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似たもの同士
作:木立久美子


 似たもの同士だからこそ、理解し合えることがある。
 似たもの同士だからこそ、埋めることの出来ないものがある。
 むなしさを誤魔化すために、まるで傷をなめ合う野良猫のように、僕らは何度もキスをした。



和音かずね…」
 ぐいぐいと袖を引っ張られて、読んでいた本から顔を上げると、見慣れた従弟の顔が随分と至近距離にあった。今にも鼻先が触れてしまいそうな距離だ。先ほどまでは、少し離れたソファに寝っ転がり、漫画を読んでいたくせに、いつの間にこんな傍まで来たのだろう。毎度のことだが、本当にまるで猫みたいなヤツだと思う。足音さえもしなかった。
「和音」
 唐突に、首に腕をまわされ体ごと相手の方へ引き寄せられる。
 それでも大して驚くことはなく、和音は本をパタンと閉じて、それをゆっくりと側に置いた。いつものことだ。今さら何の用かなんて、相手に問いかけるまでもない。目を見れば、長年一緒にいた従弟が何を求めているのかくらい、容易に知ることが出来た。
「…和、音…」
 かすれるような囁きが、耳朶を擦る。
 和音は、湖面のように静まりかえった瞳をまっすぐに覗き込んで、少し冷たい頬に手のひらを添えた。そのまま、自然な動作でそっと相手の唇に自分のそれを重ねる。
「ふ、…んぁ」
 最初は、やわらかく触れるだけ。
 それでも次第にそれは深さを増し、やがてどちらともなく荒い吐息が溢れるようになる。
 首にまわされていたはずの腕が背中に移動し、従弟の手のひらが和音の着ているカシミアのセーターを、ぎゅう、と強く握りしめてくる。縋りつこうとしているのか、それとも、和音を逃がせまいとしているのか。どちらにしろ、ひどく依存していることは明らかだった。
「…雲英きら
 息継ぎの合間に、従弟の名を呼ぶ。
 相手に依存し、求めているのは、和音も同じだった。
「ん…ぅ…」
 舌先が触れ合って、そのまま相手のそれを絡め取る。
 静かな室内には、次第に水音が響き始めた。
「き…ら…雲英…」
 まるで足りないものを埋めるかのように、深いキスをしつづけた。



 始まりは、いつだっただろう。
 確か、いちばん最初にキスをしたのは、3年近く前のことだ。
 小学校高学年…いや、中学に入る直前だっただろうか。窓の外に、桜のつぼみが見えた気がする。
 和音と雲英は、昔からよく似た従兄弟同士だった。外見がどうこうというわけではなく、纏う雰囲気や、考え方や喋り方が酷く似ていて、まるで双子のように同調していたのだ。同じものを見れば同じことを考えるし、同じことを言われれば同じ受け止め方をする。それはもう、いっそ異常なほどに全てが同じだった。
 和音が泣けば雲英が泣く。雲英が泣くから和音も泣く。
 和音が怒れば雲英も怒るし、雲英が怒るから和音も怒る。
 そのさまは、まるで共鳴する音叉のように。
「和音」
「なに?」
「大人が言ってたよ。俺たちは、似たもの同士だって。異常なくらいに似ているって」
「だから、何」
「俺たちって異常かな?」
「知らない。わかんないよ。自分のことだから」
「そうだね」
 お互いに、お互いが、唯一無二の理解者であることを、彼らは幼い頃から知っていた。
 他者に理解などされなくていい。だって僕には雲英がいる。だって俺には和音がいる。他の人間は必要ない。
 その考えこそが異端であると、彼らは気づかぬふりをした。
「ねえ、和音」
「なに」
「キスしたこと、ある?」
「…あるわけないだろ」
「うん。俺も、ないんだ」
「してみたいの?」
「うん」
 切っ掛けなんて、そんなもの。
 単なる興味と気まぐれ。男同士だと言うことも気にならず、何の躊躇いもなく、当然のようにそれは始まったのだ。
 異性に対する興味が、無いわけではなかった。
 同性を相手に、性的興奮を覚えたわけでもなかった。
 ただ、お互いにお互いが特別だっただけだ。性別など関係なく、相手の存在を求めてしまっただけだ。
 これは恋愛じゃない。
 恋愛と呼べるほど強い感情じゃない。
 あるのは、似たもの同士ゆえの連帯感と、互いに対する同情だけ。
 軽い気持ちで重ねた唇が、ひどくやわらかく、心地よいものだと知ってしまった。足りないものを補うように、特別だったはずのその行為が、いつの間にか日常にすり替わる。
 血の繋がった従兄弟同士でありながら、何度も、何度もキスをして。
「…雲英」
「ん?」
「わかってるよね」
 許されるはずがないんだよ、僕たちは。


「はっ、…ぁ」
「ん…」
 ようやく唇を離して、少し乱れてしまった呼吸を整える。
 しがみつく腕はそのままに、雲英はフッと目をそらして、和音の肩に額を押しつけてきた。
 染めたばかりの金髪が和音の頬をくすぐる。雲英の髪はひどく硬質なのに、どこか相反したしなやかさを持っていた。手を伸ばし、そっと指先で梳いてやると、さらさらと肌を撫でるように擦り抜けていく。そのまま暫く撫でてやったら、雲英は気持ちよさそうに目を細めたが、やがて何かに気づいたような顔でごそごそと身じろぎを始めた。
「どうしたの」
「―――…和音」
「ん?」
「背、伸びただろ」
「え…ああ」
 よく気づいたな、と和音が言うと、雲英はつまらなそうな声で「まあね」と返す。
「さっき、わかった。お前の方が目線、高くなってる」
「そうか?」
「うん」
 頷いた雲英は腕を解いて、ほら、と和音の手を引き立ち上がらせた。その横に並んで頭に手のひらを置き、背を比べるように互いの間を行き来させる。雲英の手は、和音の側頭部あたりにぶつかって止まった。
「見ろよ、こんなに違う」
「ほんの3センチぐらいの差じゃないか」
「いーや。4センチはあるね」
「細かいな」
 先月に身体測定があったばかりなので、和音は自分の身長をミリ単位で記憶していた。173.5センチ。中学に入ったばかりの頃はかなり小柄な方だったが、15歳の誕生日を迎えてから、身長は急速に伸び始めた。成長期に入ったということだろう。まだまだ止まる気配はない。
 対する雲英も成長期なことに変わりはなかったが、和音ほど爆発的な伸び方はしなかった。その差が今、現れたのである。和音より先に気づいた雲英は、かなり不満そうだった。
「ずるいよ」
 しかめっ面をした雲英は、唐突にふいっと顔を背けて歩き出し、和音の傍から離れた。立ちっぱなしの和音を置き去りにした雲英はスタスタと元いたソファに戻って、その場へ乱暴にドサッと腰を下ろす。そして、小さく何かを呟きながら近くのクッションを引き寄せ、そこに顔を埋めた。落ち込んでいるようにも見える。そんな従弟の様子に、和音は怪訝そうな顔をして首を傾ぎ、大丈夫か、とその背中へ声をかけた。
「どうしたんだよ、急に」
「悔しい」
「は?」
「そんでもって、寂しい」
「何が」
「俺たち、ずっと一緒だったのに」
 クッションを腕に抱いたまま、雲英はソファへ横になっている。拗ねているのか、決して和音の方を見ようとはしない。のそのそと寝返りを打ち、こちらへ完全に背中を向けた。
「雲英、」
「お前ばっかり、大人になっていくんだな」
「…何を言ってるんだよ」
 思わず苦笑して、和音はその丸まった背に近づいた。
 ソファへは座らずに、傍の床へじかに腰を下ろして、先ほどのように相手の髪を指先で梳く。後ろにもたれかかると、布越しに微かなぬくもりが届いた。顔を見なくても相手のことが解るのは、すごいことなんだよなと今更ながらに思う。
 ゆっくりと、従弟は口を開いた。
「和音、最近、冷たい」
「そんなことない」
「ある。…キスしたくなるのだって、いつも俺が先だし…家まで会いに来るのも、部屋に行くのも、俺の方からばかりだ。和音のバカ。昔は、俺がいないと泣いてたくせにさ。いつの間に変わっちゃったんだよ」
「お互い様だよ。そっちこそ、僕の知らないところで、どんどん変わっていくじゃないか。この髪の毛だって、一言の相談もなしに染めちゃって。最初に見たとき、びっくりした」
「…金髪は…、嫌?」
「別に。似合ってるよ」
 うなじを覆い隠すぐらいの長さの髪を一束ほど掬い取って、その毛先にやわらかく唇を落とす。ふわっと、シャンプーの甘い香りがした。和音の使っているものと同じ匂いだった。
「雲英。また、うちの風呂を勝手に使ったの」
「おばさんの許可は取った」
「あ、そう」
 雲英がごそごそと動き始めたので髪をつまんでいた手を離すと、一瞬のうちに視界がぐるりと反転する。目を瞬いて、気づいたときには押し倒されていた。目の前に雲英の顔がある。はあ、と和音は溜め息を吐いて、相手のその動きの素早さに、呆れと尊敬の念を同時に抱いた。
「何のつもり」
「なんだか悔しいから、今日は俺が主導権握ってやろうと思って」
「それは構わないけど…でも、雲英」
「うん?」
「背中。床に寝っ転がると、痛いんだよな」
「我慢して」
「なんで。せめてソファの上に座らせてよ。どうして、わざわざこんな、――…ん…っ」
 言葉の途中で、唇が塞がれる。
 入り込んでくる舌に口内を懐柔され、執拗に求められて、やがて和音は仕方なくそのキスに応じた。
 結局、考えることは2人とも同じなのだ。隙間を埋めるかのように、互いを組み敷いて呼吸を奪い合うのはいつものこと。どちらが上になるかは日によって違ったが、和音にしてみれば、それは大した問題ではなかった。きっと雲英も同じことを思っているはずだ。
 これは、恋でもなければ愛でもない。快楽を求めるわけでもなく、ただ唇を重ねることで互いの存在を確認する。それだけのこと。空虚な時間を消費するための、ちょっとした暇つぶしのように、2人はその行為を何度も何度も繰り返す。
「雲英」
「…なーに」
「もしかして、また恋人と別れたの」
「うん」
「仕方のないヤツだね。いいかげん、本気になればいいのに」
「嫌だよ」
「どうして」
「だって、そうしたら、こんなふうに和音と遊べなくなる」
「あのなぁ…僕の気持ちも、ちょっとは解って欲しいんだけど」
「解ってるよ」
 強く相手を抱きしめて、雲英は甘えた声を出す。
「和音の気持ちなんて、解りすぎるくらいに、解ってる」
「…そう」
 心の隙間を埋めたいのはお互い様。
 確認するように微笑み合って、そして、もう一度キス。
「和音に恋人が出来ても、変わらないよ。一番理解してるのは俺だもん」
「はいはい」
「俺のことが解るのも、和音だけ。和音のことが解るのも、俺だけなんだ。ねえ、これって、すごいよな。本当にすごいことだよな。そう思うだろ?」
「うん」
「一緒にいような、和音。だって俺たち、似たもの同士なんだから」
「…うん」
 一緒にゆこう。
 たとえ、行き着く先が破滅でも。




 似たもの同士だからこそ、理解し合えることがある。
 似たもの同士だからこそ、埋めることの出来ないものがある。
 欠けたものさえ同じだったから、それを補うことなど出来やしなかった。ああ、なんと不毛な関係。何も生み出せない。むしろ失うだけ。互いが世界の全てになり、いつか世界すらも消えてしまう。
 愛の無い行為。それに対する罪悪感。背徳感。誰の許しも得られないのだという、孤立感。
 けれどもう、終わることなど不可能だった。

 心の隙間を埋められないまま、僕らは今日もキスをする。 
















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