【クライスの章】クライスは平常運転 第2話
翌日。
『豊穣の森の魔王』の異名を持つ、領主様がやってきた。
スケジュールにない突然の来訪だ。
こういう時は大抵悪い報せを伴う。
「クライス、オレたちはしばらく旅行に行ってくる。留守は任せたぞ」
予感は的中した。
年に数度ある事なので驚きはない。
だが……。
またしても、連れて行ってはもらえなかった!
今回は南国の群島らしい。
そこには美味なる果物が、それはもう数えきれないほどあると聞く。
いいなぁー南国。
いいなぁぁあー珍しい果実!
それってどんな味がするのかなぁ?
知ってる味?
知らない味?
酸っぱいの?
あんまいの?
種とかいっぱいあったりしてね!
でもそこが一番美味しかったりするんだぁー……。
あぁぁァアアアーーッ!
食べたいよぉ。
もぎたてフルーツ食べたいよぉ。
ドライじゃなくてレアで食べたいのぉおー!
のぉぉおおん!
ーードンドンッ。
「クライス様! アーデン様より急報です!」
「構わん、入りたまえ」
報せをもたらしたのは若い政務官だった。
着任して間もないのか、顔にはまだ幼さが残っている。
彼は緊張で口を強ばらせながら、端的に述べた。
「レジスタリア南方に賊が現れました。その数300ほどで、付近の村に攻撃を仕掛けております!」
「わかった。アーデンには騎兵100を選別し、門外で待機するように伝えろ」
「ハイッ。直ちに!」
悪い報せと言い、賊の出現と言い、今日は面倒な一日になりそうだ。
こんな日はせめて食事くらいは良きものにしなくては。
アーデンと合流した私は、直ぐに現地へと向かった。
騎馬で一日の距離だ。
急を要する事態なので、詳細も移動中に聴いた。
「村は門を閉じ、なんとか侵入を阻止してるそうだ。だが彼らも戦いの素人だ、いつ防衛線が崩壊してもおかしくはねぇ」
「そうか、まだ被害は出てないのだな。それは吉報」
「お前さぁ、戦場に行く時くらい置いてこいよ」
彼が言ってるのはこの「菓子の塔 情熱編」の事だろう。
生クリームの塊を積み上げて、回りにクッキーを張り巡らせ、季節の果物を随所に散りばめたものだ。
隊員たちは『なぜ崩れないのか』と疑問を口にしているが、それは修練不足というものである。
「アーデン、私はどこであろうとも菓子と共に在りたい。自分を見失わない為にも」
「これから殺し合いするんだぞ。食ってる場合じゃねぇだろが」
「君は戦場において、蝶に『飛ぶな』と言うのか。魚に『泳ぐな』と言うのかね?」
「いや、言わねぇけどよ」
「そういう事だよ」
「どういう事だよ?」
思いの外、行軍はスムーズだ。
良い騎兵とは、馬も良いものである。
翌朝の到着を予定していたが、未明には着けるかもしれない。
私は硬めのクッキーを頬張りながら、目算していた。




