だれの?
期末テストが終わったら、楽しい休みが待っている。
だけど、楽しい休みを勝ち取る為には、もう一つの難関を突破しなければならない。
それはもちろん、『テストの返却』だ。
赤点を取れば漏れ無く補習が付いてきて、楽しい筈の休みは確実に減らされる。
運良く赤点を免れても芳しくない点数なんて取った日には、母親になんて言われるか
判ったものじゃない。休みの間、毎日お小言を繰り返されては、とても楽しい休みだ
なんて言えやしない。
「ふふふ~んだ。安心したまえよ、アタシ。今回のテストは手応え充分。
問題だってサクサク解いて、楽勝だったんだから。心配なんてぜ~んぜんってもんよ」
それもその筈、今回はすっごい頑張って勉強したんだもんね。
苦手な英語も数学も特別に要点ノートを作って、暗記もバッチリだったんだから。
放課後は図書室に残って、委員長ちゃんに試験の出題範囲を重点的に教わったしさ。
これで赤点だなんて言われたら、テスト用紙に名前を書かなかったくらいのミスしか
有り得ないわよ。
「気持ち悪いな、先刻から。何をヘラヘラ笑ってるんだよ」
鼻歌交じりで廊下を闊歩していたアタシの後ろを、同級生の男子が気味悪そうな顔で
やってくる。図書委員をやっている同じクラスの男子生徒。
「悪かったわね。そっちこそ何よ、辛気臭い顔してさ。まさか、テスト悪かったの?」
そんな筈はない。だって……。
「いつもこんな顔だよ。それに、テストは普通に出来た。思わぬ援軍があったんでね」
そうでしょう、そうでしょう。あれで出来ないわけがないのよ。
私は内心で大きく頷きながら、それでも本人の口から聞きたくて、敢えて尋ねる事にする。
「援軍って?」
「苦手な科目の要点ノートを借りたんだ。お陰で解ける問題が多かった」
「へぇ、良いなぁ。誰から?」
ふふん、だ。何を隠そう、そのノートを作ったのはアタシなのだよ、キミ。
最初は自分用にって作った要点ノートだったけどさ。
試験前に風邪を拗らせて試験範囲の授業を欠席するハメになった哀れな図書委員くんに、
同情の意味で恵んでやったのよ。あんなに大仰に溜め息吐いてたら、それくらいしても
良いかなぁ~、なんて思ったりなんかしたんだもん。うん、そう。ただの同情よ。
でもさ、さすがに面と向かって渡すなんて恥ずかしいじゃない。変に恩着せがましく
思われても嫌だし。アタシってこう見えても、結構謙虚な性質なんだからね。
だから、こっそり図書室に忘れた振りをしたの。そうすれば、図書委員のアイツの手元に
届くと思って……。でも良かった。ノートは無事にアイツの元に渡って、ちゃんと役に
立ってくれたんだ。これでも苦労したんだよ。私が忘れたって事がバレないように、
クラスで固まっていた席とは別のテーブルにノートを置いてこなくちゃいけなかったんだから。
「多分、委員長だと思う」
「えっ? 委員長ちゃん? どうして彼女なの?」
「この間見たら、同じ様なノートを持ってた」
失敗した!! 近所のお店で見付けたノート。可愛いから女子の間でも人気だったんだ。
委員長ちゃんが持っていても不思議じゃない。でも、だからって何で彼女なのよ。
「そんな……同じノートってだけじゃ、判らないでしょ」
「でも、あれだけしっかり要点ノートが作れる人、そう居ないだろ」
「それは……そうだけど」
褒めて貰えてるんだから嬉しい筈なんだけど、でも今はちっとも嬉しくない。
先刻までの明るい気分が、どんどん萎んでいく。
脳天気に笑っているアイツの顔を、恨めしい顔で見返すしか出来ないなんて、
アタシってそんなに嫉妬深い女だったのかな。
ちょっと嫌だ。嫉妬って何に? 何で私が委員長ちゃんに嫉妬しないといけないのよ。
「おはよう、二人共。立ち話も良いけど、早く行かないと遅刻しちゃうよ。お先にね」
どうしてこのタイミング!!
ニコニコ笑う委員長ちゃんが、手を振りながら追い越していく。
頭が良くてしっかりしてるのに、全体の雰囲気はいつもおっとりしている委員長ちゃん。
そんな彼女はクラスの中でも男子の人気が高い。それに引き換えアタシったら、
ガサツで大雑把。比べられたって勝てる部分なんか一つもないよ。
「あっ、調度良いや。彼女に直接聞けば良いんだ。まだお礼も言ってないし」
お礼ならアタシに言ってよね。あのノート作るのに、二日も徹夜だったんだから。
通り過ぎた委員長ちゃんの背中を追って行くアイツ。
更にその後ろを黙って見送るしか出来ないアタシ。
「あー、もう情けないったらないわね!! 気持ちに負けてる場合じゃないのよ、
アタシ。良いもん、絶対にリベンジしてやるんだから。そして今度こそ、ちゃんと
アイツにアタシの存在を気付かせてやるんだ」
うん、その意気よ、アタシ。委員長ちゃんになんて絶対に負けない。
声に出して気合を入れなおすと、二人を追い掛けて教室へと駈け出した。
完(2012.02.05)