MAGIC19〜裏路地で起こった惨劇〜
食堂でいろいろとあったものの、その後翼はクィ―ンズの街を散策…つまりは散歩している。
今朝も翼は湖まで行くために街中に入ったのだが、そのときはほとんど街の中を詳しく見てまわる余裕もなかったので、改めてこうして街の中にきたというわけだ。
城で用意されている自分の部屋からも街を一望できるのだが、そこでわかるのはあくまで大まかなところだけで、実際に歩いたほうが街のことがよくわかる。
時刻は午後3時。
街の中は人でにぎわっており、その人の中には尻尾が生えている人や、角が生えていたり、また人間の耳ではない人がいるところを見ると、どうやら雑踏の中には使い魔もいるようだ。
もともとこのクィ―ンズの街は魔術師、それも西洋魔術師の人たちだけで築かれている。なので、その西洋魔術師の使い魔が普通に街中にいてもおかしくない。
しかし、それが翼にとっては新鮮でもある。
(―――思ったより、さっきの地震の影響はないみたいだ…)
実際、建物や街路などには亀裂はないうえにほとんどの街の人たちも、別段地震が起きたことで慌てたり混乱したりしていないので、翼がそう思うのも無理はない。
だが、ところどころで井戸端会議を開いている婦人たちが、話の華としてさきほどの地震を切り出したりしていたので、暇つぶしの会話程度にちょうど地震が起きてくれて良かったみたいなものが、理不尽ながらその人たちから感じられる。
「……ん?」
翼はそんな街の状況を見学しながら散歩しているとき、ふと何かの気配を感じたのでその気配の感じた方向に振り向く。
するとその気配は狭い通路からのようだ。裏路地に続いている、その通路から。
翼は少し入り込むことをためらったが、人間の性というべきか、好奇心に負けて翼はその狭い通路に足を踏み入れることにする。
ちょうど人がギリギリ横に2人並んで歩けるか歩けないかというほどの狭さ。
さらにそこにさび付いた鉄製のゴミ箱やポリバケツが転がっているので2人で横に並んで歩くのは正直無理があるというものだ。
幸い翼は1人だったので、そんな不自由はすることはなく、案外楽に奥へと進んでいく。
やがて狭い通路を進み続けて、翼は舗装されていない裏路地の広い空間にたどり着く。
周りは背が高いレンガ造りの建物が四方八方に広がっており、その建物の影に四六時中なっているためか、その空間はやや湿気臭く、かび臭かった。そして何となく、変な臭いもした。
そんな場所に、翼は1人の人を見つける。
肩までかかるほどの銀色の髪、肌の色は白。
翼に背を向けているのだが、雰囲気的の性別は男ということがわかる。
さらに白い上着を着、紺色のズボンを穿いて、身長は翼とほぼ同じくらいの少年。
少年はさきほどから何か少年の目の前のものを見下ろしているのだが、それが何なのかは翼にはわからなかった。
「―――ボクに気づいたんだ。キミ」
男と女の間くらい…つまりは中性的な声。
そんな少年の声が翼と少年のいる空間内に響く。
「……気配がここからしたからね。あくまでなんとなくの気配だけど」
「そう。なんとなく、か。つまりは本能が感じ取ったのかな?」
「……」
なんだろう。この妙な感覚は……。
一瞬翼は背筋が凍った。
なぜかはわからない。ただ、目の前の少年から敵意や殺気の類は感じられないのに本能的に翼は何かを感じ取ったのだ。
少なくとも「何か」の中身はいいものではない。
「……君の名前は?」
「そういうキミの名前は何なんだい?」
「……翼」
「ふ〜ん。翼、ね」
背を向けたまま少年は、何か満足そうにうんうんと頷く。
「……僕は名乗ったんだから、君の名前も教えてよ。わざわざ僕も呼んだんだからさ」
「ああ、そうだったね。―――だけど、ボクは別にキミを呼んだ覚えないよ。ただ、誰か誘われてくれないかなぁってさぁ、わざと気配を発していたんだけどね」
「―――そうする意味はあったの?」
「別に。なんとなくだよ。キミがボクの気配に誘われたのと同じ理由さ」
少年が嘘をついているとは翼には思えなかった。
そのため、本当に「なんとなく」の理由でしていたとしか考えられなかった。
「そうそう、ボクの自己紹介だったね。ボクはタブリス」
銀髪の少年、タブリスは相変わらず翼に背を向けて、何かをずっと見下ろしていた。
「……タブリス。君はさっきから何を見てるの?」
「人形だよ」
「……人形?」
「そうさ。翼も、もっと近くに来たらわかると思うよ」
タブリスに言われるがままに、翼はゆっくりとタブリスの見下ろしている人形が何なのかを確かめるために近づく。
「……」
タブリスと翼の間の距離はだいたい20メ―トルほど。
そのうちの5メ―トルほど近づくが、ぼんやりと何かシルエットが見えるだけで何なのかはわからない。
「もっと近づいてみたらどうだい?」
さらに翼は歩を進める。そして10メ―トル。
相変わらず黒いシルエットなのだが、そのシルエットは複数あることがわかった。
全部で5つほど。
「……見えるかい?」
「いや。見えないよ」
「ならもっと近づきなよ」
タブリスの声の調子は相変わらず。
翼はさらにタブリスとその見下ろしている人形に近づく。
「……。―――!?」
タブリスとの距離が5メ―トルのところで、それを見ることはできたのだが、それを見て翼は危うく悲鳴を上げそうになった。
それはある意味では、タブリスの言った言葉は正しいのかもしれない。
人形。人から魂が抜けた状態。―――つまりは死体だった。
それは無残にも両手両足と首から上を胴体から分断されて、ある程度時間が経っているせいかその断片からはすでに血は滴っておらず、その代わりに死体が転がって言う地面は土色から紅色に染まりきっていた。
死体のいずれかも恐怖におびえるような表情、驚愕の表情、また何が起こったのかわかっていない表情に顔が歪みきっていた。
「な……な……に、を……」
「どうしたんだい?翼」
翼が言葉を失っているときにタブリスは相変わらず先ほどと全く同じ口調で尋ねかける。
着ているシャツが一気に冷や汗によってどしゃぶりの雨の中を傘も差さずに歩いてきたときのようにびしょ濡れになる。
額からも拭いきれないほどの嫌な汗が出、足は完全に驚きと混乱と恐怖によって固まってしまい逃げようにも逃げられない。
「な……なにを……」
「なにを?」
「何を見てるんだよッ!!」
「わかるだろ?人形さ」
「人形って……死体じゃないかッ!!」
「へぇ。死体っていうんだ。人形と本質的には変わらないのに」
ここでようやくタブリスは翼に振り返る。
そして、その振り返って見えたタブリスの表情は、笑っていた。
異常だ。異常すぎる…。
そう思うしかない。
タブリスの言い放つ言葉も翼にとって強烈だったが、それ以上に死体を見て口元を緩ませているその表情のほうが最も畏怖を感じさせる。
「君が……殺ったの?」
「そうさ」
「……なんで」
「なんでって言われても、ボクはそういうやつだからかな」
平然と言ってのけるタブリス。
まるで殺して当然だといわんばかりの態度だ。
「キミは……今のところは残しておくか。たぶん、また会える日が来るだろうからね」
タブリスはそう最後に翼に言うと、常人ではありえないほどの跳躍で高い建物の屋根まで行き、そしてそのまま姿を消すのだった。 |