宴はそんな一幕もあったものの、無事に終わった。


◇◇◇


 王子はアッシェと名づけられ、すくすくと成長した。傍らにはいつも乳兄弟のバルドの姿があった。二人はいつかくる流れ――この世界に時折迷い込む人間の総称である――についてよく語り合った。


「バルド。俺、将来異世界人と結婚しないといけないんだってな」

「アッシェ様。そう、ですね。そうすることで繁栄するなどと、あの魔法使いは言っていましたから、断る事が出来る話ではありません」


 アッシェは王族らしからぬ粗暴な振る舞いで、隣のバルドに話しかける。バルドは大人しく当たり障りないことを答える。というのも、乳母であるバルドの母が、自分の乳で育てた王子が異世界人なんかと婚姻するのを運命付けられていることに憤慨し、かなり甘やかして育てたので負い目があるのだ。


「嫌で嫌でたまらないな、異世界人となんて。王家に何の利益があるんだ。地元の人間と違って地位も金も持たないのに。養ってもらうだけの人間と結婚なんて。そもそも存在自体が不気味なんだがな」

「しかし、決定事項です。変更がきくものではありません。……ゼルメル様はアッシェ様がそう思われるのを見越して予言されたのかもしれませんね。恨みに思ってないはずがないですから」

「だろうな。あいつの性格の悪さは評判だし。そんな男が薦める異世界人なんて、どうせろくでもないやつに決まってる。ああ鬱だ……」


◇◇◇


 本人がどう思っていようと、時間は無情に流れる。王子は十六になり、件の少女が現われた。森の中で迷子になっているのを、国の兵士が保護して王宮に連れてこられ、王子とバルドに対面させられた。


「あの、初めまして。天井(あまい)絵真(えま)です」


 ずっと抱いていた印象と違って、素朴で清楚な少女だと乳兄弟のバルドは思った。しかし、アッシェがどう思うかは分からない。何せずっと嫌だ嫌だと言っていたのだし、綺麗で高貴な女性を見慣れているのだから、さぞこの少女では物足りないだろう。もし、運命に逆らっても嫌だというなら、僕が貰ってもいいなとバルドは考えた。


「……地味なやつ!」


 案の定、アッシェは一言そう言って、さっさと自室へ戻っていった。「貴女が無事に来られるか不安で、ここのところ眠れていなくて不機嫌なのですよ」 と不安がる絵真をフォローして、アッシェを捕まえて絵真の今後について語ろうと思っていた。アッシェは自室で悶絶していた。


「バルド、どうし、どうしよう。思ったより可愛い……」


 ――そう思ったなら、どうしてあんな態度を取った。好きな人間にやることか。心の中でアッシェを責めている自分に気づいて、バルドはそれを肯定した。

 好きになったのは同時で、でも優しい態度を取ったのは自分で、なのに予言で婚姻を決定付けられているアッシェ。無性に憎らしかった。取られたって、自業自得ではないのか?


◇◇◇


 絵真は、ゼルメルに先導されて専用の部屋に案内されている間、落ち込んでいた。第一印象は失敗したらしい。声が出ていなくて暗いやつって思われたのかなあ。それとも王族に対する挨拶じゃなかったのかも。初日からこんなんで、私やっていけるのかな。両親も友人も戸籍もない異世界で、ここしか縋れないっぽいから何とか頑張りたいけど……。


「心配ですか?」


 考え込んだ絵真を見て、ゼルメルが尋ねてきた。絵真は慌てて虚勢を張る。この人にまでみっともないところを見せたくなかった。

 異世界トリップ後、森の中にいて、歩いていた人に適当に話しかけたら言葉が通じなくてお化け扱いされた。それを兵士と一緒に来たこの人が魔法をかけてくれて、私は言葉が話せるようになった。この人がいなかったらと思うと恐ろしい。言葉が通じないんだから、衣食住にもどれだけ苦労することになってたか……。ぞっとする。この人は命の恩人だ。


「大丈夫です。ここまでしてくれた、ゼルメルさんには絶対迷惑かけませんから」


 笑ってそう言う絵真に、ゼルメルはくくっと面白そうにした。


「実は、運命なんて決まっているものですよ。別に私がこうまでしなくても、貴女は辺境に視察に訪れたアッシェ王子に見初められる運命だった。浮浪児なんて珍しいものを拾って、ボロボロの姿を洗ってみたら、この世界にはいない黒目黒髪で……。私はイージーモードにしただけですね」

「そう、なんですか?」

「はい。だからお気になさらず結構。ああ、部屋に着きました。今日はもう休まれたらいかがです?」


 話しているうちに部屋に着き、絵真は納得いかないものを抱えつつ、休む事にした。

 絵真が部屋に入ったのを確認し、ゼルメルは呟く。


「そう、運命は決まっている。私はただ、それを全壊しない程度にぐちゃぐちゃにしてやりたいだけ」


◇◇◇


 庶民暮らしが長かった故に、王宮で借りてきた猫のようになっている絵真に、バルドが不憫に思って花を摘んで渡した。


「とても、綺麗な花ですね」


 絵真は部屋の前で花を受け取って感激していた。元の世界では卒業の時くらいしか花なんて貰ったことない。それが異性で、王子の乳兄弟なんて人から……。


「喜んでもらえた?」

「はい! ふふ、良い匂い」

「よかった、やっと笑った」


 絵真は顔を赤く染めた。異性からこんな優しくされたのも初めてだった。照れ隠しにバルドを質問責めにする。


「え、ええっと、今日はどうしてお花なんて? 取ってくるの、苦労したんじゃないですか?」

「昨日のアッシェ様の非礼のお詫びのつもりで。でも、苦労なんてどうして?」

「指の爪、土が入ってますよ」


 バルドは爪を見て恥じた。よく洗ったつもりだったのに。噂になるといけないから野山で摘んでくるしかなかったとはいえ失敗だった。絵真に小汚い男と思われたくない。


「私のためにそこまで……すごく嬉しいです」


 予想に反して、絵真の中での好感度は上がったようだった。綺麗な花瓶に入れて一日眺めたい、記念にドライフラワーにするのもいいかも、押し花にして好きな本に入れたい、とテンション高く語る絵真に、バルドは心温まる気持ちになった。


 反対に、物陰からその様子を見ていたアッシェは不機嫌になった。昨日の非礼を詫びようと豪華な花を持って部屋に向かったら、乳兄弟が先に来ていて、しかも良い雰囲気。

 アッシェは、手の中の花束を握りつぶした。

 もう少し楽天的なら、なにも考えずに差し出した、もう少しバカなら、貰ったあとの少女の気持ちなんて考えずに済んだ。

 この後に職人芸な花束を渡したら、金にものを言わせていると思われて心証が悪くなりそうなのが分かるくらいには、アッシェは人の機微が分かる人間だった。


 ほどなく、アッシェはバルドを呼び出して殴った。


「何を……!」

「何をじゃない。人の女に手を出しやがって、そう言いたいのはこっちだ。予言で決まってるのは俺なんだよ。お前はすっこんでろ! 絵真に近寄るな!」


 バルドは逆上して周囲にアッシェの暴走を訴えたが、予言のせいで逆にバルドが狂人扱いされるだけだった。


「は? だってあの少女はアッシェ様のものって決まってるじゃないか」

「何で分かってて誤解されるようなことを……バルド、お前幼馴染だからって思い上がってないか?」


 当然と言えば当然の反応に、バルドは予言をした魔法使いを呪った。と同時に、魔法使いならこれを覆せるのではないかとおかしな希望を持った。


◇◇◇


 数日、絵真の部屋を訪れるものはいなかった。予言のせいだかなんだか知らないけれど、あまりに腫れ物扱いのうえ一人でいすぎて気が狂いそうだ。独り言も多くなった。誰か来てくれないかと思っていたら、ゼルメルが訪れた。


「こんにちは、ちょっといいですか? いえ、言語に関する魔法は最初のうちは定期的にかけないといけなくて。心配しなくても、今日で最後ですよ」


 絵真は泣きついて、外に連れて行ってくれるよう頼んだ。ゼルメルは困ったような顔をして、研究室も兼ねている自宅へと絵真を連れて行った。

 割と近くにあるゼルメルの家は、数人の弟子がいた。ゼルメルは気晴らしになれば、と、絵真の世界の犬によく似た動物と、猫によく似た動物を連れてきた。

 アニマルセラピーみたいと思って絵真がいきなり手を伸ばして触ろうとすると、犬のほうが警戒したのかワン! と吠え掛かってきた。怯えて手を引っ込める絵真。それを見てゼルメルは何を思ったのか、犬を蹴り上げた。


「!?」


 絵真が驚いているうちに、犬は地面に叩きつけられて泡を吹いた。不躾に触ろうとした自分に非があると思っていた絵真はゼルメルに怒りの言葉を投げた。


「ひどい! 何てことするの! か弱い動物を苛めるなんて最低!」

「? 私は将来の王妃に無礼を働くものを成敗しただけですが?」


 悪びれる様子も無く言うゼルメルに、絵真は余計に怒りを募らせた。


「犬なんだからそんなの分かるわけないでしょ! 私の国なら動物を理不尽に苛めたら法律で罰されるんだから! 動物だって命があるのよ!」


 そう言う絵真に、ゼルメルは鼻白む。


「それは良い法律ですね。でもそれは貴女が考えたんですか?」

「ち、違うけど、でも大事なことだもん!」

「というか、そんな法律が出来るくらい動物虐待があったということでは? 今はそういうのはゼロなんですか?」

「そ、それは……」


 意気込んでゼルメルに食ってかかった絵真だが、段々旗色が悪くなってくる。絵真もゼルメルに気圧されて、何だか自分が悪いような気すらしてきた。


「……貴女の世界では、悪いことをする人間は一人もいないと? それなのに貴女は自分のとこでも出来ない事を異世界に要求するのか? 偽善者」


 異世界初の外出だったが、しょっぱい思い出になった絵真だった。


◇◇◇


 言い負かされて泣きながら帰ってきた絵真を、部屋の前で言い争うアッシェとバルドが見つけた。絵真は何が正しいのか分からないために、二人にこの世界の常識を聞こうと経緯を話した。自分のことでいっぱいな絵真には、二人の険悪な様子を感じ取れなかった。

 とりあえず、絵真に恋する二人は怒った。怒ってすぐにゼルメルの自宅へ突撃した。


 ゼルメルの家では、犬のような生き物がにゃあ、と。猫のような生き物がワン! と鳴いて三人をお出迎えした。


「……実験中なのだからノックくらいしてほしかったですね。それで、何か?」


 面倒くさそうに言うゼルメルに、まずバルドが食ってかかった。


「絵真によくも! お前の予言では王妃になる女だろ、ならお前よりも身分は上。それなのによくも無礼を働けたものだ」


 絵真に対する仕打ちを訴えるものの、当のゼルメルは不敵に笑って流した。


「身分? それを言うなら私はこの国の王にも王妃にも敬意を払われてる身分ですよ。現状、絵真様より上。乳兄弟ごときが偉そうにしないで頂きたい」


 バルドは押し黙った。ゼルメルに言い負かされたのは、照れくさいからと婚約すら先延ばしにしているアッシェのせいだと責任転嫁してアッシェを横目で睨む。睨まれたアッシェは、堂々とゼルメルに喧嘩を売った。


「お前は身分が絶対だと思っているのか? なら俺が言うなら聞くんだな? 王の息子として命じる。お前が不愉快だ、絵真に謝れ」


 絵真はぽかんとして、ゼルメルは舌打ちした。確かに身分云々なら王の実子には及ばない身だ。


「……立派なご子息をお持ちだ、王は。どちらについたら得か理解も出来ない立派な息子を。本当にそっくりだ」


 ゼルメルは毒を吐きながらも、絵真に頭を下げた。

 この時、絵真の中でアッシェとバルドの好感度が横並びになった。上に立つ者として決して褒められたものではない行動をしてまで、自分を労わってくれたのか、と密かに感激していた。ただバルドは、それを身分を利用してまで、とさらに憎んだ。アッシェは、やっと最初の無礼を挽回できた、と心の中で安堵していた。そんなすれ違いを上目遣いで見ながら、ゼルメルはにやりと笑った。


◇◇◇


 それから、侍女達がそれとなく絵真にアッシェとの婚約を薦める日々が続いた。絵真は迷った。


「……予言だから、だよね。アッシェ様は本当は嫌なんじゃないかな。それにド庶民の私が王妃とか考えられないよ。もっとこう、バルドさんみたいな人と穏やかな毎日を過ごせたらって思うけど、でもアッシェ様、私を庇ってくれたし……」


 独り言で考えをまとめながら、今の自分が二股状態なのに気づいて自己嫌悪に陥る。何か最低だ。誠実な対応じゃない。そう自分を責めていると、何だか本当にストレスで具合が悪くなっていくように感じる。最近、ベッドで横になる時間が増えた。自堕落な生活がより絵真の良心を傷つける。


「アッシェ様は、どう思ってるのかな。少し話してみたいな」


 絵真はあまり外に出ないように、と言われているにもかかわらず、部屋の外に出た。王宮内なら大丈夫だろうと思っていた。動かないから体調も悪くなるんだと前向きに考えた。やけに重い身体を壁に手をつきながら歩いて引きずる。


 だが運の悪いことに、部屋を出てすぐの曲がり角が殺人現場だった。少女のような面影を宿した一人の侍女が、もう一人の侍女を刺し殺していた。


「……何で出てきてるの? もう遅いか……」


 いまだ凶器を持った侍女は悪びれる様子も無く、冷たい目で絵真を見つめる。絵真は恐怖と動揺で動けなかった。


「ばれないように少しずつ毒を盛ってたのに、この女が気づいちまってね。口封じで速やかに殺したのはいいけど、まさかアンタが来ちまうなんて。でももういい。アタシの役目は、アンタを消すことだから」

「毒? 消す? 何で、誰が……」


 震えながらも時間稼ぎのために質問すると、相手は笑って答えた。


「金貰ってるんだもん、相手は言えないよ。でも動機は……そうだなあ、アンタが王子と結婚すると、この国が繁栄するっていうじゃん? そうなったら困る隣国は多いってこと。分かった? じゃあ……死んでね」


 侍女が凶器を持って突進するのが分かっていても、毒でやつれた身体は咄嗟に反応しない。ただ視界に入らないように目を瞑るだけだった。


 衝撃がいつまでたっても来ない。おそるおそる目をあけると、目の前にアッシェの後姿があった。


「アッシェ様!?」

「……くっ」


 まさかの相手を刺してしまったと思った侍女は、とたんに「ちょっと、これじゃ契約が!」 と狼狽し、凶器も放り出して逃げようとした。

 しかしアッシェの計算か、逃げた先には大勢の兵士が待ち構えており、侍女はその場に押さえつけられた。このお粗末な暗殺劇は、侍女がもしものために仕込んでいた毒を飲んで死んだことで終わった。


 被害者であるアッシェと絵真はすぐに医師のもとに運ばれ、アッシェは傷の治療を、絵真は毒抜きをされた。どちらも命に別状は無く、絵真は数日、アッシェは数週間ほどで面会が可能になった。


「助けてくれて、ありがとうございます。でも、ごめんなさい。私なんかのためにアッシェ様が……」


 ベッドで横になるアッシェに絵真は謝罪した。そんな絵真にアッシェは傷に触らないように笑って答える。


「ばーか、謝るな。謝られたらかえって決まりが悪い。ああいう時の完璧な対応っていうのは、女も守って自分の身も守るのがいいと言われている。……身を挺してやっと守れただけなんていうのは、男の恥だ」

「でも、私がもっと気をつけていれば。何か私にできることはありませんか? 何でもします」


 自分が軽症で未来の国王が重傷という罪悪感から、必死にアッシェに縋る絵真。アッシェは少し考えたあと、冗談めかしてこう言った。


「じゃあ、結婚しろ」

「……え?」


 絵真はきょとんとした。その何を言われたか分かっていなさそうな表情に、アッシェは苦笑いする。


「分かったか、俺はお綺麗な人間じゃない。言質を取ったとして、こうやって卑怯な手段でものにしようとか考えるし、実行出来るだけの地位がある。……何でも、とか、あんまり軽率なこと言うな」


 アッシェはそう言ってぷいと横を向いた。絵真はしばらく考えて、その冗談に返事した。


「あの、私嬉しいです」

「は?」

「何度も助けてもらいました。私の特別は、アッシェ様です」


 血液が沸騰しそうになるのを必死で抑えながら、アッシェは小さい子に言い聞かせるように話す。


「恩を返そうとか、そういうのならいらない。勢いで言うものじゃない」

「違います。好きだからです」

「本当に、いいのか」

「はい」


 ――――そうして病室で一組のカップルが誕生したのを、恨みがましい目で見る男がいた。バルドだ。


「……僕を、軟禁状態にしていたのは誰だ……あいつよくも……卑怯者が!」


 数日前、いきなり兵の監視下におかれることになり、バルドは部屋から一歩も出られなかった。バルドはそれを絵真を独占するためにアッシェが仕組んだと思った。しかし真相は、『間者が紛れ込んでいる、それも相当近いところに』 との報告を受けたアッシェが、幼馴染の疑いを晴らすためにあえて監視下に置いたのだが、そんなことはバルドは知らないし、また想い人と結ばれて浮かれているアッシェも、弁解するのを忘れた。


 絵真は、もはや心身ともにアッシェのものだ。所詮乳兄弟にすぎない自分が何を言ってももう無駄だ。絶望と、激しい嫉妬がバルドを支配した。あいつさえいなければ……。


 そう考えたバルドはその足で、ゼルメルのところへ向かった。虚ろな目で尋ねてきたバルドをゼルメルは面白い玩具を見つけたかのように笑って出迎えた。


「人をものにしようと思ったら、実は殺してしまうのが一番なんですよ」


 ある薬を調合しながら、ゼルメルは座って待っているバルドに話しかける。バルドはあからさまに嫌そうな顔を向けた。


「そう睨まないでください。いくら一番と言っても、殺してしまってはそれで終わりで実は一番つまらない選択です。……だから考えた。生きながら操ることが出来たら最高だろうと。しかしこれが中々難しい」


 手元の秘薬を適量、カップに流し込むゼルメル。


「私にはぼんやりと未来が見えるのですが、運命はあるのでしょうね。殺す以外で人を別の道に進ませるのは至難の業です」


 カップの水の色が変わり、手早くかき混ぜる。


「大魔法使いと言われても、限界を感じる。それが無性に腹立たしい。ただの人間ならまだしも、魔力に溢れた身ですと、どうしても限界を超えてみたくなる。全てを支配したくなる。分かりますか?」


 バルドは返事をしなかった。分かるような気もするし、分からないような気もして、返事がしづらい。


「前は馬鹿にしてすみませんでしたね。しかし、これで両成敗といきましょう。……出来ましたよ」


 ゼルメルは出来た秘薬をありふれた容器に移し替えて、バルドに手渡した。


「ゼルメル……これで、本当に?」


 疑う眼差しのバルドに、ゼルメルは少し呆れながら答える。


「私に失敗があるものか。疑うなら、この話は無かった事に。そうそう、アッシェ様にも報告しますよ。何せ間者事件で隠し事はするなと通達が来ておりますのでね」


 バルドは引っ手繰るように受け取り、王宮に戻った。その背中が見えなくなるまで視線で追いながら、ゼルメルは笑った。


「私は世界一の魔法使い……頭を何回下げても呼ぶべき相手だろうに、あの王達は……。これも因果ですよ」


 ゼルメルの足元では、ワンワン吼える猫と、にゃあにゃあ鳴く犬が擦り寄ってきた。鬱陶しいと思った

ゼルメルは、前触れもなく両者を蹴り殺した。どうせ役目を終えた実験動物だ。


◇◇◇


 その夜、アッシェの病室に、バルドの名でお見舞い品が届けられた。


「……滋養強壮の薬? あいつ、絵真を奪った俺にこんな気遣いを……これは裏切れないな」


 同じ頃、バルドが同じ薬を思いつめた目で凝視していた。しかし覚悟を決めて、一気に飲み干したあと、自刃した。


◇◇◇


 バルドの喪が明けたのち、アッシェと絵真の二人は結婚式を挙げた。薄々想われていたと感づいていた絵真は申し訳なさを抱えながらも、アッシェと二人で幸せになると決めた。


「絵真、準備は出来た?」


 花嫁衣裳を身にまとった絵真のもとに、花婿が迎えに来る。


「うん、大丈夫」

「じゃあ、()の手を握って」


 その時、何故か絵真はこう返事をしてしまった。


「はい、バルド……っ?」

「うん行こう」


 ……今、何が起こった? 私、どうしてバルドの名前を? ううんそれより、どうしてアッシェはそう呼ばれて返事した?  

 見上げると、冷たい目をしたアッシェの姿があった。そうだ、こんな時に他の男の名を呼ぶなんて最低だ。謝ろうとする前にアッシェが口を開いた。


「まあ、いつかは勘付かれると思ってたけどね。僕の演技力もまだまだだなあ」

「アッシェ……?」

「二人きりの時は本当の名前で呼んでほしいな、絵真。その名前、腸が煮えくり返る」


 アッシェじゃない、よく分からないけど、目の前の人間はアッシェの容姿をした誰かだ。アッシェじゃない!


「あ、あなた誰? アッシェはどこ!?」


 動揺する絵真に、目の前の男は不敵な笑いを浮かべながら言った。


「さっき自分で言ったじゃないか。バルドって」

「バルド……? バルドなの!? どうしてそんな、ううん、アッシェはどうしたの、アッシェはどこ!」

「……さあ。帰る身体も無かったからね。接触してくる様子もないし、神の御許(みもと)にでもいるんじゃないの?」

「……!」


 花嫁衣裳が汚れるのも構わず、床にへたり込む絵真。外見がアッシェの中身バルドは、絵真に寄り添い慰めながら、あとで衣装屋を脅して別なものを持ってこさせようと思った。絵真は手を振り払ってバルドを睨みながら反抗の意思を見せた。


「……何が起こったのかは今でも分からない、でも私はアッシェがいないなら……」

「死ぬ、とでも? 君までいなくなったら、予言を頭から信じるこの国は崩壊するだろうね。君の愛したアッシェの故郷は無くなるかも。アッシェの両親も、事実を知れば泣き叫ぶか気が狂うか。それでいいなら、僕も別にいいよ」

「…………」


 本人がいなくなったことにも気づかず、このうえ彼の遺族まで悲しませるのは、まともな人間のすることではないように絵真には思えた。


「君が黙秘するなら、僕も従う。どうする?」


 絵真は自分さえ我慢すれば、老いたアッシェの両親、何も知らない国民を悲しませることはないと考えた。ほんの少し、黙っていれば全ての元凶として責められないだろうとも思った。

 式は若干遅れながらも、滞りなく終わった。


◇◇◇


 翌朝、ゼルメルは浮かれていた。バルドは念願かなって想い人を手に入れ、素敵な初夜を迎えたことだろう。他人の身体なのは思うところあるだろうが、そこは割り切ってもらうしかない。そうでなければ結ばれない二人だった。ともかく無事夫婦になったであろう二人。これで……。


「この件で脅して、この国での私の地位を保証してもらいましょう。二番手くらいならこっちも妥協しますし」


 王となったバルドを脅迫するつもりで、神出鬼没の魔法使いはバルドのもとへ向かう。

 しかし待っていたのは、バルド以外の全ての魔法使いを集めたのではないかという魔法兵の集団だった。


「王? これは……」


 予想外の事態に、思わず奥にいるバルドに問う。バルドは忌々しいと言いたげにアッシェの顔で答えた。


「……脅そうとするやつは、自分が脅されるのを考えていないな。お前みたいな危険人物を放って置けるか。こんなことが出来るなら、僕以外のやつにも絵真を……とにかく、お前は追放だよ、ゼルメル」


 バルドの合図で、魔法が一斉に発動し、辺りの空間が歪む。あまりにも多勢すぎたのと、準備万端だったのもあり、ゼルメルの魔法が間に合わない。運命を自分の手で捻じ曲げてやったと思っていたのに、相手はその上を言った。敗北を悟ったゼルメルは顔を思いっきり顰めて怒りをぶちまけた。


「畜生が! 誰のお陰でこうなれたと思ってる!? これだから私以外の人間は屑なんだ! 見てろ、今に私だけの世界を……」


 全てを言い終えることなく、ゼルメルは異世界に飛ばされた。ゼルメルがいなくなり、辺りは疲弊した兵士達の荒い呼吸だけが響く。


 ……どこの異世界に飛ばされたか知らないが、ここに置いておく訳にはいかなかった。飛ばされた先は災難だが、それだけだ。バルドは冷徹に判断した。

 終わったのを確認してどっと疲れが出たバルドは、いまだ花嫁が眠る寝室へ戻っていった。


 『バルド』 が王になったその国は、強烈な独裁政治で隆盛を極めた。従うもの以外は全員殺して団結力を高め、一時は世界の半分を支配した。

 しかし王妃が亡くなったあと、バルドは萎んだ風船のようになり、繁栄を謳歌したその国は徐々に衰退していった。

 歴史の本にはある王が異世界人を妻にしたのち、繁栄を味わって衰退したとだけ記されている。

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[一言] ぬおお。 流石、リックさん。 面白かったです!
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