「ねえ、餅を描いてみたんだけど、どうかな?」
校庭の桜の花びらが宙を舞う中で、彼女は大粒の宝石のような瞳を輝かせて言った。
彼女の差し出してくる綺麗な指につままれたノートには、三段重ねの鏡餅が鮮やかに描かれている。
背景の細部までやわらかいタッチで描かれているほほえましい構図で、その餅の曲線美には、そこに餅があるかのような錯覚さえ覚えた。
「まあ、上手いけど……何で餅なのさ? 季節はずれだし」
「うーん、なんとなくだよ」
なんとなくでなぜ餅が出てくるのか分からないけど、彼女が零した満開の桜でさえ色あせるような微笑みが眩しくて、僕は目を細めた。
「そういえば君は何を描いてるの?」
僕の反応に一通り満足したらしい彼女は自分のノートをわきに置くと、今度は僕が鉛筆を走らせているノートに興味を持ったようで、二人がけのベンチの向こうからその華奢な体を乗り出してくる。
そのとき彼女の艶やかな黒髪からふんわりと花の香りがただよってきて、一瞬、思考をさらわれた。
「まだ完成してないから見せられないよ」と言って避けようと思ってたのに、その隙にノートを覗き見られてしまった。
「これってもしかして……」
体勢もそのままに、彼女はその芸術的な顔の造形を赤く染めながら僕を見上げて、答えを問うてくる。
やっぱり恥ずかしいなあ……でも、見られたからには言うしかないよね。
「……君だよ」
僕は一呼吸して勇気をためてから、恥ずかしさを振り払った。
じっと視線を絡ませるように見つめると、彼女はその瞳を潤ませて――――
「……お……おい……おい、起きろって」
野太い声が聞こえた。
それにつられて僕が顔を上げると、彼女の顔を鈍器で何万回か殴打しても足りないような、崩れた顔が目に入る。
「うるさいなあ、せっかくいいところだったのに」
「何言ってんだよお前? もうすぐ下校時間すぎるから、起こしに来てやってんのに」
彼女との逢引をぶち壊しにした友人に促されて辺りを見回せば、教室は夕暮れさえも過ぎかけて、かすかに闇色に染まっていた。
どうやら――だいぶ寝過ごしてしまったみたいだ。
堅い机に這いつくばっていた上体を起こして、枕代わりにしいていたノートを取り出す。
よだれでやや湿り気を持ったそこに描かれているのは、僕の心のオアシス。
美という概念をそのまま体現したような女の子が、僕と一緒に校庭のベンチに座っているという、ほほえましい図。
「これって誰だよ?」
心が洗われるようなそれをぼんやりと眺めていると、友人も僕につられたんだろう、その女の子を指差して聞いてきた。
こんなに綺麗な女の子はうちの学校にはいないから、疑問にもつのは当然だろうけど、
「これはもちろん――」
僕の『彼女』さ。
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