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響く
作:綾瀬タカ



第二段階


 音楽学校の中庭には、意味の分からない大きな噴水がある。
 その周辺にはいくつかベンチがあって、気持ちのいい日にはそこで寝転んでいるのだけれど、午後になって風が出てくると、すぐそばの噴水から水しぶきのシャワーが体中に降り注ぐのだ。
 だから、ベンチは暑くなってくるころ、おもに7月に、私のサボり場になる。

 秋冬はどうにも寒いので、仕方なく授業に出ることが多い。
 それでも、耳が完全に彼らの音に犯されるギリギリのところまできてしまったら、やっぱり授業をサボる。
 秋冬のサボり場は、談話室だった。
 キイ、と大きな音が鳴ることで有名な談話室のドアを、私はなんのためらいもなく力いっぱい開ける。
 そのうち見つかるのは分かっていたし、見つけてほしかった。
 そしてまた怒られて、ひとり準備室での練習にこもる。
 
 場所が変わることを除けば、1年なんてみんな同じ。
 時が早く経つのを祈りながら、過ごすだけだった。
 それはとてもつまらなかった。

 “このまま”残りの音大生活が続くのだとしたら、つまらなかっただろう。


 *  *  *


「うちの学校からは、ピアノ科代表は2年の浅羽望さんに決まりました」
 と、カマキリ女が発表したのは、年が明けて初めの授業のときだった。
 周囲はざわつくこともせず、私――あまりの寒さに耐え切れずここ3日ほど真面目に授業に参加している――のほうを一斉に見やった。
「今日から1か月、コンクールまで、浅羽さんには個人レッスンに入ってもらいます。浅羽さんはこれから第5音楽室に行ってください。担当教師が待っています」
 
 とたんに、生徒たちは騒ぎはじめた。
「第5音楽室の担任って、成沢先生?! うそ?! いいな〜浅羽さん」

 成沢先生。

 私には誰だか分からなかった。



 第5音楽室は、思ったより遠い。
 その前に、もともと第1音楽室しか知らない私に、そこに行けというのは無理難題じゃないだろうか。
 ようやく教室名の書かれたプレートを見つけることができたのは、20分ほど校舎を歩き回ったあとだった。
 
 重たいドアを開けると、中から誰かがピアノを弾く音色が聞こえてくる。
 
 私に気づくと、男の人は手を止めた。
「やぁ、だいぶ遅かったね」
「ここの場所が難しすぎたんです」
「それじゃ仕方ないか」
 男の人は立ち上がり、私の前まで来た。
「聞いてると思うけど、今日から個人レッスンを担当する成沢です。浅羽さんの評判はよく聞いてるよ」
「それって、悪い評判ですか」
「どっちもだね」
 そう言って笑った。
 なるほど、女子たちが騒ぐのも無理はない。
 この人は他の教師よりもだいぶ若い。おまけにルックスもいい。
 加えて、だいぶフェミニストだった。それはすぐに知ることができた。
「僕の指導は受けてもらえるのかな?」
「あぁ・・・・・・はい。そのつもりです」
「つもりかぁ。まぁ、でもよかった。君の演奏が聴けるなんて、僕は幸せ者だね。これから毎日君のかわいい顔が見れるのも、嬉しいね」
 言われたこっちが恥ずかしい。
 はい、とは言ったものの、やっぱり断ればよかったかもしれない。
 この人と毎日一緒にいなきゃいけないのか。
 私はこれからの1ヶ月間に不安を覚えた。

 けれど、やらなきゃいけない。
 
 その先には必ず、私の夢がある。

 コンクールに出ること。それが、この学校に入学した理由に繋がる第二段階なのだから。












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