表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編小説

オリカゴセカイ

作者: 竜崎飛鳥

 タグにもありますが、ぼかしてはありますが残酷な描写が一部あります。苦手な方は閲覧をお控えになる事をお勧めします。

「世界がどうして丸いかって? それは逃げ場を無くすためだよ」

 ある日、彼女が告げた言葉が、耳に強く残っている。

「前、誰かが言っていたっけ? 端っこで誰かが泣かないように、世界を丸くしたって。けど、人は泣く時は泣くし、みんながみんな端っこでは泣かない。それに世界を丸くしたって、世界には『端っこ』が溢れ返っている。世界を丸くして『端っこ』を無くしても、それじゃあ意味はない。なら、どうして世界は丸という形になったか。

 それは、簡単。神サマなんていう偶像的存在が、イキモノを『世界』という檻に閉じ込める為だよ」

 誇らしげに、憎々しげに、けれどどこか寂しげに、彼女は嗤う。真夏の空を見上げ、人間が『いる』と信じている神という存在に向かって。

「……ねぇ、君は知っているかい?」

 空から、視線は僕に移る。

「昔々の人間達は、世界は『平面』だって思っていたんだって。世界には『果て』があって、その先は滝になって。その滝に落ちたら最後、二度と戻ってこられないって。だから、今の人間達は『世界の端っこ』は『あの世』、場合によっちゃ『悪意と悲劇』、なんて考える人もいるみたい」

 おかしいよね、と彼女がまた嗤う。何がおかしいのかわからず、呆然とする僕を尻目に。

 きっと、その戸惑いが伝わったのだろう。彼女は理由を口にした。

「だってさ、『あの世』なんだよ? 『この世界』とは別の『世界』なんだよ?

 つまり、世界の『端っこ』とやらから飛び降りれば、その滝に呑まれれば、こんな最低で醜い『世界』からは逃げ出せるんだよ?」

「…………」

 確かに、彼女の言い分はもっともだ。しかし、

「けど……」

「ん?」

「けど、もし世界の『端っこ』が君の言うとおり『あの世』だったら。落っこちたら死ぬ事になるんだよ?」

 怖く、ないのだろうか。命を手放す事に対して。死ぬ事に対して。

 それを問えば、彼女はまた嗤った。

「あはは!! 何言っているの? このきったない世界から抜け出せるんだよ? だったら『死』なんて対価、安いものでしょ?

 それに、『あの世』なんて言われているだけで、ひょっとしたら『楽園』が広がっているかもしれないじゃない。嗚呼、ボクにとって、『この世界』以外の場所はみぃんな『楽園』だけどね?」

 くすくす、くすくす。彼女は嗤う。楽しげに、おかしそうに、狂ったように。

 ぞくり。悪寒が背中を走り、思わず身体を抱き締めた。怖い、怖い。彼女は、狂っている、と。

 嗤い、嗤い、嗤い続け。そしていつの間にか、彼女は嗤う事を止めた。まるで、狂気の焔が潰えたかのように、力なく口を開く。

「けど……神様は世界から『端っこ』を奪った。勝手に死なないように。勝手に、『あの世』に、『楽園』に踏み込まないようにって、世界の『端っこ』を繋げて丸にした。『端っこ』を無くして、ボク達が泣き叫びながら何処までも何処までも、何処までも逃げて。それで最後は逃げ場なんてないって、絶望を抱きながら狂って死んでいく無様な姿を、遠くでせせら笑う為に、ね……」

 ふ、と刻むのは悲しげな笑み。彼女の憎悪は、深く、まるで仄暗い焔のよう。それはきっと、何事も何者も受け入れない盾であり矛。

 けれど、それでもと。僕は彼女の言葉に対して抱いた思いを紡ぎ出していた。恐怖に――向けられるであろう怒り、狂気、否定の言葉に震えながら……。

「それは……違うと、僕は思う……」

「…………」

 無表情。悲しさも、狂気も、怒りも全て吹き消されたかのような、無の顔。予想外の反応に面喰いながらも、それでも言葉を続けた。

「世界が丸いのは、きっと……きっと誰かと出会って、一人で泣かない為、だと僕は思うんだ。

 逃げても、逃げても、どんなに逃げても果てがないなら。ならきっと、その涙とか悲しみとか、受け止めてくれる『誰か』と出会える為に、『端っこ』を無くしたんだよ……」

 そう、僕と、彼女が出逢ったように。

 狂気を纏って、排他を気取って。それらで懸命に着飾って隠した、寂しい心の声を聴いたから。

 だから僕は彼女の側に来たのだ。その涙が消えるように、悲しみが枯れるように。

 彼女が纏う狂気の衣が、喜びの色に変わるようにと……。

「ふ、ふふ……」

 刹那、彼女が『笑』った。本当に、おかしそうに。けれど何処か、嬉しそうに……。

「くっさいセリフ。如何にも優等生って感じの考えだね。じゃあ何? 幸せは皆平等とか、良い子にしていたら神様が助けてくれる、なぁんて平気で言っちゃうんでしょ?」

 けど、と彼女は続ける。少し晴れ晴れとした、そんな表情で。

「でもま……そんな愚かな考えも、意外と良いかもしれないね。人生なんて一度しかない、所詮死ぬまでの暇つぶしだし。

 なら、その愚行にのってあげるよ」

 紡ぐのは、相変わらず素直じゃない言葉の数々。けれど、紡いだ唇が、見つめる瞳が、とても楽しげな――純粋な『喜び』の色を宿していた。

「……お礼なんか、言わないからね」

 にやりと笑い、彼女。

「別にかまわないよ。僕は、僕が思った事を言ったまでだから」

 僕も、笑う。もう、彼女に対しての恐怖は、ない――。




 ◆◇◆




「世界の『端っこ』はない。それは、涙とか悲しみとか、受け止めてくれる『誰か』と出会える為に、『端っこ』を無くした、ね……」

 自分も、あの時は青かったな。などと昔を振り返り、小さく苦笑。

 あの時の幼い自分は、彼女に笑っていて欲しくて。世界は汚く、だがそれでも美しい物だと頑なに信じて、だからあのような綺麗事を口に出来たのだ。

「……けど、結局君の言うとおりだったみたいだ」

 見上げれば、何処までも何処までも、青い空。あの夏の日と同じ、澄み切った色。空に果てが無いように、この世界にも果てはない。そう、この世界はやはり『檻』なのだ。醜く、人間同士が食い殺しあい、強者だけが残される果てなき『檻』。

「……今度は、君が僕になって、僕が君になった、のか……」

 あべこべになってしまった立場に、小さく嗤った。しかし、今回は引き留めてくれる人も諭してくれる人も、悲しみを抱き留めてくれる人もいない……。

「……君は、別の人を選び、そして違う道を歩んだ。それをどうこう責めるつもりはない。

 けれど、僕の悲しみを受け止められるのは君だけで、君以外に抱き留めてもらうつもりもない」

 だから、と一歩を踏み出す。

「……ここから飛べば、『端っこ』から堕ちれるかな?」

 空から視線を下ろせば、広がるのは日常風景。車が騒音と排気ガスをまき散らしながら走り、人々がくだらないやり取りをしながら行き来する。そんな、以前は醜くも美しいと、頑なに信じていた最低な世界が。

 一度、瞳を閉じる。眼裏によぎるのは、あの時の――今の自分のように世界を蔑んでいた彼女の姿。

(今なら、君の言っていた事がわかるよ……)

 ごめんねと、唇が紡いでいた。

 それは、彼女の意図を理解出来なかった事に対してなのか。

 それとも、幼い彼女と同じ、しかし彼女が辿り着けなかった『末路』へ向かう事に対してなのか。

 どちらなのだろう。そう首を傾げて、小さく振った。

「……もう、意味のない事か」

 そう、自嘲の笑みと共に呟いて、

「……バイバイ」

 何もない空間に、身を投じた――。




 僅か後、青い夏空に、赤い絵具が舞い散った……。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ