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第12話(3)
          ◆ ◇ ◆

 西織さんの到着を鎌田さんが俺たちに告げ、打ち合わせをしている間に続々と出演バンドがやってきた。
 バンドの音合わせやリハを終え、俺と西織さんのチェックを済ませ、ようやく本番前の短い休憩に入っている間に来場者が集ってくる。その短い時間に、俺は唸りながら増えた課題と格闘していた。
 増えた課題――「楽曲が変更になりましたよ」と。
 ……当日言うなよそんなこと!
(はぁぁぁぁ。大丈夫かなぁ、俺)
 今日の出演バンドの中では、俺と控え室が同室の『LINK R』が一番人気があるみたいだ。ツアーTシャツらしきものを身に着けた女の子とか結構いる。演奏楽曲に変更があったのは、その『LINK R』だった。
 六月に新曲のリリースを予定していたらしい彼らは、何でもその中の楽曲に変更があったせいで、予定していた楽曲も今日演奏出来なくなったらしい。
 楽曲が変更になったってことは、俺が散々頭に詰め込んできたデータを消去して書き換えなきゃならんと言うことに他ならない。
 『LINK R』に関しては、俺は結構好きな感じで、演奏予定曲目以外の曲とかも聞いてライナーノーツも読んだりしてたから、変更曲も聞き覚えはあって解説も何となく事前に知ってたおかげで頭に入りやすくはあるんだけど。
「え、でもインディーズで一枚だけで、メジャーでもまだデビュー前にこのイベントでコメンテイターって凄くない?」
 控え室で弁当を食べながら『LINK R』のギタリストとしゃべっていると、そんなふうに言われて俺は困った笑みを浮かべた。
「うーん。それは確かに『やべぇ、何か大役もらっちゃってんじゃないの?』って思ってはいるんだけど。『LINK R』の方が全然いろんな意味で経験値ありそうなのに。びびりまくりだよ俺」
 『LINK R』のギタリスト前田くんは凄くフレンドリーな人で、つんつんの黒髪がどこかスポーツマンちっくだ。弁当のから揚げを口の中に放り込みながら、前田くんは天井を仰いで笑った。
「経験値はあるかもしんないけどぉ。『バンドナイト』も三回目だし。でもこういうの出来る出来ないって、バンドとしての経験値だけでもないと思うし。俺らんトコはこういうの仕切れるよーなタイプのメンバーいないもん」
 俺だって別に仕切れるわけじゃないけどさー。
「うひょー。あっかねちゃん、かーわいいー」
 前田くんと話しながら弁当を食い終えたところに、会場をうろうろしていたらしい『LINK R』のヴォーカル桜木くんがにやにやしながら戻って来た。
「『アンブレラ』は?」
「買い物行くって出てった。田代どこ置いてきたの?」
「田代はドラムもう少しいじりたいって言ってたから会場置いてきた」
「茜ちゃんて? 新しい司会のコ?」
「そうそう。『FLOW』のモデルだって?」
 西織さんは前回の『バンドナイト』から新しく司会に入ったらしい。
 ふわふわな感じの、どこか由梨亜ちゃんタイプの女の子で、何かどっか天然ボケしてるふうのコだった。由梨亜ちゃんタイプってことは俺的に凄い可愛く見えて、ちょっとらっきー。
 ……別に、可愛いと思うくらいはいーだろう。浮気するわけじゃなし。仕事相手が好みのタイプに越したことはない。
「すんげぇ可愛いの。笑顔とかめっさ柔らかくて」
 へらへらしながら入ってきた桜木くんは、肩口までの長めの黒髪をオールバックで後ろにまとめて縛ったヒゲの似合う男っぽい顔立ちをしている。背とか肩幅とかもがっちりしていて、妙にこう……ランニングとか似合う感じ。
「あ、俺も思った。可愛いよね」
 空になった弁当に箸を突っ込んで蓋閉めながら言うと、桜木くんが俺の前の椅子に逆向きに座りながらこっちに身を乗り出してきた。
「何、ライバルか」
「いや、そこまで言わないけど。桜木くん、彼女いないの」
「いない」
「だって桜木って飽きっぽいんだもん。可愛い女の子見るとどんどんちょっかい出して、その時付き合ってるコにばしーんって殴られてすぐ終わる」
 見習いたいアクティヴさだ。
「馬鹿オマエ、茜ちゃんは『FLOW』のモデルだぞ。一流ファッション誌だぞ。その辺の『可愛い』とはワケが違うぞ。あんだけハイクラスに可愛けりゃ俺だって……オトコいんのかなぁ」
「聞いてきて」
 弁当箱をゴミ箱に捨てて気のない返事を返していると、桜木くんが真剣な声で「聞いたら教えてくれっかな」と呟くのが聞こえた。素直な反応が面白い。
 んでも彼女も大変だなー。こんなハキダメに鶴みたいなんじゃあ、こういう奴だって出てくるだろう。大概は『高嶺の花』って感じで鼻の下伸ばして終わるんだろうけどさ。
「いーなあ、橋谷。これから毎月茜っちと仕事だ」
 ついに呼び方が『茜っち』に変わった。
「そりゃそうだけど、別にそれで何がどうなるわけじゃなし」
 ってゆーかそもそも俺、毎月仕事がもらえるかどうかは今日にかかってるし。
 もらえなかったらどうしよう俺。そっちの方が心配で、そんな余裕をぶちかましてる精神状態にない。
「何だよ余裕だなー」
 だから余裕ないんだってば。
「そうじゃないけど……」
「もてそうだもんなーくそ、いいよなー」
「別にもてないよ。桜木くんだって、ファンのコたくさん来てたじゃん」
「ファンはファンだろ! それはそれ」
「嘘だあ」
 笑っていると、ドアがノックされた。返事をすると外からスタッフの女の子の「そろそろ時間ですー。スタンバイお願いします」と言う声が聞こえてきた。
 バンドはまだ出演まで時間がある。行かなきゃなんないのは、俺。
 ペットボトルのお茶を飲んで蓋を閉めると俺は立ち上がった。緊張する。だけど、それも少しずつ高揚感に変わってく。
 やるなら、やんなきゃ。
 よし。
 気合を入れてドアに歩き出しながら、俺はニ人を振り返った。
「んじゃ後で」
「うん。ライブ、楽しみにしてるよ。……行って来ます」

          ◆ ◇ ◆

「今を担う新鋭バンドばかりを集めた熱いイベント『バンドナイト』。今夜も始まりましたー。司会を勤めさせていただきますのはわたし、西織茜です。宜しくお願いしますー」
 一バンド目『FREE STYLE』のセッティングが済んでいるステージ上で西織さん……じゃないや、茜ちゃんが観客に向かって挨拶をする。
 ちなみに、言い換えたのは別にすけべ心じゃない。MCするに当たって「茜ちゃんって呼んで」と上の人に指示されたから。
 茜ちゃんが話し始めると同時にフェードアウトしていったオープニングの曲は、結局ウチの曲に決まった。さーちゃんの指示でロードランナーのミニアルバムから『夜明け前』って曲。
「えっとね、みなさん知ってると思いますけどこのイベント、ラジオと連動してます! で、今回からラジオの方に繋ぐコメンテイターを新しくやってくれる方をご紹介します」
 ちなみに俺はステージ前左側、ギャラリーに設えられた雛壇の上に設置されたブースの上にいる。ブースとは言っても別にガラスの仕切りとかあるわけじゃなくて、机と椅子とマイクとか設置された質素なもんだけど。
「Grand Crossのヴォーカル、橋谷啓一郎くんです。宜しくお願いしますー」
「宜しくお願いしまーす」
 ピンスポットがこっちを照らして、集っている客の視線がぞろっとこっちに向いた。ライブやっててステージ上に立ってる時だって視線はこっちに向いてるんだけど、それと違う威圧感。
「啓ちゃーん、かわいー」
 …………えええええ?
 頭下げて椅子に腰を下ろし直した途端客席から冷やかすような声が飛んだ。
「知ってる方もいらっしゃるみたいですねー。啓一郎くんのバンドもかっこいいバンドで、今日から新しくなった『バンドナイト』のテーマ曲……さっきまで流れてた『夜明け前』も啓一郎くんのバンドの曲なんですよね」
「あ、はい」
 凄ぇ。俺を知ってる人がいる。茜ちゃんの声に客席からまた「知ってるー」って声が飛んだ。……嬉しい。
「今回はGrand Crossの出演はないんですけど、そのうち出ることもあると思うので、みなさん楽しみにしてて下さーい。それじゃあまず一バンド目の『FREE STYLE』の紹介に移りましょうか」
「はい。えーと『FREE STYLE』は、メンバー全員が神戸出身の五人編成バンドで……」
 一バンド一バンドの紹介文は、結構長い。懸命に脳味噌に刻んだ文章を呼び出しながら無事コメントを終えると、俺はまず一息ついた。良く噛まずにしゃべれたよ、俺。やれば出来んじゃん。
「今日も地元神戸の方から応援に駆けつけた人がたくさんいると言う話なんですよねー」
「好きな人はとことん好きですよね。俺、さっきヴォーカルのKEIGOさんと少し話させてもらったんですけど、音楽の造詣がとっても深そうで、後で話させてもらうのが楽しみです」
 ちなみに、さっきも言ったけど茜ちゃんの声はラジオの方には使われない。
 ってことは茜ちゃんと会話してる分の俺のセリフがラジオに使われると激しく独り言状態なので、後は編集で使うところと使わないところを取捨選択するわけだが、バンド紹介やインタビューなどはそういうわけにいかないので、それは完全に俺が一人でしゃべらなきゃなんないわけだ。じゃないと編集に困る。
「お待たせしました。それじゃあ今日の一バンド目に出ていただきましょう。『FREE STYLE』のみなさんです。どうぞー」
 言いながら茜ちゃんが袖に引っ込んだ。入れ替わりに『FREE STYLE』の面々がステージ上に出てきた。沸く客席。ヴォーカリストがマイクをつかむ。
「こんばんわ。『FREE STYLE』です。……盛り上がっていこうぜぇーーーーッ」
 ステージがやっている間は一旦俺は休憩。
 一バンドの持ち時間は転換含めて三十分、大体四曲程度出来る時間があてられていて、実際ラジオに流されるのはうちニ曲だ。ラジオ使用曲は事前に決められていて、DVDの方はステージでやった全曲が収録される。
「凄いね。俺、知ってる人いるなんて」
 卓上マイクをオフって、俺のすぐ後ろの壁に背中を預けて立っているさーちゃんを振り返ると、さーちゃんは携帯電話を取り出して操作しながら笑った。
「だから来る時言ったでしょ。掲示板、チェックしてよって」
「は?」
 言いながら携帯を俺に差し出す。表示されている画面に目を落とすと、クロスのウェブサイトのBBSに繋がっていた。しょうがないんで書き込まれている文字を追う。
(え)
『明日のバンドナイト、行きます! クロスのライブはないんだよなー。でも啓一郎に会いに行くねー』
『バンドナイト、時々行ってたけど、クロスがインタビュアーやるって聞いてびっくり。行く楽しみが増えました』
 そういう書き込みはそれほどたくさんあるわけじゃあないけど、だけど数人でもまさかそんな人がいてくれるとは想像もしてなかっただけに驚いた。
 こう言うってことは、今までのライブとかにきっと来てくれてる人……もしかするとマキちゃんとかみたいな半身内的なファンやってくれてるコとかなんだろうけど、でも別にライブするわけじゃないのにこんなふうに書いてくれるなんて。
「じゃあ、今日の観客の中にウチのファンのコとか、来てくれてるってこと?」
「みたいだよ。啓一郎くんがここ来ることで参加するファンのコとかが増えてくれると、FM渋谷とかライブノーツも『いいねー』ってことになるからありがたいんだよね。クロス使うと客が集まるってことになるからさ。あちこち出してくれるようになる」
 『FREE STYLE』のライブが終わって、一旦彼らがステージ上からはけた後、茜ちゃんと俺で会話を繋ぐ。その間にステージから降りてきたメンバーがブースの方に入り、こっちでインタビューもどきの会話、その間にステージでは転換。
 インタビューは主にライブについてと楽曲についてで、ラジオ楽曲のことをメインで話すことになるわけで、ここが楽曲変更になると俺の脳内情報書き換えが大変になる、と。
 ともかくも一バンド目、ニバンド目と、つつがなくイベントは進行していき、俺自身も少しずつ自分に求められている役割や立場がわかってきて、立ち居振舞いがほんの少しずつ慣れて来た。
 慣れて来てみれば、意外に大したことじゃない。
 会話進行の仕方はそりゃあ気を使うけど、次第にリラックスしてバンドと会話をすることが出来るようになっていっていた。
 ……けれど、そんな俺の精神状態を嘲笑うように、トラブルが発生したのは五バンド目の、寄りにも寄ってトリの『LINK R』の時だった。
 正確には『LINK R』のライブが始まる前の、彼らの紹介をしている時だ。
「『クロノス』の海外ツアーのサポートもこなし、名実共に……」
 耳にはめたイヤモニから聞こえてくる俺自身の声に、ノイズが乗ったような気がした。次にレベルが微かに揺れる。
(……?)
 気をつけてなきゃ聞き逃しそうなくらい一瞬だ。内心首を傾げながら俺は紹介コメントを続けた。
「……ツアーに同行していた志村氏は椎名あゆみさんのデビュー当初バックアップしてたりもして、何とこの六月に発売予定のシングルには志村氏も参加してると……」
 ……また。
 ノイズ。
 それから微かに、俺の声が途切れた。
 紹介を続けている間にそれは少しずつ増え、それほど長く話しているわけではないにも関わらず、終盤には頻繁になっていく。
 セリフを紡ぎながら、心の中は次第に冷や汗をかいていった。
 外部スピーカから出ている俺の声には特に異変を感じない。と言うことは、問題はマイクでもマイクを繋いでいるケーブルでもないはずだ。PA回線(ライブ音響)に支障はないってことだから。
 紹介を終えて茜ちゃんがコメントを挟んだ。それに笑顔で返答を返しながら俺は気が気じゃなかった。
 彼女に答えている間に、俺の声はイヤモニからは完全に消えた。
 くどいが、PA回線に問題は多分ない。観客の誰も、気づいてないだろう。ってことは問題はイヤモニじゃなければ録音回線にある。
 俺はエンジニアじゃないから、このマイクから俺の声がどこをどう辿って録音に行ってるかは知らない。けど多分出口は三つ――PAとライブ録音とラジオ収録だ。
 録音がちゃんと出来てるんだったら、ライブ録音からラジオ収録にデータを切り出してもらえば大丈夫なんだろうと思う。だけどライブ録音、ラジオ収録、共に駄目だったら再生しようがない。
 今の俺のバンド紹介だったら俺一人の音声だから、それだけ後で再録で差し替えも出来るだろうけど、ライブ終わりにコメントがとれないのは、まずい。
 『LINK R』は今日の出演バンドの中で一番メインだ。
「『LINK R』のみなさんです。どうぞー」
 冷や冷やしながら茜ちゃんがステージ上で笑顔を振りまくのを眺める。悲惨なのはライブ音が聞こえないことだと気づいて、思わず俺はステージに目を向けて立ち上がった。
 ハラハラする中、『LINK R』がステージに出てきて割れるような歓声の中、耳元でギターの音が鳴る。
(よ、良かった……)
 とりあえず、死んでるのは録音回線そのものでもイヤモニでもないことは確認出来た。ブースから録音に流れる道筋のどこか。
 ……どうしよう。
 ステージが始まったのを見て卓上マイクをオフった。背後のさーちゃんを振り返る。
「さーちゃん、やばいかもしんない」
「え? どうしたの?」
「インカムでPAさんにブースのチャンネルにミュートかけてもらって」
 とにかく時間があるうちに確認しなきゃ。
 さっきの茜ちゃんとの会話はほとんど俺の耳には届かなかった。多分録れてない。だけどどうせラジオでは省かれる部分だ。ライブ録音の方はわからないから何とも言えない。
 録音スタッフの方も気づいてるはずだけど、いずれにしても確認は必須だろうし、確認するにしたって俺の音声をメインスピーカから流すわけにはいかない。
「録音回線、ヤバそう。俺の声、今トんでた」
「えっ?」
 壁に預けた背中を起こしてさーちゃんがインカムに手をかけた時、逆に通信が入った。
「はい、ブース……はい。ええ。こっちも今……はい。ちょっとPA回線ミュートしてもらって確認します。……はい。わかりました」
 さーちゃんが通信を切ってすぐ、またインカムに通信が入る。短い受け答えをしてさーちゃんが俺に頷いた。
「ミュートかかった。マイク三つとも確認しよう」
 ブースには俺用とバンド用に、計三つの卓上マイクがある。
 桜木くんがステージ上でがなるのを聞きながら、俺は再びマイクをオンにした。途端、耳元にノイズが流れた。
 刻々と曲は進んでいく。他のマイクもチェックしてみると結果は同じだった。
「さーちゃん、駄目」
 気が焦る。ステージが終わる前に対応策を見つけなきゃ。
「……はい。駄目ですね。……ええ。……え? スプリッター?」
「さーちゃん、ライブ録音の方ってどうなってんの」
「ラジオ収録だけですか? ……あー。そこで分岐……じゃあ両方だ」
 どこでどう音を流して分岐してるんだかわからんが、どうやら録音は双方ブース音声がこないらしい。まずい。
 録音スタッフが駆けつけてくる。ステージでは三曲目に入っていた。『LINK R』の持ち歌はあと一曲。どこが原因なんだとしたって、今から回線繋いでチェックしてる時間なんか多分ないんじゃなかろーか。
「すみません、まさかスプリッターがいかれると思ってなかったんで……マイクなら予備の用意があるんですけどっ……」
 焦ったように言いながらまだ若い録音スタッフがブースの背面、壁際に置かれてる機械にとりつく。つまりすぐに代用を用意出来ないシロモノがぱーになったわけだ。
 ……どうすれば良い?
「こっち、差換えます……差換えました」
 録音スタッフがスプリッターのそばでインカム越しに誰かと会話をしながら、マグライトで手元を照らす。
「すみません、そのマイク、どれか貸してもらえますか」
「はい」
 言われてさーちゃんが机の上の卓上マイクを一本渡し、ややして録音スタッフの焦った声が聞こえた。俺の耳にはまったままのイヤモニには何の変化もない。ってか、ノイジー。
「……え? 駄目? じゃあ……抜きます。……抜きました。差換えます」
 どうやら原因がなかなかわからないらしい。差換えても駄目ってことは、チャンネルの接触不良とかそういうんじゃないってことだろーか。ケーブル?
 素人の俺にはそんな原因なんかわかりはしないが、ともかく俺が出来ることを考えなきゃ。
(ステージ側の回線は、生きてる……)
 三曲目が終わった。桜木くんが「ラストぉ! 『B CRASH』!」と曲名を怒鳴るのを聞いて、俺は立ち上がった。
「さーちゃん、俺が行くよ」
「え?」
「あっちに。ステージの録音回線は生きてるでしょ。だったら俺があっち行ってしゃべれば問題なく録れるよね?」
「ああ……うん、まあ」
「トリだし、あっちでインタビュー回したっておかしくないよ。……サブマイク、ありますよね。あ。センターマイクが余ってるのかな」
 『LINK R』は三人編成。少なくともステージには上下センター、ドラムコーラスのマイクがセッティングされてるし、それ以外にサブマイクがあるはず。今ステージ上で上下のコーラスマイクは使ってるけど、だったらセンターマイクが余ってるはずだ。それは録音回線にも送られているはずだし。
「あ、はい」
 録音スタッフがテンパった顔で頷くので、笑顔で頷きながら俺はイヤモニをテーブルに放り出すとすとんとブースから飛び降りた。
「俺は別にステージコメントで平気です。こんな、ブースよりは遙かにステージ上の方が慣れてる。……じゃあセンター使うんで、録音スタッフとPAさんに伝えてもらえますか。……あ、さーちゃん。映像スタッフにも連絡お願い。ライブ終わっても切り替えないでって」
 ステージでコメント録るんだったら、ラスト曲が終わる前に袖に行ってスタンバらないと、彼らがステージ降りちゃったらまずい。ぐずぐずになっちゃう。
「あの、でも『LINK R』って楽曲変更ですよね? コメントの方は大丈夫ですか」
 心配げなスタッフの言葉に、俺はブイサインをして見せた。
「大丈夫です」
 それだけ言って、駆け出す。ステージ袖に回るには、会場から出て裏に回らないといけない。
 今、ニ回し目のAメロ。マイク見つけてスタンバるのにぎりぎりだ。
 会場から出て来ちゃったらしい客がたまる通路を駆け抜けて、『関係者以外立ち入り禁止』のプレートのあるドアをくぐり抜ける。
 ステージ袖に駆け込むとニサビに入ったところだった。茜ちゃんがステージの方を見ているのが見える。そうか、彼女にも言っておかなきゃ。
「茜ちゃん」
 そう気がついて近づくと、彼女は目を丸くして座っていたパイプ椅子から立ち上がった。
「啓一郎くん。どうしたの」
「最後、『LINK R』のコメント、ステージ録りになった。……えーと、茜ちゃんが上手なら俺、下手から出た方がバランスいーかな。ライブ終わったら、すぐステージ出るから。メンバーは変わったこと知らないし、彼らが一度降りちゃうとまたステージ呼ぶのもださださでしょ」
「あ、うん……何かあったの?」
 椅子から立ち上がったままで茜ちゃんが心配そうに眉を顰める。安心させる為に俺は笑顔で答えた。
「大したことじゃないよ。別に大丈夫。じゃあ俺、下手……」
 と、そうだ。センターマイク。
「すみません。ちょっと最後のコメント録り、ステージでやることになったんですけど」
 ステージマンのPAスタッフを見つけて声をかける。
「センターマイクってどこにありますか」
「あー……センターは下手ですね」
 らっきー。
「わかりました」
「下手、使ってないサブマイクとキーボードコーラスもはけてあるんで、モニターの村井に確認してもらった方が間違いないと思います」
「ありがとうございます」
 やべ、三サビ入ってる。もう曲終わりまで一分やそこらだ。
 ごろごろと置いてある照明機器やコード類を引っかけないように気をつけながら、スタッフに示されてステージの壁の裏を通って下手に向かう。その狭い通路にもケーブルがたくさん這わせてあって、ところどころ照明が足下で張り出しているのを避けながら下手につくと、ステージマンがインカムで連絡をつけといてくれたのかモニターのPAスタッフが心得たふうに俺を見た。
「センターマイク、これです」
「すみません」
 受け取ってようやく、ひと心地。脇からステージに目を向けると、歌部分は既に終了……アウトロに入っていた。間に合った。
「モニター、どうしますか」
「あ、そうか……下手のモニタースピーカに返してもらえますか。レベルはお任せします」
 ブースで使ってたイヤモニは外してきちゃってるから、足元コロガシから返してもらわないと聞こえないや、俺。
 俺がそう答えたところで、ちょうど楽曲終了。
 ステージの方に目を向けたまま、俺はセンターマイクを手にとった。
 上手からは茜ちゃんが既にステージ上に姿を現していて、桜木くんに「そこにいて」と言うようなジェスチャーを送っている。
 もういきなりくっちゃべりながらステージ出ちゃえ。
「んじゃ、よろしくお願いします」
 何て言おうか頭の中で言葉を探っていた俺は、口にする言葉を定めてマイクを掴むと村井さんにそう声をかけ、ステージに出て行った。





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