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6・二人目の男
 もう一人の男、ステファンがサイトスからやって来たのはそれからたっぷり十日経った夜更け。
 インクで塗りつぶしたような何も見えないほどの闇の中に響く、金属をカンカンと叩くような音が聞こえて。
「誰か来たようですよ、結界を破った者がこちらへ向かっています」
 ダニアンの声に緊張の面持ちで戸の両側にアリスローザとウイリアムが剣を構えながら潜む。
手燭を持ったダニアンが戸の向こう側に向けて声をかける。
「誰かいるんですか」
「モンドの蝶は、蜘蛛に捕わる。だったよな」
 その声を聞いてウイリアムが相好を崩して戸を勢い良く開けた。
「ここでよかったんだよな、ウイリアム」
 戸の外に立っていたのは一見魔道師かと思うほど細面の神経質そうな少年と言っていいくらいの童顔の男。
 その男の首にがしりと太い腕を回して引っ張り込んだウイリアムが反対の手でばんばんとその男の背中を叩く。
「ステファン、相変わらずがりがりだなあ。おまえ飯食ってんのか」
「あんたも相変わらず、おっさん臭い上に言う事は食べ物のことばかり、だな」
 笑いあったステファンの目がウイリアムの後ろにいたアリスローザへと移る。
 笑い顔が固まり暫く無言のままだったが、思いきったようにアリスローザに声をかける。
「久しぶり――あんたに会うのは不本意だったけどぼくも……加わることにした」
「ありがとう、ステファン」
 ぼく、と言った男はやはり歳もアリスローザと同じくらいか、わずかに上なのか。 大人の分別を見せるウイリアムと違ってまだこだわりを持っているらしい。
 が、しかしそれを押さえて挨拶するステファンにアリスローザはそれでもありがたいと思った。
「おまえも疲れたろう、飯にするか」
 回した手をそのままにウイリアムが顔を魔道師に向ける。
「まさか、寝るよ」
 断るステファンの声に魔道師もすかさず応じる。
「あたりまえですよ、いい加減にしてください。何時だと思っているんですか」
 ダニアンの不平めいた言葉にもウイリアムは気にする風も無い。
「そうか? おれは何か小腹が減ったんだけどな。ステファンにかこつけて飯が食えると思ったが仕方がない。朝まで待つとするか」
「おっさん、いいからとっとと寝ろ」
 ステファンの遠慮の無い言葉にダニアンは大きくうなづいた。 まったくいい加減にして欲しい。
 そして――ステファンと言う男。 これはまた、やっかいなことが増えた。
 魔道師は顔を曇らせてつぶやく。
「あたしは呪われているみたいだ」




 朝の日差しが窓から差し込むのをアリスローザは寝台に腰掛けながら眺めていた。

 朝の光は何と美しいのだろう。

 それは闇を越えて、生まれたばかりの光だからだろうか。

 あれから目が冴えて一睡もできなかった。
 ステファンの態度に少なからずショックを受けているのを認めないわけにはいかない。  三年前の出来事の責任はわたしにある。
 自分も父親に踊らされていたなどと逃げることは出来ない。
 上に立つと決めた瞬間に大きな責任をも背負うのは定めだったのに――自分は気付いていなかった。
 自分のしている事の後ろにある抱えなければならない諸々の事などわかっていなかった。 しかし、わかっていたならあまりの大きさに自分は潰されて動けなかったろう。
 今は、こうしてステファンの言葉、態度、そのわずかに咎める気配一つでこんなにも動揺している自分。
 そこへ戸を無遠慮にどんどんと叩く音がして、驚いて開けるとそこにいるのは大柄な男。
「あ、ウイリアムお早う。すぐ降りるわ」
「なあ、気にするな。と言ったって気にするんだろうが。おれたち関わった者は皆一様に被害者でもあると同時に加害者でもある。ただな、今度は失敗なんてごめんだ。物事を見誤るのもな。前を向いて行こうぜ、アリスローザ」
 首の後ろを掻きながら一気にしゃべると返事も待たず、ウイリアムはすたすたと階段を降りて行く。
「ウイリアム、ありがとう」
 降りて行く男に後ろから声をかけると男は振り向かなかったが。
「おれって良い事言うだろ? 惚れたか」
 へへっと笑う声が帰ってきた。

 


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