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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

ある箱庭の詰み

作者:管原叶乃
「成功です!無事、勇者が召喚されました!」

王国に伝わる秘法。
それが「勇者召喚の儀」だった。

王国に危機が訪れるとき、王族が唱える聖なる呪文で勇者を召喚することができるのだ。
聖王である王国の初代国王は創造神の祝福をその身に宿していたという。
その聖なる祝福は今も王族の血に脈々と受け継がれており、あらゆる病や災いから彼らの身を守っている。

そうした王族たちの下、王国は長きに渡って繁栄を誇ってきた。
王国の歴史は千年の長きに及ぶ。大陸では間違いなく随一の国力を誇る。

しかし。
最近になって恐ろしい神託が神殿の聖なる石版にあらわれたのだ。

『世界は滅ぶ。
魔王があらわれ、魔物によって人間は根絶やしにされる。
この世界の何者にも、それを防ぐことはできない。
あるいは異世界の勇者であれば、可能性はあるかもしれない。
ただし』

その後にも文字が浮かび上がりつつあったが、まだ読めるまでには至っていない。
神官長は急ぎ、判明している部分の神託だけでもと思い、王にそれを報告した。

「今こそ異世界から勇者を召喚する時だ。
この世界の何者にも防ぐことができないのなら、別の世界から呼び寄せられた勇者になら、きっと魔王を倒せるに違いない」

王はさっそく儀式をとり行うことにした。
聖なる魔方陣を王城内部の神殿に描き、王と后、世継ぎの王子、何人かの王女たちをはじめ、神の守護を持つものたちがその場に集まる。

神官長をはじめとする神官たち、近衛の騎士、宰相たちが固唾をのんで見守る。
王族たちは声をそろえ、聖なる呪文を厳かに唱え始めた。

「おお……なんと神々しい」

いならぶ者たちが王族たちの放つ神威に打たれ、感嘆の声をあげている間にも、呪文は厳かに唱えられていく。
やがて魔方陣が輝き始めた。
呪文の完成と共に光があふれ、爆発する。

「おお……!」

光の爆発の中、魔方陣の中心に人影があらわれた。

「成功です!無事、勇者が召喚されました!」

喜びに沸く一同。
魔方陣の中にいるのは、この世界の人間では決して持ち得ない黒い髪に黒い瞳をした若い娘だった。
娘はぽかん、とした顔で呆然と立ち尽くしている。

「異世界の娘よ。そなたを召喚したのは我らだ」

第一王位継承者である王子が堂々とした声で呼びかける。

「この世界は今、危機に瀕している。その危機から世界を救えるのは異世界の者であるそなただけだ」

王子は金の髪をきらめかせ、透き通った青い瞳に苦渋の色をにじませる。
しかし娘に語りかける声は、甘く優しかった。

「そなたは勇者となって、王国に仇なす魔王を滅ぼすのだ」

『勇者が男なら王女が。女でしたなら王子が。
恐れ多いことですが、お声をかけ説明してやってください。
王子も王女も大変見目麗しくていらっしゃいます。
優しくしてやって、こちらに取り込みましょう。
惚れさせてやってもいいかもしれません。
結婚をほのめかしてやれば、さらに取り込めましょう』
『私には美しい婚約者がいる。
従姉妹は美しく、大金持ちで家柄も申し分ない、私の隣に立たせても見栄えがするのはあの姫くらいだろう。
妹である王女たちも同様だ。すでにそれ相応の婚約者たちがいる。
だから勇者に対してはフリだけだぞ』
『もちろんでございます。
なんといっても秘法は呼び寄せるだけで、帰す方法がございません。
それを知られれば逆恨みされるかもしれません。
全てが解決すれば、その後は……』
『それが最良の方法だろう。
人ひとりの命と、この大陸の命運。比べるべくもない』

宰相や王たちとの会話を思い出しながら、王子はやさしく娘に語り続けた。

「そのための助力は惜しまない。衣服や食料、武器はもちろんこちらが用意する。
旅立ちの日の希望があるのなら、その要望にも応えよう」
「え?いや、ちょっと。
なに言ってるの?」

なんと下品で無礼な小娘なのだろう。それに愚かだ。こんなに丁寧に説明してやっているのに。王子は忌々しく思った。
相手は王位継承権第一位の王子なのだ。それなのにこの態度は何なのだ。
王子だけでなく居並ぶ一同は例外なく、腹の中では憤慨し、娘を蔑んでいた。
しかし今は仕方がない。我慢をして説明しなくては。

「こんなにえらい人たちがたくさんいるんだから、あなたたちが魔王を滅ぼせばいいじゃん」

娘の放った一言に一瞬、沈黙が横たわった。

「い、いや。神託によるとこの世界の何者にも、それを防ぐことはできないらしいのだ。
それにこの身は次代の王国を引き継ぐ大切な身。他の者たちも王国を守る最後の壁となるべき者たちだ。もしものことがあっては王国の行く末が……」
「それにしたって、私みたいに見たところ若い女子高生ふうの女の子ひとりに魔王を倒して世界を救えだなんて言うの、おかしいよ」
「!?ぶ、無礼な」
「無礼じゃないでしょ?当たり前のことでしょ?
国の上に立ってるえらい人たちが全力で命ささげて国を守ろうとあらゆる努力を試してみてからでしょ?
でもそれからだって、ひとりの女の子に国難のこと色々頼むのなんて常識で考えて無理すぎるよ。
せめて国をあげて軍事支援するから一緒に戦いましょう、くらいでしょうよ。それでも相当無理があるけれども。戦争に未成年かり出すようになったら、そんなの国としてマジで末期なんだよ?詰みなんだよ?」
「こ、ことわるのか!?
お前には困っている人々を助けたいという人間らしい気持ちはないのか!?
大勢のために自身の犠牲をいとわないという、尊い精神が分からないのか!?
私たちがこれほど頭をさげて頼んでいるというのに……!」
「いや、頼んでないじゃん。勇者となって魔王を滅ぼすのだ、ってことわらないこと前提で断言しちゃってるじゃん。
いくら専制君主制の王子様でも、人にものを頼む態度はもうちょっと考えようよ。土下座しろとまでは言わないからさあ」
「おのれ……!」
「私の王子様を侮辱するのですか!
少し優しくして頂いたからといって、身の程知らずな!」
「姫……」
「王子様……」
「不敬罪だ!その娘をとらえろ!」
「え!?ちょ、な、なに!?」

騎士たちは次々に抜剣し、娘の周りを取り囲んだ。

「な、なんでよ!私は当たり前のこと言ってるのに、なんでこうなるの!?
あんたたちサイッテー!恥ずかしくないの!?倫理観どうなってんの!?」
「無礼ものが……!逆ギレしおって……!」
「逆ギレしてんのあんたらじゃん!」
「牢に入れてその捻じ曲がった性根を叩きなおしてやる!
今更勇者になるから許してくれと言い出しても遅いぞ!」
「奴隷の首輪をつけて決して逆らえないようにしてやる!
激痛を伴うから、戦いの妨げになってはと丁寧に説明して分かるように話してやったのに!」
「なんという愚かな娘だ!」
「拘束しろ!」

迫る剣の刃先を見て、娘は絶望に彩られた表情になった。

「な、なんで……」

娘はがっくりとその場に崩れ落ちた。

「つ、詰んだ………」










ぴろりろりーん











「え!!?」
「な、なんだ!?なにが起こった!?」
「か、体が動かない……!!」

その妙に軽快な音が鳴り響いたと思ったら、一同の体は動かなくなっていた。
娘を拘束しようとした騎士たちは縄を持って両手を広げたまま、他の騎士たちは剣を構えたまま。
王や王子、王女たち、神官たちも例外ではない。
ぴくりとも体を動かせなくなってしまった。

「え………?」

呆然としている彼らの前でただひとり、娘だけが顔をおおって泣き声をあげている。

『つ、詰んだ……もう完全に詰んじゃったよおお』
『なんだよ、どうしたんだ』

娘のすぐそばの何もない空間に光が浮かびあがった。
青いような、金色であるような、不思議な光。
その光は間違いなく人の姿をしており、黒い髪に黒い目をした男性のものだということが見て取れた。
その周りには見たこともないような文字らしき数列が輪となって幾重にも取り囲んでいる。
娘は顔を上げ、その光の男に向き直った。
娘が男に向き直った瞬間、娘の周りにも光が生まれ、無数の数式の輪が回りはじめた。

『詰んじゃったんだよ、もう本当にどうしようもない』
『あー……』

男は王をはじめとした一同を見渡し、光の数式に指を当てて何事かを確認してから呆れたような声を発した。

『うええー、本当にこれどうしようもないじゃん。
この国ばかりじゃなく、大陸全体、奴隷ばかりで庶民の生活レベルは2桁、軍事レベルに至っちゃ1桁ってどんだけ。
お前、逆に教えてほしいわ。どうやったらこんだけ絶望レベルになるんだよ。
よく今までプレイしてたな、俺ならとっくにリセットしてるよ』
『王国が成立した時点では神立地だったんだよ。
王国の創立者にも神の祝福の補正ステータスを付けられたし。だから絶対になんとかなると思ったんだよ』
『最初から専制君主制だったんだろ?
それじゃだめだ、寡頭制からはじめりゃ良かったんだ。そうすれば後の分岐が増えてたんだ』
『え!?そうだったの!?
それならそうと教えてよ、マイ・ダーリン!』
『いや、マイ・ハニーがなんとかヒントなしでやってみたいって言うから……』
『あ、そうだった』

光の男と娘の会話を聞いているうちに、他の者たちの顔色は真っ青になっていった。
特に王族と神官たちは顔を紙よりも真っ白にさせて、小刻みに震えている。

彼らのすぐ後ろにそびえ立っている石像。
夫婦である二神の創造神。
聖なる書の中では、彼らの体は光り輝き、世界の理を示す神の数式が常に彼らの周囲に満ちあふれているという。
そして尊い二神のその名こそが、まさに。

マイ・ダーリン。
マイ・ハニー。

世界で知らぬものはいない、間違いようのないその尊い名。
それが聖なる書の通りに光り輝く男と娘の口から、互いに呼びかけられたのだ。

「う、あ、あ」

王子がうめいている。
当然だ、と神官長は絶望に打ちひしがれながら思った。
王族は特に幼少時から創造神の尊さ、その身に受ける神の恩恵を教え込まれて育つ。

それが何故こうなってしまった?
何が間違っていたのだ?
そもそも勇者を召喚するはずが、何故?

その疑問の答えは目の前の光の男と娘の口から語られた。

『あっちゃー、マイ・ハニー、これだよ。
この王国、倫理観が0だぜ。倫理観は国の上層部を基本にした隠しステータスで、王国設立時にランダムで設定されるんだ』
『あ!やっぱりあったんだ、隠しステータス!
なんかそうなんじゃないかと思ってたんだよ』
『で、この倫理観が0だと、神の祝福が逆にマイナス作用になる』
『なんで?』
『倫理観が0ってことは自分と周りさえよけりゃ何しても心が痛まない人もどきの人でなしってレベルだから。
人でなしがあらゆる災いから守られて、好き勝手できる専制君主制の国なんてもはやゲテモノだぜ。
でも神立地だったし、マイ・ハニーががんばったからここまで大きな国になったんだろうけど。
いやまじで逆にすごい』
『えへ』
『でも倫理観が低い状態で世界滅亡イベント回避のための勇者召喚イベントが起こると、勇者の扱いがひっでーことになるんだ。
倫理観2桁以下からだっけかな?
勇者を帰還させる方法もないまま、勇者を牢に入れて、脅して奴隷扱いして、こきつかってエトセトラ』
『あー、まさにそれだったよ。
私の扱い、まさにそれ』

真っ白な顔をしたまま、一同はだらだらと冷や汗をかいている。

『で、倫理観が0の状態で勇者召喚イベントを起こしても勇者は呼び寄せられない。
ペナルティーだな、かなりレアなペナルティーだ。普通どんなに人でなしでも倫理観0なんてねーから』
『そっかー、それで勇者召喚できなかったんだ。
何にも起こらなかったからさ、これじゃ世界が滅びちゃうと思ってなんとかしようと思ったんだよ。
だから勇者の代わりに私が出て、なんとか士気をあげて軍を鍛えようと思ったんだけど。
勇者召喚イベントって勇者を加えて、国が一丸となって立ち向かわないとクリアできないイベントだもんね』
『しょうがない、倫理観0じゃ。どんな正論言ったって通じるわけない』
『神です、って言えば従ってくれたかもしれないけど、それバラすとゲームオーバーだもんね』
『だから倫理観0じゃ、本当にどうしようもなかったんだって』
『ああ~もう王国成立時から詰んじゃってたんだ~
そこでリセットすれば良かったあああ~』

光の娘は再び頭を抱え、しくしくと泣き崩れた。

『せっかく人類が誕生して王国が成立するまで繁栄させたのに。
また惑星から作って45億年間、微生物から作り直さなきゃいけないなんて』
『え。お前セーブしてねえの。ここまでやって。
マジで。どんだけ。ちょっと引くんだけど』
『色々な文化の建物がにょきにょきするの、すごく好きなのに。
また当分にょきにょきタイムと縁がないなんて。
心が折れそうだよ~』
『まあまあ、そんなお前に、………はい、これ』
『え……これは……
マイ・ダーリン……?』
『俺のセーブデータ。この惑星の人類が最初の王国を建国する少し前のデータだ。
俺、今は別の惑星の人類にかかりっきりだから。それ使わないし、お前にやるよ』
『マイ・ダーリン……』
『今度はちゃんとセーブするんだぞ?ハニー?』
『うん!マイ・ダーリン、ありがとう!愛してる!今夜はうんとサービスするからね!』
『え!!?マジで!マジでか!今夜といわずに今すぐ!お前に!着てほしいコスチュームが!』
『きゃっいやだ、マイ・ダーリンったら~夜って言ったでしょ~』

二人はしばらく、きゃっきゃうふふと抱き合っていちゃいちゃしていた。
しかし光の娘は、はたと気がついたように周囲を見渡した。

『あ、そーだ。どうしよう、この詰んじゃったデータ。もうゴミ箱行きかな?』
『ちょいまち、これ、かなりレアなバッドエンドだから最後まで見ようぜ』
『え?そうなの?』
『まず倫理観0でのバッドエンドって、俺今まで見たことない』
『えええ、マイ・ダーリンでも?』
『おうよ。魔王と魔族は生まれるだろうけど、それと同時にこの大陸、たぶん修羅の大陸になるんじゃないかなあ。俺たちが手を出さなくなると神の祝福もなくなるし。今まで上にいた連中ほど、悲惨な目に合うだろうな。
きっと今まで見たこともないほど、どん底の修羅の大陸になるぜ、すげえよな、見てえよな。
あとさ、やっぱある程度繁栄させた国を一気にぶっ壊すの、気持ちいいんじゃん。
カタルシスだろ、定番だろ』
『ん~定番かどうかは分からないけど、バッドエンドを最後まで見たいのは分かる気がする。
今回は私がぶっ壊すわけじゃないけどね。自爆だけどね。でもすっきりしそうだね』
『じゃ、一時停止、解除すっか。
もう俺らが手を出さなくても、勝手に進むから楽だなあ』
『飲み物とおつまみ用意するね♪』


光の男と娘の姿は、それを最後にふっと掻き消えた。

残された一同は真っ白な顔をしたまま、震えながらその場に立ち尽くしていた。
その顔に浮かんでいるのは等しく恐怖と絶望の表情だった。
いっそ気が狂ってしまった方が楽だろう。
命を自ら絶ってしまう者も出てくるかもしれない。

しかし目を背けようとも、今あったことを忘れようとしても、語られた未来がなくなることだけは決してないのだ。

神官長はそれまで大切に抱えていた神託の聖なる石版に目をやった。
そこには後半の部分の神託が、はっきりと浮かび上がっていた。

『世界は滅ぶ。
魔王があらわれ、魔物によって人間は根絶やしにされる。
この世界の何者にも、それを防ぐことはできない。
あるいは異世界の勇者であれば、可能性はあるかもしれない。
ただしこれまでの所業を悔い改めること。
偽善を捨て、心から詫び、償いに勤めること。
他者の幸せを己の喜びとすること。
勇者に感謝し、敬い、共に戦い、己のすべてを捧げることを厭わないこと。

これが果たせなければ神の祝福は永遠に去る。
死よりも忌まわしい地獄を避ける術は永遠に失われるだろう』

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