Module20.闇の峡谷
5000文字弱。
「少しゲームをしましょう」
剣氏=大魔術師は、峡谷の入り口でそう言い出した。
「ゲームですか?」
戸惑う俺と千鳥=ミスティに対して、エリスとフィリップは「懐かしいですね」と嬉しそうだった。
「ここのモンスターは、昨日の地下都市とレベルがあまり変わりませんから、
みなさんなら軽いでしょう。
ですから、2チームに分けて、競争します」
競争!?
「チーム分けですが、
エリスとミスティがAチーム、フィリップとタクがBチームとします。
それで、競争内容ですが…」
ちょっと言葉を切り、俺たちを見回す。
「今日は、早さを競いましょうか。
最奥のボスがいる間の前まで、早く着いた方が勝ちです。
Aチームの開始場所はあそこ、Bチームの開始場所はあそこです」
指差す方向を見ると、山肌に口を開けているそれぞれ別々の坑道の入り口が見えた。
「ルートはそれぞれ、エリスとフィリップが知っているはずです」
「だいぶ昔だからなぁ」
エリスが頭を掻く。
「俺は覚えてるぞ。この勝負もらったな」
えーっと言うエリスに、千鳥=ミスティがおずおずと手を上げる。
「あ、あの私、ここ前に来たことある気がするのでわかるかも」
ぬ、思わぬ伏兵が。
「おー、頼りになるー」
キャッキャと喜ぶエリス。
「あの、勘違いだったらごめんなさい…」
「さて、何か質問はありませんか?」
ないなら始めますよ?という剣氏=大魔術師へ、エリスがはいはいはーいと手を上げた。
「エリス君、なんでしょう?」
「競争に勝った方に何か賞品はないんですかー」
「賞品ですか?
勝ったチームがボスの財宝総取り、とか?」
「あんま、嬉しくないなぁ」
「じゃあ、何が欲しいんですか」
「えーっとえーっと。
あっ先生の恋バナが聞きた…あたっ」
フィリップの裏拳がエリスに飛んだ。
「そんなのが聞きたいのはおまえだけだ」
「…私もちょっと聞いてみたい、かも…」
ぼそり、と千鳥=ミスティが呟くと、エリスの顔が輝いた。
「恋バナ!恋バナ!」
「あーじゃあ、こうしましょう。
負けたチームが、恋バナを話す、ってことで」
いや、ちょっと待て。
「んー、フィルの恋バナ聞いてもなぁ
タクくんのには興味あるけどー」
「ちょ、ちょっと、やめてくださいよ」
いや、山口君、君も微妙に聞きたそうにしてるのはなんなのか。
「俺も、お前の恋バナ聞いてもしょうがないんだが…」
「あら、私が負けるわけないじゃなーい」
「ほほう。
じゃあ、俺が勝ったら、お前の恥ずかしい失敗話を披露するというのでどうだ」
「えー」
発散して行く会話を、剣氏=大魔術師が締めた。
「では、Aチームが勝ったらタク君の恋バナ。
Bチームが勝ったら、エリス君の恥ずかしい話。
ということでいいかな」
「いやいやいや、やめましょうよ」俺、
「むー、まいっか」エリス、
「いいですよ」フィリップ、
「それでお願いします…」千鳥=ミスティ。
…多数決で決まってしまった…。
「では、開始しましょう。
僕は先にゴールで待ってますから早く来てくださいね」
剣氏=大魔術師は、そう言って歩き出そうとして、ふと足を止めた。
「あ、忘れてました」
言いながら、俺たちに、モンスターを呼び寄せるための魔法をかける。
「せっかくの稼ぎ時ですからね、これをかけておかないと。
じゃ、頑張ってくださいね」
今度こそ、ひらひらと手を振ると、単身坑道へ消えて行った。
鬼!悪魔!
「じゃあ、おっ先にー」
エリスと千鳥=ミスティが、さっさと自分たちのスタート地点へと向かう。
「俺たちも行きましょうか」
促すフィリップに俺は頷いた。
/*/
「タクくんは、ナイト―――騎士のパーティでの役割は知ってるかな」
入口に向かいながら、フィリップが聞いてくるのへ俺は考え込んだ。
「すみません、あんまり考えたことなくて…」
「いやいや、いいよ。
騎士ってのは、守備力・耐久力がもっとも高く、打撃力も比較的高い前衛向きの職業ということは知ってるよね」
「はい」
うんうん、とにこやかなフィリップ。
「それに比べて、他の職業は守備力・耐久力が弱い。
魔法使い系なんて装備は紙みたいなもんだ。
僧侶系、盗賊系も低めだし、勇者だってそんなに高くない。
しかし、彼らは火力が高かったり、支援魔法を使えたり、特殊なスキルを持ってたりする。
俺ら騎士は、彼らを守る『壁』なんだよ」
「壁、ですか…」
繰り返す俺へ、フィリップが頷く。
「そう、俺らの役目は頑強な壁であること。
敵からの攻撃を受けて耐え、近づいてくる雑魚を倒し、
仲間が敵の攻撃を受けないようにして、彼らの攻撃のための時間と機会を稼ぐ」
「なるほど」
じゃあ、成長するときは耐久に振った方がいいんですね。
と言うと、フィリップは朗らかに笑った。
「そうだね。
もちろん、攻撃力や速度も大事だけど、硬いってことが最優先だね」
「わかりました」
俺が頷くのへ、じゃあ、とフィリップが続ける。
「今日は、俺が他の仲間役として後衛に入ろう。
君には前衛で実際に動いてもらって、
それを見て俺がナイトの動きについてアドバイスするよ」
「はい、よろしくお願いします」
俺が頭を下げると、フィリップはにっこり笑った。
そして、入口に着くやいなや、装備を外し始める。
「動きが遅いと意味がないからね」
フルプレートから、軽装の法衣のようなものへ着替えた。
さすがに手際がいい。
「俺は、ビショップからの転職組でね。
実は、人種的にもどっちかというと頭脳労働向けで、壁には向いてなかったりするんだ」
そう言えば、フィリップは北方人で、体格もマッチョというより細マッチョくらいである。
「ナイトは、成長すれば、同レベルの聖騎士より守備力は高くなるし、
君は耐久力が高い南方系だから、正直助かるよ」
サークレットを嵌めながら、にこにこするフィリップに俺は口ごもった。
「そうなんですか。
俺、みんなの中で、足手纏いかと思ってたんで、そう言ってもらえると、嬉しいです」
「先生、あー見えてもシビアだから、モノにならないと思ってたら、
そもそも連れて来ないと思うぜ」
俺も、頑張って指導するからがんばろうぜ!
と指を立てるフィリップに、俺もぐっと指を立ててみせた。
「おう!」
ちなみに、脱いだフルプレートはどうするんだろう、と見ていたら、バックパックに詰めていた。
どうやら、四次元ポケットみたいな魔法の道具らしい。
「昔見つけた宝物のひとつでね。なかなかないんだぜ、これ」
やっぱり、俺のインベントリは特殊なようだ。
仕組みとしては似てるのか?
「じゃ、ちょっと出遅れたけど行きますか」
すでに、Aチームのエリスらの姿はない。
彼らに遅れること数分後、俺らは坑道へと踏み込んだ。
/*/
吸血コウモリLV10×10匹が、襲いかかってくる。
俺は、盾をかざして、こいつらの攻撃を受けた。
守備力が高いため、かすり傷ひとつ受けない。
攻撃が失敗し、キーっと舞い上がるコウモリたち。
そこへ、フィリップの詠唱が響く。
「光の神に我は願う、聖滅せよ、光の渦」
渦巻くような光が、コウモリたちを包み、焼いた。
吸血コウモリも不死属性のため、光系の呪文に弱い。
ぱたぱたとコウモリたちが地に落ち、黒い煙となって消えた。
持ちこたえた数匹のコウモリも、俺の剣と、フィリップの魔法で一掃した。
「ナイス、防御」
「ナイス、呪文」
親指を立て合う俺たち。
戦闘を繰り返すうち、フィリップとの連携にもだいぶ慣れてきた。
「じゃあ、次は挑発の技能を使ってみようか。
これを使うと、雑魚を効果的に引き寄せることができる」
「了解!」
そんな細々としたTIPSをひとつひとつ教わりながら、俺たちは順調に地下へと下って行った。
/*/
「で、結局先に着いたのは…」
「君たちみたいですねぇ」
ラスボスの間へ続く道の、ちょっとした広場みたいになっている場所に、剣氏=大魔術師が立っていた。
フィリップの記憶は正確で、俺たちがほとんど迷わなかったのは確かだ。
しかし、千鳥=ミスティが、訪問したことがあるなら、マップの記録があるはず…
「うっわぁ
負けたー!」
そこへ丁度、エリスたちが駆け込んできた。
最後、走ってきたらしく、息を切らせている。
まあ、俺たちも走ったけど。
「ボクの案内が悪くてごめんなさい」
「いやいやいや、君は悪くない。
悪いのは、あのキャリオンクローラー」
しょぼんとする千鳥=ミスティのフォローなのか、エリスがおのれ虫ども、と拳を握りしめる。
「…なんだそれは」
「こう、キャリオンクローラーがうじゃあっと」
「そんな低レベルモンスター、お前なら瞬殺だろう」
「うううう、虫嫌いなのよう」
話を聞くに、途中にキャリオンクローラーに埋め尽くされた道があって、迂回してきたらしい。
「遠隔から呪文で焼けよ」
「臭いもん」
口をとがらせるエリス。あなたいくつですか…。
「まあ、負けは負けだ。
恥ずかしい話、忘れるなよ」
「ち、わかったわよ」
恋バナを逃れられた俺は、ほっと胸を撫で下ろした。
/*/
「じゃ、ラスボス行きますか」
決着がついたところで、剣氏=大魔術師が切り出す。
「あ、俺、前衛入りますから、装備変えてきますね」
と、フィリップが手を上げた。騎士装備に戻すらしい。
剣氏=大魔術師が頷くと、物陰へ着替えに行った。
「あら、あの人、若い子に気を使っちゃって」
「ご、ごめんなさい」
なぜか、謝るミスティ。
フィリップは紳士だなぁ。さすが騎士?
「私には気なんて使わないのにね」
けらけらとエリスが笑った。
なるほど。まあ、夫婦ならそんなもんじゃ、とも思うが。
「あ、少し聞きたいことがあるんですが」
間が空いたので、俺はちょっと疑問に思っていたことを剣氏=大魔術師に聞いてみた。
「どうぞ」
「ラスボスを倒しても、しばらくすると復活するようなんですが、
どれくらいで復活するんですか?」
「そうだね…
ここだと、旧帝国領に近いから、今だと1ヶ月くらいかな」
ん?
「…場所とか、時期とかで期間に違いがあるんですか?」
「うん、魔王に近ければ近いほど、魔王が覚醒していればいるほど、
再生の期間が短くなる」
なんと。
「えーっと、魔王が完全覚醒すると、
例えば、ここのラスボスだと、どれくらいで復活するんですか?」
「1週間くらいかな?」
むううう。
「なるほど、魔王が復活するとやばそうですね」
「その他にもねー
魔王の配下の四天王が復活して来て、
魔王軍として組織化されたりして大変なのよー」
エリスが補足するように説明を加えてくれる。
ああ、なんか四天王って資料で見た覚えがある。
「あ、魔軍四天王、懐かしい…」
千鳥=ミスティが呟いた。
ナニソレ、と聞こうかと思った丁度その時、フィリップが戻ってきた。
「お待たせしました」
「…ええ、魔王が復活すると、色々とひどいことになります。
じゃ、まずは、ここのラスボスを潰しますか」
俺たちは、ラスボスの間に踏み込んだ。
瘴気を纏った巨大な、黒い竜―――ダークドラゴンが、首をもたげ、こちらを見る。
そして、その周りから、瘴気の塊のようなシャドウドラゴンがいくつも立ちあがってくる。
『ワラワの寝所へ入りこむとは、命が惜しくない虫けらどもめ。
ワラワの子らの眠りを乱した罪、その身をもって償うが良い』
ラスボスの口上とともに、ボス戦が開始された。
/*/
一部メンバ修行中とはいえ、対魔王戦チームの敵ではなく、ダークドラゴン+αは2ターンで没した。
俺は、だいぶ動きが良くなったと剣氏=大魔術師に褒められて、ちょっと照れた。
「先生が良かったからですよ」
「いやいや、生徒がいいからだろう。
確かに戦闘慣れはしてないが、呑みこみがいい」
謙譲し合うフィリップと俺に、割り込んでくるエリス。
「あ、私も、ちゃんとアサシンの必殺技教えたんだから」
「…お前は勇者に何を教えてるんだ」
いや、実際、千鳥=ミスティはアサシンからの転職組だったので、技的な相性は良かったらしいが。
その後、昼食を挟んで、再び2チームで掃討戦をしてその日は暮れた。
本日の成長:
俺=タク・ヨッシー、ナイト、LV13→LV23、10LVアップ。
千鳥=ミスティ・バード、勇者、LV18→LV25、7LVアップ。