MAGIC30〜自由―――タブリス〜
大扉を開けたその先は、辺り一面真っ白の大きな部屋があった。まるで会堂の部屋のようにただただ広い空間だ。
翼たちが入ってきた大扉の真逆には、先へ進むことができる茶色の木製の大扉があることがわかった。―――が、それ以外にはほとんど何もない空間だった。
部屋の隅付近には白い柱が立っているが、全体的な部屋の色が真っ白なためほとんど目立たない。その部屋には障害物と思われるものは柱以外にないうえ、全体が真っ白なのでその他の色をもつ何かがあるとすぐにわかりそうな空間だ。
実際、翼たちは眼前に何かがいることがすぐにわかった。
真っ白な空間にイレギュラ―として混ざっている別の色。全体的に銀色なため、見分けがあまりつかないのだが、その何かが発する気配によって嫌でもわかることができた。
そして翼は、その何かが発する気配を一度体験している…。
「…き……」
まさか……そんなはずない……。
そう思いながらも翼は、唇を震わせながらその何かに向かって言葉をかけようとする。
「……君、は……もしかして……」
どうやら先ほどまで翼たちに背を向けていたようで、その何かは180度身体を振り返す。
心なしか翼には、その何かの口元が笑っているように見えた。
「久しぶりだね、翼」
男か女か区別がつかない中性的な声が真っ白な空間内に響く。それほど大きな声でもないのに、木霊するようだった。
その声を聞き、翼は確信する。
やっぱり、自分が一度会ったことのあるやつだ、と。
「タブ…リスか……?」
「そうさ。ボクの名前、覚えていてくれたんだ」
銀髪で、服装はいたってそこらの高校生がしてそうな一般的な格好の少年タブリスは言いながらゆっくりと翼たちに近づいてくる。
そのため、タブリスの顔を見ることができるわけだが、間違いなく口元を緩ませていた。
一方、アクセルやミントといった者たちは翼に知っているのか?、の一言も訊けずにいる。とてもではないが、訊けそうになかったからだ。
おそらく、翼自身も信じられないのだろう。驚くを通り越して驚愕な表情になっており、ただただタブリスを呆然と見る。
「どうして……君がここに居るんだ?」
「居るも何も、ボクも封印されていた天使の1人だからさ」
「うそ…だろ…?」
「ホントさ」
口元を相変わらず緩めたまま、タブリスは翼に次々と言い返す。
それによって翼はただただ現実を受け入れられないような表情のまま、固まっている。
「さて翼、それと翼の友達、かな?……キミたちに頼みがある」
「……」
「…なに?頼みって」
翼は呆然としたままだったので、代わりにミントが訊き返す。
「念のため言っておくが、おまえの頼みを聞いたからといってわたしたちがそれに乗るとは限らないぞ」
「ああ。どうしようとキミたちの自由だ」
アクセルの言葉にタブリスは、それはそれでかまわないといった感じの言葉を返す。口元は相変わらず緩んでいる。
「……まず頼み事をする前に、訊きたいことがある」
「なんだ」
ぶっきらぼうに訊くアクセル。だが、タブリスは特に機嫌を損ねる様子はないまま、口を開く。
「なぜ生きる?」
「…?」
「だからキミたち生き物は、なぜこの世を生きるんだい?」
いきなり何を言い出すのかこの天使。
そんなことしか一行は最初は考えられなかった。
「……生きるのに、理由は必要ない」
そんな一行の代表としてアクセルは答える。
「なら、なぜ死にたくない?」
「死にたくないからだ」
続けてアクセルが答える。
「生きていることと死んでいることは違うのか?」
「違う」
淡々と答えるアクセル。
「ならキミたちこの世に生きているものたちは、自由になっているかい?」
「なっているものもいれば、なろうとしているものもいる」
「……そうか。それがキミたちこの世に生きているものたちの考えなんだね?」
「ああ」
「……ふ」
なぜか笑われる。
頭に来るのだが、何を考えているのかわからない以上、うかつに手は出せない。
それを悟ったのか、タブリスは、
「ごめん。つい、ね」
「何がおかしい」
「いや、ね…。ボクたちの考えていることと、全く違う答えだったからさ」
「それでは、おまえたち天使はどんな答えなんだ。たまにはわたしの質問に答えろ」
それもそうだ、とばかりに肩をすくませるタブリス。
なぜだろう…。全く殺気が感じられない……。
立ち直った翼は、ふとそのようなことを思った。
実際タブリスは見た限り、全く得物を持ち合わせていないようだ。召喚法で得物を出すかもしれないが今のところ、全く攻撃しようとする姿勢が見られない。
やがてタブリスは、アクセルの質問に答える。
「ボクはね…。生きていることも死んでいることも、大差変わらないと思っているんだ。キミたちのような人たちにはわからないかもしれないけどね。ただ、生きているときはこの世にいて、死んでいるときはあの世にいるというだけで、他は何も変わらない。要は等価値だ。生と死はね」
翼たちはただただタブリスの言うことを黙って聞いていた。
呆れていたのか、それともどう言い返せばいいのかわからないのか……。その理由は当の本人たちにすらわかっていない。
「そこで、話は戻るよ。―――ボクの頼みたいことについてだ」
「……なんだい?」
翼が訊くと、タブリスは口元を1割ほど緩ませる。
「―――ボクを殺せ」
「―――!?」
何を言われたかよくわからなかった。おそらくタブリス以外の同じ部屋に居るもの全員がそうであろう。
「……なんて、…言ったんだ?」
「ボクを殺せ」
念のために翼はもう一度訊いてみるが、同じ言葉しか返ってこなかった。
驚愕の表情をしている一行に向かって、タブリスは語り始める。
「ボクたちの目的は、人類に絶対的な自由を与えること。―――だけど、キミたちがこの世に生きたいと願っているのなら、ボクはもう、任せてもいいかなって思ってさ。ボクたちにとっての自由と、キミたちにとっての自由が違うことがわかったからね」
「……タブリスたちにとっての自由とは、なんなのさ」
「死ぬことさ。死ぬことによって、こんな肉塊でできた身体からも解放される。絶対的な自由さ。己の身体にすら縛られることのない、ね」
「……」
「だから…ボクを殺せ。キミたちがここまできているということは、他の2人はもう自由になっているんだろ?ボクも……自由になってあいつらのもとへといきたいのさ」
「……」
翼はゆっくりとタブリスに歩み寄る。剣を片手に。
そして、剣の間合いにタブリスがはいるところまで翼が近づいたとき、タブリスは再び口を開く。
「キミたちはヘルセンテスを止めようとしているんじゃないか?」
「…そうさ。そのために僕たちはここまできたんだ」
「時間が時間だから、並のやり方では止められないよ」
「…わかっている」
「そうかい……。さあ、殺ってくれ」
顔をうつむかせて、突きの構えをとる翼。どうやら、心臓を一突きするようだ。
だが剣先は震えており、タブリスを自由にさせるか否か、迷っているようだった。
確かに自分は、天使たちを斃し、ヘルセンテスを停止させるのが目的だ。だが、真っ向から「さあ、殺ってくれ」と言われ、さらに全くの無抵抗なので抵抗を感じてしまう……。
剣先をカタカタと震わせ、突きの構えをとったまま停止する翼。
「怖がることはない。ボクを殺せ。なにより、ボク自身が望んでいることだ」
「……でも」
諭すような優しい口調のタブリス。
震える翼の声。同様に剣先も震えている。
「ボクは、キミの手で自由になりたいんだ」
「……ッ…!!」
歯をかみ締め、翼は両手に力を込め、目の前の標的の胸を、貫き、抜く。
瞬く間に貫かれた箇所からは紅い液体がナアガラの滝のごとき勢いで一瞬どばっと出、タブリスの足元に赤い池ができる。
「これで……よかったのさ、翼」
「……ぜんぜん、よくない……」
無意識的にそう言って、翼は顔をうつむかせて呆然と足元の真っ白な床を見る。
翼の見ている白い床は、しばらくすると紅い色がプラスされた。
「よかったさ。キミはボクを救った。そしてキミは、キミのやるべきことを為した」
「そう……だけどさ……」
口から血を滴らせるタブリスの口元は緩んでいるが、どことなく辛そうな表情をしていた。
身体を貫かれたせいだろうか…。
「翼。約束してくれないか。ボクの……最期の頼み事をきいてくれないか…」
無言で頷く翼。
「笑って欲しい。そして、キミはキミ自身を褒めてやって欲しい。そして、仲間を……困らせないで欲しい」
言い終えるとタブリスは天を仰ぎ、
「世に幸あれ」
呟くように言うとゆっくりと目をつぶる。すると、うっすらと蜃気楼が消えるように、タブリスはその場から跡形もなく消え去った。 |