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05:沢口さん
 変死体発見のニュースが流れて程なく、マスコミ各社に犯行声明文が送られてきたのを湊斗は会社のテレビで知った。香澄とともに車に乗せられ、そのまま仕事もしないで会社に戻されたのだ。勇造と水田はその後パトカーで会社までやってきて、それからしばらく数人の刑事に事情聴取されていた。その様子を応接間の隣、社員休憩室で耳をそばだてて聞いていた湊斗だが、沙絵子と香澄がその場所からも湊斗を追い出した。
「興味本位で聞くようなことじゃないよ」
 もっともらしい叱り文句に何も言えず、結局初日は仕事らしい仕事もさせてもらえぬまま終わる。
 ニュースによれば、犯行声明はメールで発信されたらしく、IP情報を元に犯人特定を急いでいるのだという。昨今、ただでさえ多い通り魔事件、その上今回の変死体。世の中が確実に悪い方向に向かっている証だと、ワイドショーのコメンテーターが言っていた。
 二〇五〇年代後半から、資源の尽きかけた原油は急激に高騰した。米金融市場が不安低化し、世界恐慌とも言える金融不安が広がると、日本株式市場にもその余波が押し寄せ、急激な株式の下落、倒産件数増加等、市民生活にも直接的な打撃を与えるようになる。生活保護世帯やホームレスの増加、児童虐待や乳児嬰児の遺棄など、社会問題も多く発生した。加えて超高齢社会の生み出す人口構成の歪み、外国人労働者の増加によりGDP底上げに苦慮した結果、外国人犯罪や麻薬・覚醒剤の蔓延など、犯罪件数も一段と増していくことになる。
 特にここしばらく、十代の少年らが引き起こす事件は特に問題視されている。恐喝、殺傷、強盗――それまでなんの前兆もない、普通の子供たちが突然犯罪に走り、逮捕されている。犯人の特定に至らない多くの事件でも、その犯人の殆どが十代後半の少年たちではないかという憶測も出ている。時代がそうさせるという人もいるし、他にきちんとした原因があるはずだという人もいる。
 自分と同じ世代が引き起こす事件に、湊斗が興味を持つのは自然なことだった。原因がわからないからこそ、もしかしたら自分もいつかという不安感。人を傷つけるとき彼らがどういう状態なのかという好奇心。その相反する感情が彼らをまた犯罪へと結びつけているのかも知れない。湊斗も例に漏れず、事件のニュースからひとときも目を離すことが出来なくなってきていた。
 変死体発見から二日、早朝出勤したての湊斗に勇造は神妙な面持ちで話を切り出した。
「ちょっと、話を聞かせて欲しいそうだ」
 応接セットに一人の刑事、立ち上がって、軽く頭を下げた。
「すまないねぇ、朝早くに。君が田村湊斗君、かな」
 五十前後の貫禄のある刑事だ。
「それじゃ、刑事さん頼みます」
 勇造がそう言って湊斗を刑事たちの向かいに座らせると、
「『刑事さん』じゃなくて、いい加減昔みたいに『沢口さん』って言ってくれよ、一ノ瀬」
 刑事はにんまりと笑ったが、勇造は申し訳なさそうに、頭を掻いた。
「俺はもう、刑事じゃないんですから。一般市民は刑事個人を名前で呼んだりはしないですよ」
「え、社長って、前は刑事だったの」
 驚きながらソファに腰掛ける湊斗に、沢口は、
「そうなんだよ。『便利屋やりたいから刑事辞めます』なんて、阿呆だな。経験積めば凄腕の刑事になれる素質のあるヤツなのに。まぁ、若いうちにやりたいことやっておきたいんだろうよ。年取っちゃ、やりたいことの半分もやれねぇ。身体がついていかねぇからな。ああ見えてもヤツは俺の下でずいぶんよく働いたんだ。昨今の事件だって、本当は自分が捜査したいと思ってるはずだ。でなきゃ、好きこのんで事件現場近くの店屋に売り込みにゃいかねぇよ。事件とくりゃぁ便利屋一ノ瀬がうろつくって、近頃俺ら刑事の間じゃ有名な話さ」
 顔中のシワをくちゃっとさせて、沢口は湊斗の聞いてもいないことまでぺらぺらと喋った。江戸訛りの強い、いかにも下町育ちくさいオヤジに湊斗は少し、安心感を覚えた。
「あんまり余計なこと喋らないでくださいよ」
 勇造が麦茶片手に給湯室から顔を出すと、沢口はペロッと子供っぽく舌を出し、「いけねぇいけねぇ」とうなじを掻いて見せた。
「用件は手短に頼みます。仕事が控えてるんでね」
 ぽんぽんと無造作に置かれた麦茶のグラス、勇造が変な顔をしながらいなくなるのを待って、沢口は半袖ワイシャツの胸ポケットから手帳を取り出した。警察手帳を開き、間違いなく警察ですよと提示してから、パラパラと事件について書かれたページをめくった。
「雑談はさておき。湊斗君、今年十六歳って言ったね。学校とか、行ってないのかい」
 さっきとは違うきりっとした表情で、沢口は本題について少しずつ切り出した。
「ウチは、金がないんで。学校は行ったことないです」
「義務教育は受けたろ」
「いや……あの、つまり」
「登校拒否ってわけか。なるほど。じゃ、辺りに同年代の友人は」
「友人、ですか。別に」
「いないの」
「いなきゃダメですか」
「ダメってわけじゃない。ただ、いるかなぁと」
「何でそんなこと聞くんです。俺、事件と何も関係ないですよ」
「まぁ、そうなんだろうけどね」
 ふぅと大きくため息をつき、沢口は出された麦茶をグビグビと喉に流し込んだ。
「君、テレビや新聞で通り魔事件の話が話題になってるのは知ってるね。十代の少年がなぜ事件を起こすのか、警察が追ってることも」
 まあ人並みにと、湊斗は半分首を動かす。
「よりによって今回のバラバラ殺人の犯人は、パソコンからメールで犯行声明を出してきた。インターネットに繋いでるパソコンにはIPっていう、まぁ、わかりやすく言うと住所みたいなものがあって、それがどこから発信されたのか、追跡すればわかるようになってる。ここまでは知ってるかい」
 困ったように顔を歪ませて湊斗が首を縦に振るのを確認し、沢口はまた話を続ける。
「そのIPを辿ったところ、どうやらこの近辺の高校から発信されていることがわかってね。まだ特定は出来てないんだが、犯人は恐らくそこの生徒、つまり十五歳から十八歳の間の子供かもしれないってことがわかった。手っ取り早いところで、事件に関係したか、発見時に一緒にいたその年代の子供、つまり君に話を聞こうと思った。わかる範囲でいいんだが、君の周囲で様子の変わったような友人はいなかったかな」
「だからそんなのは」
「――そうか。じゃ、話を変えよう。君は、パソコンや携帯、持ってる?」
「そういう、高価なものは」
「高価、か。んー、まぁ、世帯によりけりだが。君にとっては高価なものだということか」
 話を聞いてもこれといって収穫なかったのか、沢口は気難しそうに唸り、手帳をしまった。
「ありがとう。それなりに参考にはなったよ。おい、一ノ瀬、終わったぞ」
 沢口の声を聞いて、勇造が奥の休憩室からのっそりと現れた。ゆっくり歩み寄り、湊斗の頭をぐりぐり撫ぜる。
「下がっていいぞ」
 勇造はそう言って湊斗に席を外すよう合図した。仕方なく、今度は湊斗が休憩室へと入っていく。
 沢口は勇造を連れて引き戸を開け、外へと出て行った。
「あの少年はシロだよ。よかったな、一ノ瀬」
 我慢していた煙草に火を付け、沢口はそっとそれを口にくわえた。そうですかと玄関横に寄りかかり、勇造も一緒になって煙草を吹かし始めた。そんなの始めからと勇造は心の中で呟くも、台詞をそのまま飲み込んだ。
「沢口さん、ホントは別に理由があってきたんでしょ。適当な理由つけて、何の疑いもない湊斗に話を聞きにきた。違いますか」
 ようやく沢口さんと呼んだなと、刑事の男は唇の端を上げる。大きく息を吸い込んで、煙を長く吐き、勇造と一緒に壁にもたれた。
「なぁ、一ノ瀬、何で刑事辞めたんだ。今からでも遅くない。もう一度、やってみたらいいじゃないか」
 隣で勇造は、長く伸ばした後ろ髪をすくう仕草をし、「遅いですよ。今更」と吐き捨てる。
「じゃあ、何で現場をうろつく。未練、あるんだろ。正直に言えよ――なんて、ま、無理だろうな」
 沢口はまた、ゆっくりと煙を吐き出した。まだ吸って間もない煙草を、ぽとりと地面に落とし、足で踏みつける。何度も、何度も。
 朝の冷たい風が、サッと二人の間をすり抜けていく。住宅街の決して多くはない緑の間から、涼しげな鳥たちの声が聞こえていた。
「ところで一ノ瀬」
 沢口が沈黙を破る。
「あの十六歳、何で雇ったんだ」
「何でって、それ、沢口さんに答えなくちゃいけませんか」
 つれない態度で勇造は、かつての上司から目をそらした。
「ヤツから目を離すな。あの目、もしかしたら――」
 そこまで言って、沢口はそれきり口を噤んだ。
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