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聖夜ぐらい静かにしやがれ
作者:宇飼純生
 小用を足しているときに頭の旋毛(てっぺん)に突き刺さった衝動は、すぐさま脳神経を刺激してからに、身体を俊敏に。私はトイレを飛び出した。
 夜が更けると、寝なくては寝なくてはと焦燥が立ち起こるがそれは枕の綿に染み込んでいくだけで無碍に時間を費やすだけ。私はそういう夜は夢想に耽ったり、さかむけをたぶらかしたり、アルバムをぺらぺらとめくってみたり、〈リビングデッド・サンポール〉のCDをヘッドフォンで聴いたりする。
 そして、今夜はたまたま「掃除をしよう!」という日だった。
 エネルギーはとかく有り余っている。有り余っているのはいいことだ。いいことだと思う。何ものでも常に有り余っていれば心にうるおいがあるものだ。
「やるぞー」
 パンツとズボンをいっしょくたにあげて、顔を景気づけに叩くパンパン!
 トイレから部屋に戻ってぐるり頭を回して現状確認。なるほど、こりゃ潜在的に掃除をしなくては、と命令がくだるわけだ。汚い部屋だ。閉め切られた水玉カーテンごしには近所の家のクリスマス・イルミネーションの光芒が侵入してきていて、どうにかしてこれを遮りたいな、なんて目標が湧いたけれど刹那、蒸発しやはりカーテンを全開にしてイルミネーションの恩恵にあずかりたいな、と思うことにした。
 手始めに…。
 早くも私の手は静止した。所在無げに八の字を描いてみたりする。「どこから手をつければいいの」
 散乱した衣類からだろうか。
 散乱した書物からだろうか。
 散乱したCDからだろうか。
 散乱した化粧品からだろうか。
 逡巡の糸が断ち切れる前に、とりあえず四角テーブルを蹴り上げてみた。なんとなくコーナーキックの塩梅で思いっきり蹴り上げてみたのです。
 手鏡、スタンドミラー、ミラー、化粧品が舞う。空転するミラーに私の顔がまるで実写のように映り込む。ウインク一発。ばっちりオーケー。夜更けも乗り切れる目尻をしている。さすが実写だ。血が通う質感のリアルな映像だね。
 たちまちフローリングにステージを変えて散乱し直した化粧品のうち、マニキュアの瓶が餌付けされた犬のようにころころと私のつま先に当たった。
 こつん。
 なるほど。得心行った私はマニキュアの瓶を掴むなり蓋をあけ、中身の液体をどばどばと秋刀魚に醤油をかけるようにこぼした。わざ、わざ…。当たり前だけど、パープルレッドのマニキュアは即フローリングを染めた。
「殺人現場みたいだ…」
 こぼれた液体を眺めていると、焦燥よりも早く、うっとりとしてしまうのはなぜだろう。食事の時間にコップからこぼした麦茶も好き。歪んだ曲線ながらも必死に前進していくみたいで…。
「さてさてっと」
 お気に入りで三日に一度は絶対に切るバンドTシャツを脱いで、それをマニキュアの泉にぽとりと落とした。だらりと垂れ下がった舌に旅客機が墜落しているロゴがプリントされた白を基調にしたTシャツは滑稽なぐらいあっけなくパープルレッドに色づけられて、家をイルミネーションで彩る感覚もこんな感じなのかなって、窓から隣の家に向かって怒鳴ってみようかな、と思ったけど顔をだして確認するともう眠っているようで家の電気はすっかり消えていた。自分たちが眠ってもう見ないんならイルミネーションも消せばいいのに。日ごろはエコエコ言ってるのにどうしてこういう派手な真似は平気なんだろう。ワイドショーが呑気にイルミネーション特集を組んでるから?
 そうだ。間違いない。ワイドショーのせいだ。ワイドショーのせいで貴重な電力が浪費されたんだ。あのテレビ局も、あのテレビ局も、このテレビ局も全部放送権剥奪されてしまえ! ワイドショーに天誅を! エコに傾倒している私のサンタさん聞いて! ついでにスポーツ紙のエロイ広告も禁止して!
 とかなんとかサンタクロースなんて小学三年に信じるのをやめた私が躍起に訴えてみたところで、これは祈りではなく、気休めに成り下がる。
 なんだか本当に殺人現場の後処理をしてるみたい。笑える。
 大好きなバンドの物販で握手までしてもらって買ったTシャツだけど変色しちゃったらもうどうでもよくなったし足で踏んでマニキュアを拭き取った。昨日まで大好きなバンドだったけど。さっきまで大好きなバンドだったけど。今じゃ目障りなぐらい。大体これも影響だし。
 部屋の隅にTシャツをおざなりに蹴っ飛ばして、
「次はお前だー!」
 くずれたCDの山にドロップキックをきめこんだ。ぐしゃり。ごしゃり。めきょり。小気味よい音が私の関節の節々と共に跳ねる!
「らん、らん、らん、らん!」
 ナウシカ・レクイエム(ラン、ランララ、ランランラン、ラン、ランラララーン)が勝手に脳内で流れ出してドーパミン活性化に貢献してくれます。子どものころからそうでした。覚醒したように私は乱暴の限りをつくして鼻血をなめながら、にっこり笑い、周りのひとから不気味がられるのです。
 CDの山に頭をもぐらせて呼吸をして打ちつけて、額から赤がつーっと垂れ下がると鼻血の赤を川が海に還るように逃げてくれた。ぽたぽた、と床に垂れて斑点模様の完成だ。
 暴走する私。止まらない薄い流血。クリスマスに暴動が起こらないのはみんな後ろめたさを根底に植え付けられているからだ。クリスマスプレゼントに騙されて、重要な側面を見抜かれないように大人たちはしていたのだ。私は気づいてしまった。二十一の私は気づいてしまったよ、ついにね。
 ぐぅぅ、ぐっ…。
「お腹すいた」
 クリスマスプレゼントの真相は私に空腹をもたらした。「フライドチキン食べよーっと」
 冷蔵庫の中にはフライドチキンがある。バスケットに二本だけ入ってある。そのうち一本はクリスピーで皮がほんのり朱色で、においだけで私は食欲をうせる。だから私が食べるのはもちろんノーマルチキン。原始人が狩りに使ってたようなブーメラン型のフライドチキンだ。
 冷え冷えのフライドチキンを電子レンジにセットしたら炊飯器から湯気に抱かれた白米をもっこり茶碗に盛り、待機。電子レンジの中でチキンがぐるぐる回る。チキンも驚いているだろう。まさかこんな大車輪な目に合うなんてコッコッコーと鳴いていた時には思いもしなかっただろうし、と思考がぐるぐるとチキンの家系図までいっちゃう前に──
 ちーん!
「わーい」
 電子レンジを開くとフライドチキンが熱々で、やばい。これは直に触ると大変なことになる。どうしたものか。食べたい。でも食べられない。皿の上でフライドチキンは誘惑するように吐息をつき続けている。よだれが舌にじんわり滲んできて、ああ、もう!
 私は立ったまま、白米をかっこんだ。チンされたフライドチキンを眺めながら白米をかっこんだ。がつがつ。こりゃもう端無いの極地といった感じで、しかしそれはそれと憮然とした感じでもあって、とかく白米は旨いということだ。がつがつ。白米さえあれば世界は成り立つのではないか。恋人なんていらない! 白米さえあればいい! 実家から送られてくる品種不明の白米最高! ちょっと水を多くして、いかにも澱粉(でんぷん)って感じで歯にあたると水気を出すぐらいが一番好き。がつがつ。うむ、今回ベスト!
 箸が一本折れて歯茎に刺さった。その激痛で私は、あっもう御飯食べ終わっちゃった、と気づいて、電子レンジに手をつっこみまだ熱々のフライドチキンさんを鳥類が魚を狩る瞬間のそれのごとく、ぎゅむっ、と鷲掴みして、
「そーれっ!」
 窓にむかってフライドチキンのど真ん中ストレートだ!
 べちょち。
 ガラスの強固な防御力に鳥風情が勝てるはずなかった。もし高級な、つまり地鶏だったら勝負はわからなかった。もし勝利の女神が、宗教的な理由で鳥を食せなければ、このような結果に…。
 茶碗を捨てて、部屋に戻ってリビングに座して天井を仰ぐ。満腹だ。これ以外の言葉が見つからない。
 聖夜ってのはこういうものだ、としみじみ思ったりするけれど外から不意に男女の嬌声が聞こえ、げんなりして窓開けて怒鳴ってやろうか、どうせクリスマスだからテンションあがっちゃってとか言えば許されるだろうしやってみようか、いやいやいかん、それはいかんぞ私。なんとか自重する。
 気を変えるため、テレビでも見ようか、とリモコンを探すけどなかなか見つからず。散乱したCDの小山に飲まれてしまったのだろう。
「よーし、いっちょやりますか」
 軽くストレッチをして体をほぐしたら、水泳の開始だ。今夜の種目はクロール。ばたばたばた。フローリングのプールを泳ぐのって気持ちがよくて、バタ足が太鼓みたいな音をたてるから気分も盛り上がるしいい感じ。食後の運動にも適してるし超絶おすすめ。ばたばたばた。
 CD(ざん)に到着したら海軍の人間魚雷よろしく、猛突! ケースが喧嘩するけたたましい音が鳴るけれど、私の頭の中ではやっぱりあのテーマソング──ナウシカ・レクイエムが頑として流れてるわけで、負けない。
 体を──反る!
「わーい、わーい、山ひとつをぶっ飛ばして、リモコンをゲットしたぞう」
 寝たままリモコン操作。あさっての方向でも操作できる赤外線って便利。
 テレビがつくとたちまち部屋は芸人の笑い声に包まれた。どうやら下世話な話で爆笑しているようだ。
「最低。今日なんの日かわかってんの?」画面の左上には『ライブ!』の文字が。「あー、確信犯だね。こりゃ」
 それからの私の行動はまるでシューマッハに乗り込まれたようだった。実にスピーディーかつ無駄のない鋭敏な動き。二手先の動きが念頭にある感覚。いやむしろそれじゃ遅いぐらい。
「あの〜。いま、おたくの、バラエティ観てるんですけどお。今日がなんの日か、知ってますよね当然。それなのにこういう身も毛もよだつ(しも)ネタってどうなんですかあ?
 放送倫理的にどうなんですかあ?
 ファーストライナーじゃないですかあ? アウトじゃないですかあ?
 ちょ、ちょっとおたく聞いてます?
 確かにあなたも今夜みたいな日にアルバイトで電話係やらされてるってのは辛いだろうし、今すぐ謝罪一辺倒で電話を切りたいってのも分かりますう。私もそういうの考慮ってのはしたいと思ってますし。はい。でもね、許せないのね。せっかくこっちはいいムードで…え? 今ですか? そりゃもう彼氏といちゃいちゃですよう。さっきまで大っきいチキンをね、こーんな大っきいチキンをふたりで仲良く、あーん、ってして完食したし。
 え? 酔ってないよ?
 しらふに決まってるでしょう常識的に。しらふじゃないなら電話番号ぴっぽっぱなんて不可能!
 アイ・アム・シラフ! オッケーかなバイトさん」
 ツー、ツー、ツー。
「…切りやがったクソバイト!」
 据え置き型の電話を叩きつけるように置いたけど気がすまないので、テレビに映ってるグラビアイドルに、
「あ? ちょっと胸が大きいからって調子こいてんじゃねえぞコラァ!」
 とかメンチ切ってみたりしたけれど、それでも気がすまないから困ったが、冷蔵庫の上に異彩を放ちどっかり陣取っている箱が視界に入って、ぴたりと静止。
 ふー、と覚悟を決めてキッチンに行き、その箱をそっと、赤ちゃんを抱くようにそっと掴んだら、そっと足音も立てずにお茶運び人形みたいなポーズのまま部屋に戻る。この白い正方形の箱。クリスマス仕様の箱。リボンしちゃっておめかししちゃって、箱のくせに結構可愛くて、ぎゅっとしたいけど自重する。中身がどうなるか。
 ある種、爆発物よりやっかいな箱をカーペットにそっと置いて、開けてみるとそこにはやっぱりホールケーキ!
「おお…」思わず口に出る感激。「ちょっと欠けててブサイクだけどやっぱりケーキはすんごい…」
 実は昼にもうぺろぺろっと食べてて──
「バイバーイ!」
 テレビ番組でもちょくちょく見掛ける有名パティシエの藤川光太郎(ふじかわこうたろう)が丹精を込めて仕上げたストロベリー・ホールケーキに、憤怒の鉄槌を振り落とす!
 白の飛沫が顔にかかる!
 ぺろっ!
 ぺろぺろっ!
「美味しーいっ!」
 もっと食べたくて拳を何度も落とす。がんごがん! とかとんとん!
 ぺろっ!
 がんごがん! とかとんとん!
 途中からケーキを殴っているんだか床を殴っているんだか拳を傷つけているんだか、はてなマーク。
 ぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺ、る…。
 ああ、見えちゃった。見えてきちゃった。如実にそこにある。見える見える。ケーキに潜んでいたそいつが私を睨む。不細工に苺でデコレーションされたデコ携帯のおでましだ。殺してやりたい。
 着信ありの光が、ちかちか。
 外はイルミネーションが、きらきら。
 ──殺してやりたい。
 上唇についたホワイトクリームをなめると水っぽくて嫌になった。しょっぱくて嫌になった。
 こらえないと。こらえないと。暴れるのは常だ。でも、湿っぽいのはダメなのだ。そういうノリは嫌で、嫌で、嫌で、心臓が胸からこぼれ落ちそうになるのだ。こぼれ落ちた心臓を拾うには下を向かなきゃ。下を向いたら、もっとたくさんこぼれそうになる…。
 崩れそうなジェンガのように耐える私を不意に、あのメロディが襲った。デコ携帯がりんりん蠢動する。
 着信だ。着信音は聞き慣れたあのメロディ。彼だけが好きなバンドの曲。マイナーだからわざわざサイトを回って探してやっとダウンロードできた曲。サビしか知らない曲…。
 届いたメールは読まなくても内容は知れた。どうせいつもの素っ気ないメールに違いなく、期待するのも損というものだ。
 でも、期待してしまうのが私の悪癖。

『薬飲んで早く寝ろよ。明日、朝行く』

 聖夜は人によっては特別でもなんでもない。
 同じように──誕生日だって自分以外にとってはどうだっていい日なんだ。
 デコ携帯を壁に投げつけて、睡眠薬と鎮静剤を噛み砕き唾液だけで嚥下して、ベッドに沈むように寝転がって、ああいつもと同じ夜だね、って思ったのを最後に思考を切って微睡みを待つ。
 聞こえてる聞こえてるよ。
 そんなにうるさくしなくたって聞こえてるよ。眠れるよ。
 堕ちる直前、鼻を甘ったるい匂いが塞いで、耳をあのメロディが塞いだ。そして塞ぎきれなかった口から、
「朝起きたら部屋が片付いてますように」
 私だけのサンタクロースに祈った。
 メリークリスマスよりも、ハッピーバースデーな私、眠る。


―終―
 最後まで読んでいただき感謝です。

 いきなりですが、クリスマスが嫌いです。イルミネーションが嫌いです。街行くカップルが嫌いです。
 でも気付きました。
 嫌いなのはクリスマスだけじゃない、と気付いてしまいました。
 この話は今年の夏には出来上がっていたのですが、本心に気付いてしまったらもう文字に起こせない内容だったので、いじりにいじってどうにかこうにか内容をほぼ真逆なくらい改変して書き上げました。
 以前書いた好きじゃない短編をイメージしたせいか、これもそんなに好きじゃない。じゃあイメージすんな、って話か。いやあんたそりゃ駄目だ。不可避ってやつだあ。

 フライドチキンは食べるものだし、薬は噛み砕かずにそのまま飲むものです。
 胡散臭いカーネルおっさんと薬剤師の努力を無駄にするのはやめよう。

 ではでは。また書いてたら是非。
作者の残念なブログはこちらです。
拍手、激励、感想、美味しいカレーの作り方のみ大歓迎。
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