Module18.忘れられた地下都市
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まあ、なんというか、戦闘そのものとか1週間でLV50という意味とかを甘く見ていた俺にも反省点はあると思う。
「もう、帰った方がいいんじゃないですか?」
へたばって座りこんでいる俺に、千鳥=ミスティが冷たく声をかける。
「…まだまだ」
「この程度でへたばってるんじゃ、この先やってけませんよー」
何度目かの応酬をしてる間もなく、視界いっぱいに次のエンカウント表示が浮かぶ。
レイスLV10、4体。
剣を支えに、よろよろと立ちあがる俺。
「軽い軽ーい」
その合間にも、ダブルスラッシュ―――上級職アサシン由来の技能を使って、千鳥=ミスティが1体を屠る。
通常武器では倒せない彼らアンデッドも、聖剣ヴァル・デュオ―――光の属性効果のある勇者装備にかかれば普通の敵と変わらない。
「光の神に我は願う。祝福されよ、聖なる剣」
剣氏=大魔術師の属性付与魔法が俺の剣にかかる。
「こなくそおおお」
光り始めたその剣を握り直して、俺は左端のレイスに突進して行った。
ぼろを纏った乾いたミイラのような体に、剣が食い込み、しゅわわわと黒い蒸気が上がる。
「キシャアアア」
耳障りな声を上げて、そのレイスの腕が伸びてくるのを、バックステップで避ける。
「光の神に我は願う。敵を射抜け、聖なる矢」
避けた俺の脇をかすめるように、青白い閃光が走って、レイスを貫いた。
ぱしゅう、という音とともにチリになって散る。
「後ろ!」
声に振り返ると右にいたレイスが、襲いかかってくるところだった。
剣をあげて、それを受ける。
がきぃい!
「よっと」
動きの止まったそれを、千鳥=ミスティの剣が後ろから貫く。
ぱしゅうん。
さっきのレイスと同じく、チリとなって消えた。
「3匹げっと。しゅうりょー」
気がつくと、もう一匹も千鳥=ミスティが倒していたらしく、エンカウント表示が消えた。
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もともと、王都には王への警告ともろもろの準備のために寄っただけという彼らは、俺を加えると、すぐに当初の予定通り、修行のための場所へ飛んだ。
そこは「忘れられた地下都市」と呼ばれる大陸南部にある地下のダンジョンだった。
かつて栄えた帝国に滅ぼされたドワーフの都の一つで、そこを統べていた王の呪いによって、住人たちが不死者となり、攻めてきた兵士たちを道連れにしたと言われている。
以来、宝物を求めて忍び込んだ盗賊たちも、捕えられ不死者となり、やがてこの都市の記憶そのものは忘れられていった。
しかし、この都市に捕えられた者たちは、今もなおさまよっているという。
「勇者の剣は光属性なので、効率的なんです」
剣氏=大魔術師はそう説明した。また、
「少しレベルが上がったら、別の場所に移動します」
とも。
俺がおずおずと光属性の武器がないことを告げると、千鳥=ミスティは鼻で笑った。
いや、そら君は勇者の最終装備フルセットというチートな状態ですよね。
聖剣、ヴァル・デュオ(光)、
金剛の鎧、フェルシェン(地)
疾風の長靴、トリトル(風)
炎の盾、ルーデンス(火)
静謐の小手、パルザム(水)
影のマント、ゼクア(闇)
資料を見た俺ら開発者が「勇者六点セット」と呼んでいたこれらは、元々初代勇者が最終戦へ向かう時に神々より贈られたものだ。
これらは、ロウランディア王家で管理されており、代々の勇者が魔王との戦いへ向かう時に貸し与えられてきた。
前代の勇者が消えた時に、これら六点セットはいつの間にか王家の保管場所に戻っていたらしい。
「どうせ、直接行きますからね。借りてきました」
はあ、そうなんですか。
確かゲームでは、選抜イベントの勝利パーティの勇者1名に送られる特別装備だったと思いますが。
「ゲームみたいにぽんぽん勇者が生まれたりしませんからね」
ぶつぶつ言う俺へ、剣氏=大魔術師は苦笑して言った。
そうなのか。
対する俺は、さすがにちょっとつらいかも、と剣氏=大魔術師が用意してくれた装備を身につけている。
が、比べればはるかにしょぼい。
「すみませんが、光属性のナイト用の武器は手持ちがなくて。
現地で調達しましょう。
それまでは、僕が補助します」
無理言ってついてきてるのは俺なので、文句言う筋合いでないのもわかっていた。
これでも、一般レベルよりは上なのだ。
ただ、実際の戦闘は予想していたより、遥かにハードだった。
着くやいなや、魔物を呼び寄せる呪文を発動させて、アンデッド溢れるダンジョンを攻略して行くという荒行は、実質初心者と言っていい俺には拷問以外の何物でもなかった。
「あれー吉田さんゾンビが恐いんですかー?」
強がりも入ってたのかも知れないが、千鳥=ミスティは、腐肉を滴らせるゾンビを顔色を変えることなく切り伏せて行った。
「こんなの、シューティングゲームのゾンビと同じじゃないですか」
いや、そんなのやったことないから…。
まず、その恐怖に慣れるまでだいぶかかった。
また、体の動かし方に慣れるのもかなりかかった。
「吉田さん、力を抜いて。動き方は体が知っています」
「そ、そう言われても」
もたもたと俺が振った剣を避けて、グールが襲いかかって来る。
くわん、と音を立てて、ブレストプレートの胸部にグールの爪が弾かれた。
ナイス、鎧。
しかし、そのままグールの黒く曲がった鋭い爪は俺の首に伸びてくる。
そこにはカバーはない。
く、まずい。切り裂かれる!
ざしゅ。
グールが、縦に切り裂かれた。
ぱしゅう、とチリになる、グール。
エンカウント表示が消え、経験値表示へ。
てろりろりーんといういつもの音楽とともにレベルアップ。
「また、つまらぬものを切ってしまった」
楽しそうですね、山口さん。
これが、若さというものなのだろうか…俺はがっくりと肩を落とした。
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最初の休息が取られたのは、地下10階に到達してからだった。
最終階は22階、ほぼ半分まで来たことになる。
ただ、下へ行けば行くほど、敵は強くなるので、ペースは落ちる。
「この調子なら何とか、今日中にラスボスまで行けそうですね」
やっぱり、ラスボスいるんだ。
俺は、もすもすとサンドウィッチを頬張りながら、心の中で呟いた。
冒険者用レーションというアイテムの中身がサンドウィッチなのだと、俺は初めて知った。
竹を編んだ箱みたいなものに詰めてあった。
「ボクはもうちょっとペース上げても大丈夫だけどね」
と、千鳥=ミスティがちらりと俺を見る。
ぐぬぬぬぬ。
特に最初のうち足を引っ張っていた感が否めない俺は、無言を貫くしかなかった。
「吉田さんもだいぶ慣れて来たみたいだし、少しペース上げましょうかね」
連戦のおかげで、転職してファイターの上級職であるナイトLV1になっていた俺は、あっという間にLV8まで上がっていた。
また、途中で調達した装備と交換して、守備力、攻撃力も多少上がった。
そして、剣氏=大魔術師が言うように、さすがに戦闘に慣れてきて、少しはまともに戦えるようになっていた。
このダンジョンの適正レベルがどれくらいだったかは覚えていないが、存在そのものがチートな大魔術師と、装備がチートな勇者がいれば十分攻略可能なレベルなのだろう。
勘弁してください…というわけにもいかず、俺は渋々頷いた。
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『我らが一族の宝が欲しければ、我を倒して奪うがいい…倒せればな!』
陰々と上級レイス―――忘れられた地下都市の王の亡霊が、戦闘開始の台詞を告げると、ボス戦表示に切り替わった。
いや、「エンカウント」と書かれているところが「ボス戦」になっただけで、大して変わらないんだけど。
「ダブルキャスト。
地の女神に我は願う、彼らを守れ、金剛の加護。
力を貸せ、強力の加護」
守備力増強と攻撃力増強の支援系魔法が前衛の2人にかかる。
「雑魚お願い」
「了解」
これまでに光属性の剣も手に入れていた俺は、王を守るように襲ってくるレイス―――近衛騎士たちの亡霊を、黙々と切り捨てる。
その空いた隙間を突っ切って、千鳥=ミスティがボスへ駆け寄る。
「まずは一発」
跳躍、そして、斜め上から袈裟切り。
ボスの攻撃、上から振り下ろす腕を、更に跳んで避ける千鳥=ミスティ。
「次、2発目」
ボスの死角に着地して、今度は下から切り上げる。
ボスがぐおおおお、と吠えた。
最強武器でのダブルスラッシュは反則だよね。
と呟きつつ、俺は、近衛騎士の亡霊が、そちらへ向かおうとするのを、後ろからざくざく切り捨てて行く。
「これで、多分最後っと」
ボスが、向き直ったタイミングで、開いた胸元へ、千鳥=ミスティが突っ込んだ。
聖剣ヴァル・デュオが深々と呪われた王の胸に突き刺さる。
『おおお、呪わしや、帝国の犬ども。
我らが一族の宝を奪う盗賊ども。
この恨みは永遠にこの地に残り、お前たちを呪い続けるだろう…』
ボスが崩れ落ち、残っていた近衛騎士たちも崩れて消えて行った。
「ドワーフ最後の王の剣、これは結構いいものですよ」
剣氏=大魔術師が、ボスが消えたあたりに落ちていた剣を拾って、俺に手渡してくれた。
「なんかこー。経緯を考えると、もらいにくい感じがしますね」
「経緯って、ああ、帝国に滅ぼされたという話?」
大丈夫ですよ、と剣氏=大魔術師は肩をすくめた。
「彼らが守っていた、本当のドワーフの宝は、帝国によって奪いつくされました。
ここに残っているのは、彼らの残留思念が生み出したかつての記憶の一部でしかありません。
しばらくすれば、また彼らとともに復活します」
そういうものなのか…。
「じゃあ、彼らは成仏してないんですか?」
千鳥=ミスティが、悲しそうな顔をして聞いてきた。
「成仏、というのは何かちょっと違う気もしますが、
彼らの帝国への深い恨みが、魔王のそれと共鳴してしまってますからね。
魔王が滅びれば、彼らも滅びるんでしょうけど…
…それまでは、ずっと存在し続けるんでしょうね」
なんだか、かわいそうですね。
と、千鳥=ミスティが呟くのを、俺は聞いた。
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1日目の特訓は、このラスボス戦で終了だった。
俺は弱音を吐かないようにしていたが、正直へとへとで、助かった、と思った。
最終的に、俺はナイトLV13、千鳥=ミスティは勇者LV18まで上がっていた。
剣氏=大魔術師のダンジョン脱出呪文で、地下都市から離脱し、最寄りの街の冒険者の宿へ移動する。
宿の酒場兼食堂にて、夕食を食べながら、軽く明日の打ち合わせをした。
「明日は、次のダンジョンへ移動します。
朝8時集合ですから遅れないようにしてください」
この宿にモーニングコールはあるのだろうか、と考え込む俺。
「あ、あと」
剣氏=大魔術師が、思い出したように、つけ足した。
「そこの入り口で、残り2名と合流します」
え、なにそれ。
千鳥=ミスティを見ると、頷いている。
…知らなかったのは俺だけ?
しかし、質問するにも疲れ過ぎていたので、やめた。
もうだめ、ベッドが俺を呼んでいる。
その夜、俺は夢も見ずに泥のように眠った。
次の節では、なんと新パーティメンバが2名登場!
という、前振りまでです。