もう、夏になろうとしていた。新一が消えてから、3度巡った季節。
「ねぇ、新一。連絡もしないで、何処にいるのよ、大バカ推理之介なんだから…」
声を出してぼやいてみても、空しさが心に積もるだけ。
帝丹高校を新一が休学のまま卒業して、今。蘭は大学の社会学部にいる。この進路は、少なからず行方不明の幼馴染に影響されているのだけれど。高2の冬から、張本人と全く連絡が取れなくなってしまっていた。そして、同時期に、新一と入れ替わるようにやって来た江戸川コナンも、蘭に直接理由を語ることなく姿を消した。
後から博士に聞いた話によると、急な事情で両親のいるアメリカへ行ったらしい。同級生たちも、何度か事務所にやって来ては、彼の不在を痛感し、落胆した表情を浮かべていた。
そして今― 蘭は新一の家の前に来ている。もちろん、彼はいない。
工藤新一=江戸川コナン
そういう方程式は、既に解いていた。いくら姿かたちが変わっても、ずっと見てきたのだから…蘭には小さな癖、仕草、口調から彼の存在証明を確かめていた。そして、その姿がある限り、心のバランスは保たれ続けていた。
一月に一回は、誰もいない彼の家を掃除するのが、蘭の癖だ。待ち続けても、心を躍らせても、彼は帰ってこない。何の音沙汰もない。電話はコナンの消えた数週間後に解約され、二度とかかることはない。
『もしかしたら、彼は死んだのかも知れない』
その可能性を、否定し続けてきたのだ。彼の口から、真実を聞くまでは、どんなことも信じない。
だから、蘭は欠かさず、幼馴染の家を訪ね続ける。
「ただいま」
そう、はにかんだ幼馴染が帰ってくるのを待つために。蘭にも伝えたい言葉があった。
「あーぁ、またこんなに埃かぶってる」
書斎の机をずらし、丹念に箒で掃く。机の上には勝手に飾った二人で最後に行ったトロピカルランドで撮った写真。不意にそれを見て、涙が出る。満面の笑顔で写る自分が、羨ましい。まさか数十分後に、消えると思わなかった。
「新一、生きてるの?」
小さく呟く。
蘭は感傷に浸っていて、玄関の開く音が聞こえなかった。
「ねぇ、新一。何処にいるの?連絡ぐらいしなさいよね!」
言葉を発するたびに、腹立たしくなって、気持ちが高ぶる。
そんな蘭の背後で、聞こえるはずが無い声がした。
「蘭…お前…どうして家に」
「……新一!」
思わず持っていた箒を取り落とす。
確かに、17歳の新一でもなく、7歳の少年の新一でもなく、そこには少し大人になった幼馴染が立っていた。蘭と同じ年。
「…突然消えて、心配したんだから!哀ちゃんも消えて、少年探偵団のみんなも心配してたんだから!」
蘭の言葉に、新一が大きく目を見開く。
「全部、知ってたのか…?…連絡できなくて、悪かったな」
追及したいと言う気持ちもあったが、今捕まえないとまた逃げられる気がして、蘭は新一に抱きついた。目からは、封印していた大粒の涙が零れ落ちる。
「お帰り、…お帰り、新一…」
「蘭…」
新一は成長した蘭を抱きしめる事を躊躇したが、一瞬の後 優しく手を頭に ポン、と乗せた。
「…ただいま、蘭」
「好き…」
震える唇でそう呟いた蘭に、新一は優しく囁いた。
「展望レストランで言いそびれたこと、確かに工藤新一の口から言う。
…オレと結婚してください」
蘭は泣きながら笑った。これまでの辛かった事が、その一言でスッと、消えていく感じがした。
「し…んいち…」
涙声で、あまり上手く伝えられなかったが、蘭は確かに肯いた。
二人は抱きしめあいながら、互いの存在を感じていた。
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