ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
第七章 長門とハルヒ
『貴方と距離をとりたい』
とのメールが長門から来たのは、SOS団全員強制参加の亜空間でのファンタジーRPG冒険と、ハルヒの情報フレアが復活させてしまった朝倉涼子の襲撃からの文字通り瀕死の脱出の後、実空間でSOS団が再開し、前代未聞のハルヒの奢りでコーヒを飲んだという記念すべき三月十五日の夜だった。
「有希ちゃん、今夜は来ないの? キョン君、ひょとして勉強の出来が悪くて振られちゃった?」
 益体もない妹の詮索に、別に元々振った振られたなんて関係では無いし、今夜はここ暫くのゴタゴタで疲れて家でゆっくり休んでるんじゃないのかな、きっとそ うだよ、と、来ない長門に内心もやもやとしたもの感じながらも応対していた俺にとっては晴天の霹靂以上にショックなメールだった。鳩尾に冷たく重いものを感じながらメールを返す。
『どうした? TELして良いか?』
 長門にしては、長い時間の後返事が来る。
『ダメ』
『何故だ、会いたい』
『涼宮ハルヒからの微弱な情報フレアが断続的に続いている。
 このままでは貴方に危険が及ぶ。
 今度も貴方を守れるか確証が無い』
 それ以後、何の返事も来ない。思い切って電話をしたが、「電源が入っていないか電波の届かないところに……」と応答があるのみだった。
 長門と俺との間には確固たる絆が出来たと信じていた俺にとってその絆の全てを否定されたような無為な虚脱感に涙が知らずと湧いてくる、嫌だ。

 思いついて長門がくれたあの時計に『ゆ・き』と触れる。ビビビと、これには空かさず返事がきた。
 文字盤を見るが、メッセージは表示されない。もう一度『ゆ・き』と触れる。ビビビ《あ・な・た》と返事が来る。
 時計に思わず話しかける。
「そうか、俺の事、嫌いになっちまったんじゃ無いんだな?」
 小一時間の後、見つめていた文字盤に一言メッセージが浮かんだ。
YUKI.N> 大好き!
「俺もだ」
 そうすかさず答えると驚いたようにメッセージが消えた。俺がじっとして黙って時計を見ていたから、きっと俺が眠ったものと思ってこっそりメッセージをくれたのかも知れない。そして、俺が返事をしたことにビックリした。そうだな、長門。
 俺はそっと時計を撫ぜる。横で誰かに見られていたら俺、変態だな。
昼間、ハルヒ達と別れた後、古泉にもう一度呼び出され、男二人で喫茶店なぞというおぞましい状況で聞かされた説を思い出す。それによればハルヒは、俺と長門が親しくなっている事が無意識下に気に入らないらしい。抑圧された敵意が長門をあのようなトラップに閉じ込めたと抜かしやがる。いくら何でも長門の命に関わる事をハルヒが願うわけが無い。そう俺が反論すると、
「あの時、涼宮さんが言うように左の箱を選んでいたらどうなったと思います?
 私は、左の箱にも長門さんが居たのではないかと考えてしまうのです。
それも、貴方との絆を持たない長門さんがね」
「じゃ、あの時潰れた箱のなかにも長門が居たって言うのか?」
「これは、あくまでも推測です。今となっては確認する術はありません。時空間そのものが消失してしまっていますから。ですが、長門さんは否定されませんでしたよ」
もし本当だとしたら、俺がしていた時計は、ハルヒに選ばれた長門からの物ではないということだ。だから、ハルヒの言った通り左の箱を選んでいれば『俺との絆を持たない長門』がメンバーに加わっており、結果、朝倉に襲われた時に、俺は時計のナノマシンに守られる事もなく本当に命を落としていたのかも知れない。長門が、俺から距離を置きたい、俺を守れないかもしれないと言ったのはそのためか?

長門、俺はどうしたら良いんだ?

 布団に突っ伏し、時計に話しかけながら俺は眠ってしまっていた。ふと、腕の時計の振動で目が覚める。
YUKI.N> 体温が基準値以下に低下している
YUKI.N> 布団に入っていないと思われる
YUKI.N> 感冒に罹患する確率が上昇している
YUKI.N> 早く布団へ
 本当だ、寒い。身震いしつつ、俺の体重でペッタンコになった掛け布団の下にもぐりこむ。距離を置くとか言っても、やはり俺の事を心配してくれているんだな。最近は実の母親でもそんなに俺の事を気にかけてはくれ無いぞ。おまえ、本当に嫁さんみたいだな。
YUKI.N> 深睡眠を要する時刻、入眠を
「ああ、そうする。だけど独りで結論を出すなよ、一緒によく考えよう。おやすみ、また明日」

 翌朝、俺は妹のボディーアタックに仕方無くベッドから抜け出した俺の身体は昨夜の睡眠不足が祟ってか、あるいはあの世界でモンスター達と戦った時の筋肉疲労の製なのかいつにも増してぐったりと重たい。
「本当に疲れてるんだから休みの日ぐらい兄をゆっくり寝かせなさい、昔から春眠暁を覚えずって言ってだな……」
「キョン君、目が赤い。腫れてるぅ。やっぱり有希ちゃんに振られて泣いてたんでしょ。
 不甲斐ない兄貴をもった妹の身にもなってよね。そんな根暗な顔してたら、有希ちゃんだけじゃなくてハルにゃんちゃんやみくるっちちゃんにも振られちゃうから」
「根暗な顔じゃなくてネムタイ顔なのだ。間違えちゃいけないぞ、それに、どうして俺が皆に振られなくちゃならんのだ?」
「どうしてかなぁ、オ・ン・ナの勘かもね?
 ハハハ、キョン君、何引きつってるの。図星?
 早く歯磨きしちゃわないとご飯が冷めちゃうよ!」
 まったく小学生のくせに、何処でそんな言葉を覚えてくるのやら。
 しかし、オンナか。一介の男子高校生たる俺にはさっぱり分からん生き物だ。ハルヒもオンナなんだよな、オンナの事は女、俺が相談できる女性って、誰だ? 朝比奈さん? 大、小とも却下だ。朝比奈さん大なら、あるいはとも思うが、呼び出しようが無いし、それに第一ハルヒに関しては当事者であるかも知れず、迂闊な事は喋れないだろうしな。あの『禁則事項です』ってのを聞きたい気もするがやっぱり却下だ。後は……、鶴屋さんか。鶴屋さんが相談に乗ってくれれば一番かもしれないが、ハルヒや長門の超日常的な属性の事をぺらぺら喋るらずに相談する事も無理だからな。ああ、分からない。でも、鶴屋さんならどう言うだろうか?
『あっはっはぁ! キョン君も青春だね。お姉さんに相談してくれてめがっさ嬉しいにょろよ。でもね、ハルにゃんとは長い付き合いなんだろ? もっと信頼して、正面からきちんと説明してみるが良いっさ。少年、その前に、まずは自分自身ときちんと向き合うのが良いんじゃないかな?』
なんて厳しいこと言われそうだ。

「キョン君、さっきからお漬物ばっかり食べてる。ちゃんと色々バランスよくたべなきゃ駄目ですよ。家庭科の先生にならったんだから」
 どうも飯を食いながら考え事をするという柄にも無いことをしたら、ずっと漬物ばっかり食っていたらしい。めちゃ喉が渇く、お茶、お茶くれ!
 妹の呆れたような視線にさらされながら、慌てて飯を掻きこむと、最後に妹の前にあった玉子焼きを一切れ口に放り込んだ。ご馳走様。
「キョン君、ずるい、それ私が取っておいたのに」
 さて、朝飯も食ったしこの際妹に中断された睡眠時間を取り戻すべく二度寝も良いかもしれないと食卓で一息ついていた俺にお袋と妹のダブル攻撃が始まった。
「ねえ、キョン君、有希ちゃんにちゃんとお礼したの?」
「ああ、ホワイトデーに一応」
「それはそれ、試験勉強あんなに手伝って貰ったんだからきちんとお礼しなさい」
「そういった所のケジメをきちんとしないから有希ちゃんに振られちゃったんだよね」
「振られたとかそんななのじゃ無いって、紛らわしい事言うんじゃありません」
 俺の必死の抗弁にもかかわらず家族といえども口数で女二人に適う筈もなく、小遣いを持たされ長門にお礼に春物のカーディガンでも見繕って来いと追い出されてしまった。やれやれ、どうしたものか。十中八・九俺たちの会話をモニターしていたであろう長門にメールしてみる。
『今日、買い物付き合ってくれないか?』
『貴方と私の二人では駄目』
『俺一人で選ぶのか?』
『そう』
 この近くで女の子の服を俺が選ぶのって、やっぱヤバクない? そうだよな、古泉に明らかに不審なタクシーで連れて行かれた街を思い出す、あの街なら色々有るだろうし、特急にのれば三十分ばかりで行けるな。しょうがない、行って見るか。半分自棄になって駅へ向かい始めた俺はとんでもない奴とばったり遭遇しちまった。
 誰だかわかるだろ、ハルヒだ。
 一足早く咲いた桜のように、淡いピンクのニットにデニムのジャケットとスカートを合わせた姿は、見慣れた俺でもハットするぐらいに似合っている。黙ってりゃこいつも中々の美人だよな、やっぱり。で、俺、見つかっちまったのか? 逃げちゃ、駄目だよな?
「キョン、どうしたの? 春だからって、にやけて歩いてると逮捕されるわよ!」
 相も変わらず無茶苦茶な事を言う奴だ。
「ここは法治国家だ、何もせず歩いてるだけで逮捕なんぞされるもんか。それよりハルヒこそどうしたんだ?」
「何よ、私だって自分のものを買いに出歩く事だってあるわ」
「そうか、実は俺も買い物なんだけど、ちょっと困っててな。ちょっと付き合って相談に乗ってくれないか?」
「珍しいわね、あんたがそんな事言うなんて、良いわ、相談に乗ってあげる」
 俺はいつもの喫茶店にハルヒを誘った。窮鳥懐に入れば猟師もこれを撃たずってな、ここでハルヒに出会っちまったんだ。いまさら逃げるなって事だろ? 俺は正面からハルヒに当たることにした。何か考えがあってじゃない、むしろこれは偶然の成り行きって物かもしれない。
ハルヒの特訓だけでは無理で、結局俺は長門に試験勉強を徹夜で見てもらった事。親からそのお礼を買ってくるように言われて困っていたことを話した。時間伸張 とか、時計の姿をした特殊連絡装置の事はさすがにハルヒには話さなかったが、ジュースのストローを鼻と口の間に挟んで珍しく 黙って聞いていたハルヒはストローをポイッとジュースのグラスに放り込むとこう言った。
「私に黙ってそんな事してたのは、私のアドバイスじゃ高尚すぎてアンタがついて来れなくて、それを恥ずかしがって私には黙っていたって訳ね。良いわ、正直に白状したんなら、私だって鬼じゃないから許してあげないわけじゃないわ。でも、私にも授業料を払いなさいよ」
「面目ない。実際ハルヒに教えてもらったのは役に立ったが、基礎のないあのままでは完全な付け焼刃のボロ鍍金、ちょっと問題を捻られたら馬脚を現し海の藻屑の赤点三昧雨霰だったに違いない。だからハルヒにも長門にも感謝している」
「妙に素直ね、ま、それだけ勉強があんたの弱点って事ね。そっちも手を抜かず特訓しなくっちゃね。で、何処で買い物をするつもりだったの?」
「やっぱりデパートかモールかな、良く分からなくて困ってたんだ」
「馬鹿ね、高校生がそんな高いところで買い物してどうするの。ついてらっしゃい、モチここはあんたの奢りよ」
 そのぐらい覚悟してるさ。
 ハルヒはハルヒが行きつけだというアウトレットショップへ俺を連れて行った。ちょっとした難がある商品を集めた店らしいが、めちゃくちゃ安い。感激だ。朝比奈さんのコスプレもこんなところを利用してるのか?
「ああいった特殊なのはめったに入らないけど、たまにはね」
ハルヒが色々着て見せてくれた中から俺が気に入った白のパーカーをハルヒに、長門にはモスグリーンのカーディガンを選んだ。ハルヒに勧められて俺もハルヒとお揃いのパーカーを買って預かってきた小遣いでお釣りが出た。確かにハルヒのおかげで賢い買い物ができた。ありがとうな。
店を出ると、外は急に日が射して来て一足早い春本番みたいな天気になっていた。お揃いのパーカーを羽織ると何を思ったか、ハルヒはおれの腕にぶら下がるよう に腕をまわしてくる。ニットって、結構胸の膨らみが強調されるんだ、おい、腕に当たる柔らかなものは何だとどぎまぎしながらハルヒをみると、
「あんた、鼻の下が伸びてる」
 そう言って組んでいた腕を解くと小走りに先になって歩き出した。こいつにまで長門と同じ事を言われてしまった。
 その後、ちょっと遅い昼食をピザショップで一緒にとり、とりとめもない話をしながら夕方まで一緒に歩いた。
「ありがとう、助かったし、その、楽しかった」
「私も、パーカー、ありがたく貰っちゃうね。有希ちゃんにもちゃんとお礼を言って渡すのよ。じゃ、また明日」
 そう言ってハルヒは何故か逃げるようにさっさと行ってしまった。
 帰ると早速、妹と母親が買ってきた物をチェックする。まあ春らしくて無難なところでしょ、と言う事で、晩飯に長門を呼ぶように仰せつかった。長門が来る様になって何だか家での俺のニッチがカワニナに食われるプランクトン並に下がったような気がするのは何故だ?
 食卓でいつもよりほんの少し俺の近くに座った長門は気に入ったのか、制服のカーディガンに代えてモスグリーンのカーディガンを着て、普段長門が食べないであろう家庭料理をがっつりと食っている。
「私はお漬物」
「あ、有希ちゃんもお漬物好きなの? お母さんの漬けた浅漬けだよ。キョン君も大好きで今朝なんかお漬物ばっかり食べてたんだ。でもバランスよく色々食べてね」
「涼宮ハルヒは卵焼き」
 長門は俺の方を向いて小声で言い足した。

な、何の事だ。

 食後、俺の部屋に戻ると、
「貴方の弱点の補強が必要。特別訓練の為、時間伸張を開始する」
」ハルヒは大丈夫なんだな?」
「涼宮ハルヒの情報フレアの流出は午後から極小に近い値で推移している。貴方との接触により状態は非常に安定した。当面、貴方に危険が及ぶ可能性は回避されたとみなせる」
「そうか、怪我の功名かもしれないな」
「そう、卵焼き作戦が奏功した。でも、卵焼きばかりは駄目。コレステロールの過剰は推奨されない。ビタミンと乳酸菌の豊富なお漬物もちゃんと摂るべき」
 ひょっとしてこれは、長門流のヤキモチ・ジョークか? じゃ、早速、英語からで良いか?
「それも弱点、英語からで良い」
 長門に指定された英文の暗誦書き取りに脂汗を流していると、後ろから長門が話しかける
「涼宮ハルヒに鼻の下が伸びている事を指摘される直前、貴方の心拍数と血圧は監視上限値を著しく逸脱していた。これはきっと貴方の弱点、特別訓練を要する」

 振り返ると、そこにはグレードアップした裸ワイシャツの長門が………  

 俺が鼻血を出して倒れたのは言うまでも無い。


次作 かなたへ 第二部 電話 http://ncode.syosetu.com/n0820i/
評価
ポイントを選んで「評価する」ボタンを押してください。

▼この作品の書き方はどうでしたか?(文法・文章評価)
1pt 2pt 3pt 4pt 5pt
▼物語(ストーリー)はどうでしたか?満足しましたか?(ストーリー評価)
1pt 2pt 3pt 4pt 5pt
  ※評価するにはログインしてください。
ついったーで読了宣言!
ついったー
― 感想を書く ―
⇒感想一覧を見る
※感想を書く場合はログインしてください。
▼良い点
▼悪い点
▼一言

1項目の入力から送信できます。
感想を書く場合の注意事項を必ずお読みください。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。