MAGIC7-2〜凛子のもとへ〜
翼の今朝は実に不思議で騒がしく始まった。理由はなんと言っても、緋睡である。
パッと見た感じ、緋睡は何にも変わっていない。だが、問題は中身だ。
なぜなら――
「おらぁッ!!クソ兄貴ぃッ!!もっと早く飯を食えッ!!戦争が突然起きたらおめぇは確実に真っ先に死ぬぞッ!!」
という感じで性格が180度変わってしまっているのだ。
普段敬語なのに、なぜか今に至っては男勝り口調。……いや、もはや不良口調である。
生真面目の代名詞とも思えたあの緋睡が、今ではこんな状況。
まるで何か悪いものが憑いているみたいだ。
「ちッ!!おっせぇ―んだよ兄貴ッ!!わたくしがおめぇに飯を食わせてやるよッ!!」
そう言って緋睡……と思われる人物は、翼の口の中に、強引に残りの朝食を詰めていく。
口調が不良っぽいのに、一人称はいつもと変わらず『わたくし』なので、違和感があることこの上ない。
不良九割、もとの緋睡一割、といった感じだ。
「ぐ…えぇ……ッッ。ひ、……ヒス、……ヒスイサン……、僕の、口のな、か……さすがに限界…………」
「うっせぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!!人間なら限界を超えてみせろッ!!!!!」
その後、翼が朝食をすべて吐いてしまったのは、言うまでもない。
限界を超えて翼が手に入れたものは、『不潔』だった。
* * *
「なんだったんだろ?あれ」
翼は隣にいるプリムラにそう話しかけると、プリムラはコクコクと同情するように頷いた。
翼とプリムラは家から飛び出していた。理由はもちろん、緋睡だ。
家に居ると緋睡がやたらと翼につっかかってくるので、こうして逃げてきたというわけだ。
とにかく今の緋睡は凶悪、凶暴と言う言葉が一番似合う。
外見は大和撫子のようだが、中身は凶悪な野獣、妖怪、化け物。
もしかしたら、邪神と同じくらい厄介なものにすら翼には思えた。オ―バ―といえばオ―バ―だが。
「――ああ、今日見た夢がうらやましいよ」
青空を見上げ、そう言葉を漏らしてしまう翼。
その姿を見て、首を『?』といった感じにひねるプリムラ。
住宅街の道を歩きながら翼は、これからどこにいこうか、と考える。
天真の家に行って助けてもらおうかな、と思っても肝心の天真は旅に出ている。仮にいたとしてその助けを頼んだとしても、あの先輩のことだ。おそらく何か見返りを貰おうとするに違いない。よって却下。
葉のところにいくか、と思っても葉は緋睡のことが苦手なので、万が一緋睡が翼を追ってきたらまず葉は失神してしまう。
そこまで葉は緋睡のことが苦手なのだ。緋睡恐怖症である。
よって残る場所といえば――
「じゃあプリムラ。『千葉神社』にいこっか」
そこしか残る場所はなかった。ましてや凛子は緋睡の友達なので緋睡がやってきたとしても、凛子には何の被害も出ないだろう、という配慮もあってだ。
その翼の言葉に、プリムラはこくりと頷くのだった。
* * *
『千葉神社』は、住宅街から北西に移動したところにある。
この辺りでは結構有名な神社で、参拝する人も少なくない。
木々に割って入るように造られた石造りの階段をのぼっていくと、紅い鳥居があり、それをくぐると寺がある。
神社は小さい山の林の中にあり、神社一帯はすべて木で囲まれていて、さらに寺の背後の林を抜けると、そこには大きな崖がある。
「あ、ツバサ君。どうしたの?小さな娘を連れて」
鳥居をくぐると、そこには箒を持っている巫女、凛子がいた。
凛子はこの神社の人の娘であり、また巫女でもある。
凛子は巫女服を着て、先ほどから落ち葉の掃除をしていたのだが、翼たちが来たので一度掃除を止める。
「ああ……。凛子にはまだ言ってなかったな。――この娘はプリムラ。わけあって、僕の家に住むことになったんだ」
翼がそう言い終えると、プリムラは凛子に向かって軽く頭を下げ、一礼する。
「へぇ〜。礼儀正しいね♪プリムラちゃん」
凛子がニコニコしながらそう言うと、プリムラは「ありがとうございます」の代わりに、再び一礼する。
「うんうん。ホントに礼儀正しいよ♪親には全く似ず、ね♪」
「凛子…………なぜ僕を見る?」
「気のせいだよ、ツバサ君♪――まぁ、そんなことはさておき、うちにあがってよ。お茶とか用意するからさぁ♪」
なんだか納得できなかったが、翼たちは凛子の家にあがらせてもらうことにした。というか、そもそも翼たち、それが目的でここに来たわけだが、翼たちはあえてそのことは言わなかった。
* * *
「へぇ〜。ツバサ君に外国人の友人がいたんだぁ」
「そうなんだ。『フランシア』に住んでいる遠い友人なんだよ、プリムラは」
ははは〜、とやや無理に笑いながら翼は言う。
この話の内容はずばりプリムラのことだ。名前からしてまずこの国の人じゃないので凛子が翼にどんな関係か尋ねてきたので、どうにか嘘をついてその場をごまかしている。
仕方ないとはいえ、翼は嘘をついていて良心がズキズキと痛んだ。根は真面目だから……。
一方プリムラはというと、凛子の部屋をキョロキョロと見渡していた。
「――さてと、ツバサ君。それで、私のところに来たのはどういう了見なの?」
お茶を一服して、凛子は翼にそう言った。
翼は心底、どうして自分の友人は、こんなに鋭いんだ?――と思ってしまう。
凛子に限ったことではなく、天真や葉、今は変わりし緋睡も、翼の変化にかなり早い段階で気づくのだ。
翼自身、自分が困ったことになっても他人に迷惑はかけまいと振舞うのだが、翼の友人たちにはどういうわけかそれをやっても通用しない。
翼も凛子と同じようにお茶を一服すると、観念したようになる。
「凛子。悪いんだけど、しばらくここに居させてくれないかな?」
「え?」
翼の言葉を聞いて、何を思ったのか凛子は顔を真っ赤にさせる。
「え、えぇ〜っと。それってつまり……あの、……その…………」
「え?あッ!違うんだッ!!変な意味じゃなくてさ、その……。色々あってさ」
凛子の見事なまでの慌てぶりを見て、翼はすぐに何か補足説明を加えると、凛子は「へ?」って感じの表情をしてひとまず落ち着いた。
「――色々あったって言ってたけど、何があったの?」
「まぁ……。正直に言うと、自分でもわかってないと言うか……。緋睡が突然変になっちゃってさ…………」
「変にって……なんで?」
「それが僕にもわからないんだよ。だから困っててさ……」
はぁ……と、深いため息を一つ。そしてその後、凛子の部屋の隅まで行って体育座り。
そして床に指で「の」の字を書き始める。
典型的過ぎるほどの落ち込みぶりである。
あからさま過ぎるほどに翼が落ち込んでいるので、凛子はかける言葉と言うものが見つからない。
唯一、今の状況とこの会話の流れからして、凛子がかけられる言葉というものは一つ――
「――わかったよ。今日はうちに居させてあげる」
やや嘆息しながら、凛子はそう言った。
それぐらいしか、凛子はかける言葉がなかったからだ。
すると、翼はちょうど凛子に見えないようにニヤリ&小さくガッツポ―ズをした。
これで緋睡の魔の手から逃れられると、そう思って…………。 |