3ー僕に足らないものー
「コ、コーヒーください」
「ホットですか?」
「え? あ、はい……」
ファミレスで注文しながら、まだ混乱していた。
夏なのに、ホットコーヒーを頼んでしまったことに気が付いたのは、ウェイトレスさんが、彼女の注文を取り終わって、戻っていく後ろ姿を見たときだった。
「あっ、待って」
……遅かった。……ま、まあ、いいか。
僕は大きく溜息をついた。テーブルで向かい合っている彼女の肩がぴくっと揺れた。
彼女は店に入ってからもずっと俯いていた。
なんだか体を小さくしているように見える。
僕は、その態度に、さっきのことがあったから、恥ずかしすぎて固まってるんだと思った。
そりゃ、そうだよな。
やっぱり、いくらなんでも、恥ずかしいよな。
僕自身が、死ぬほど恥ずかしかったんだから。彼女だって……。
そう思ったら、少し心に余裕が出てきた。
うん。ここは、僕が彼女を和らげてあげないと。
彼女の秘密を知ってるのは僕なんだから。
そうだよ。しっかりしよう。
「あ、あのさ。映画、よかったよね」
そういって話を切りだした。
彼女が怖ず怖ずと顔をあげる。その表情が、なんだかとても硬かった。
あれ? と思ったけれど、かまわず話し出した。
口を閉じたら、また、話せなくなりそうだった。
「ほら、えっと、なんだっけ? あの最初の場面……」
僕は覚えてるかぎりの場面について話した。
あれからあとの話はまったく覚えてないのだけれど。
彼女は、時々小さく肯くだけだった。
表情はやっぱり硬い。もしかしたら、暗い?
どうしたら、待ち合わせの時のように笑ってくれるんだろう?
僕は焦ってきた。
そのうち、注文したものが届いた。
僕の季節はずれのホットコーヒーに、彼女のは、かわいらしいチョコレートパフェだった。
彼女の表情が少しほころんだ。僕は、それを見逃さなかった。
「へえ。美味しそうだね。チョコパフェ好きなの?」
「う、うん。好き……」
こんな状況なのに、彼女の“好き”の一言に不覚にも反応してしまう。
「あー、いいなあ」
僕は少しおどけて言った。
彼女はそんな僕を見つめて、それから、おずおずと言った。
「た、食べる?」
「え?」
彼女はスプーンでパフェをすくうと、僕の方へ、すっとさしだした。
え? あっ! これって!
いわゆる一つの、アーンですか?
僕の頭の中に、そんなアニメやドラマの場面が浮かぶ。
でも、それが目の前にあるなんて! さっきとは違う意味で、めちゃ恥ずかしい。
でも彼女は、いやに真剣な表情で僕を見ていた。
えっと、これは、やっぱり、そのまま、口に……。
やけに思考の回路が遅いような気がする。自分の頬が熱くなってくるのを感じた。
僕は、キョロキョロと他のテーブルを見回し、誰も注目してないことを確認した。
それから、そろそろと差し出されたスプーンに顔を近づけようとする。
見つめる彼女の視線が恥ずかしくて、目をつぶった。
そして、口を開けようとした。その時。
かちゃん、と音が鳴った。
あれ? と思って目を開ける。
テーブルの上に、スプーンが転がって、落ちたパフェが広がっていた。
「え?」
なんだ?
彼女を見ると、俯いて、体を震わせていた。
え? あれ? 彼女、どうしたんだ?
「えっと、どうしたの? 何かあった? どこか痛い?」
彼女が首を振る。その瞳から何かが落ちたような気がした。
「え? どうしたの? もしかして、泣いてる? ねえ!」
僕は思わず腕を伸ばして彼女の頬に触ろうとした。
彼女がビクッと体をひいて、その拍子に顔をあげる。
その面が、哀しそうな表情で歪んでいた。
僕の心臓がきゅっと痛くなった。
え? え? いったい、なんで、こんな表情してるんだ?
「どうしたんだよ? なんで、泣いてるんだ?」
「だって……だって……」
彼女は苦しそうに声を出した。こんな苦しそうな声、僕まで苦しくなってくる。
「だって……やっぱり、き、嫌われちゃったから……」
へ? なんだって?
「……もう、わたしのこと……いやになっちゃったんだよね?」
頭が混乱した。
彼女、なにを言ってるんだ?
「どうして、そんな?!」
「ううん。わ、わかるの」
いや、ちょっと、待て。
「なにが分かるって? そんなこと、あるはずないだろ。僕は、君のこと、す、す……」
「もう……嘘なんかつかなくていいよ」
彼女は絞り出すように言った。その言葉が、とても哀しく響く。
でも、僕には、彼女の言ってることが全然わからない。
嘘? 嘘だって?
「嘘なんか、つくはずないじゃないか!」
僕の言葉に彼女は目にいっぱい涙の粒を湛えながら、でも、言った。
「だって、だって……わたしのこと、ちゃんと、見てくれないじゃない。わたしのこと触ってくれないじゃない。電車の中でも、映画館の中でも、いまも……」
「なっ! それは……」
「わたし、ものすごく恥ずかしくて、でも、初めてのデートだから、喜んで欲しくて……あなたも、好きって言ってくれたから、だから……うぐ……でも、全然……うぐ」
彼女は嗚咽を漏らして泣き始めた。
僕は、彼女の言ったことに驚いて、もう言葉も出せず、固まってしまった。
……誤解だ。全部、彼女の誤解だ。
彼女のことをいやになったから、彼女を見れなかったわけじゃない。
そんなの全くの逆。
彼女のことが好きだから、恥ずかしくて、ドキドキして、眩しくて、だから、まともに彼女を見れなかったんだ。
そんなこと、当然じゃないか。
そうだろう?
でも……と思う。
こんなふうに彼女を泣かしてしまって、こんなふうに彼女に誤解させたのは、やっぱり僕のせいだ。
彼女の秘密は知ってたのに。
エッチな女の子が好きだと言ったのは僕自身なのに。
それなのに、僕は、彼女をちゃんと見てあげてなかった。
ちゃんと受け止めてあげてなかった。
それは、確かに、彼女のことを、まだちゃんとわかってなかったからかもしれない。
予想外のことに驚いて、慌ててしまったからかもしれない。
でもたぶん、それもこれも全て合わせて、僕は……足らなかったんだ。
覚悟が……彼女と付合う、本当の覚悟が。
だから、それなら……。
僕は一つ深呼吸をした。
目の前で泣きながら頬を拭っている彼女をあらためて見つめる。
その姿がたまらなく愛おしく感じた。
僕は彼女の腕を取った。
「行こう!」
力強く言った。
「え?」
驚く彼女を強引に立ち上がらせる。
そのまま彼女の腕を組んで、レジに向かって歩き出した。
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