罰ゲーム
「この部屋で、ホントに良いんだよな?」
メモに書かれた住所と部屋番号。
扉に付けられたプレートの数字と何度も照らし合わせてみる。
友人の書いた癖のある文字が、更に俺を不安にさせていた。
聞いていた印象と大分違う。
もっとこう、オドロオドロしいのを想像していたのに。
メモの住所を頼りにやってきたその場所は、割りと小洒落た佇まい。
L字型の二階建てアパートで、指定された部屋は二階の奥から三つめの扉。
何故俺がこんな処に立っているのかと言うと……。
それは昨日の出来事だ。
「あっ、それ当たりだ」
「嘘だろ。俺もう箱点だよ」
「なら罰ゲーム決定だな」
「んだよ、それ。聞いてないぞ!!」
友人宅で囲んだ麻雀大会。
ツキに見放された俺は、すっかりカモにされた挙句、罰ゲームまで待っていた。
「別に金を賭けた罰じゃないんだから、安心しろよ。
言ってみれば王様ゲームみたいなもんだ。王様の言うことは絶対だからな」
ニヤニヤ笑う友人達に囲まれて、俺は真っ青になりながら罰ゲームの指示を聞く。
一番勝っていた友人が、ちょっと考える素振りをすると、少し困った顔で口を開いた。
その口から出てきた言葉は……。
「バイト、代わってくれないかな」
という一言だった。
「バイトって何の? お前、何かやってたっけ?」
「やってないよ。僕も頼まれた口だから、似たり寄ったり。ダメかな?」
「そんなたらい回しで大丈夫なのかよ」
「それは構わないんだ。誰かが行けば良いだけだから」
益々話が判らない。そんなに人手不足な仕事なのか?
「それ、どんな仕事?」
危険な仕事だったらごめんだぞ。罰ゲームでそれはシャレにならない。
残りの二人も興味津々な顔で、友人の顔を覗き見る。
「夕凪荘、って知ってる?」
「えっ、あの噂の?」
「多分、それ」
『夕凪荘』って何だ? 噂なんて、俺は知らないぞ。
合点が行ったという顔をする友人達の中で、俺一人が疑問符を飛ばしていた。
「知らないのか、お前」
「あぁ、それなら頼まない方が良いかな」
「良いんじゃね? 逆にその方が」
「だから何だよ、その夕凪荘ってのは。良いから教えろって。
バイト、代わってやるから」
渋る友人達に、話聞きたさに安請け合いをする俺。
ホント、後悔って何で先には出来ないんだろうな。
「夕凪荘には魔の部屋がある、って噂だ」
「は?」
「その部屋に入った者は、入ってから数日は出てこられないらしい」
「えっ?」
「出てきた時には、生気を吸い取られた後みたいに憔悴しきってて、
目なんか落ち窪んでたりするんだ」
「嘘だろ」
「部屋の中からは、鞭で叩くような音や、悲鳴なんかが聞こえてくるんだってよ」
「マジで?」
「中での出来事を早く忘れたいんだろうな。出てきた奴に理由を聞き出そうとしても、
口々に恐ろしい、もう二度と行きたくないって言うだけで、詳しい話をしようとしない。
そのお陰で、実際の処は中でどんな事が行われているのか、未だに謎のままなんだとさ」
「そんな」
両脇で語る友人達の間で、俺は意味不明な合いの手を打ちながら、
交互に顔を振っていた。
いったい何の仕事かは判らないけれど、そんな恐ろしい処になんて行けるか!!
「やっぱり俺、そのバイト……」
「やるって言ったよね」
それまで黙っていた罰ゲームの王様が、にっこり笑って言い切った。
「はい、王様の仰せのままに」
*****
こうしてやってきた『夕凪荘』は、静かに俺を受け入れた。
特に鞭の音や悲鳴なんかは、聞こえてこない。
ただ、指定された扉の前に佇む俺を、隣の部屋から出てきた住人が、
同情の視線を送って来たことだけが、不安要素として残っただけだ。
俺は意を決して、インターフォンに指を近付ける。
その時、部屋の中から人が飛び出してきた。
「うわぁ~!! こんな処になんか、もう居られるか!!」
飛び出してきた男は、噂通りの落ち窪んだ瞳と憔悴しきった顔で、
一瞬俺をギロリと眺めた後、無言で外へと走り出して行った。
な、何なんだ、いったい。
「今回の男は使えなかったねー」
「良いわよ。今日から新しいバイトが来ることになってるから」
「今度のは持つかなぁ」
「平気でしょ。若いピチピチなのを頼んでおいたから」
「若いのは体力だけが取り柄だもんね」
開いたままになった扉から中へ入っていくと、数人の女が机を囲んで座っていた。
机の上には紙とインク。転がったペンと定規。模様の描かれた薄い紙には削った後。
ここは……。
「漫画家の部屋?」
鼻孔を擽るインクの匂いと、部屋に散乱する紙の束。
それらが示すものは、漫画家の部屋以外にない。
「貴方が今度のバイト?」
一人だけ外れた処に置かれた立派な机に向かう女が、俺に気付いてニヤリと哂った。
「貴方、経験は?」
「……ありません。あの、だから、俺じゃ全然役に立たないと思うので……」
問われた言葉に返事をすると、『失礼します』と言って脱兎の如く逃げ出そうとする。
けれど、傍に居た女達が、ガッシリと俺の肩を捕まえた。
「仕方ないわね。じゃあ消しゴム掛けと、それから線引き一時間、練習して。
時間がないから、チャッチャとやってね」
漫画家の女の言葉を合図に、俺の肩を抑えていた女達が、力任せに近くの机の前に
座らせる。目の前には、言われた通りの原稿と消しゴム、それから練習用の白紙が
用意された。
いったい俺はここで、どうなってしまうんだろう?
その夜から数日、『夕凪荘』の一室からは、男性の悲鳴のような言葉と、
鞭のようにしなる定規の音が聞こえ続けていた。
「寝るなー!!」(ビシッ)
「寝てませ~ん!!」
ここは噂の『夕凪荘』。
扉に付けられていたプレートには、【18号室】と書かれていた。
完(2012.01.22)
*****
バトンの罰ゲームとしていただいた『R18』というテーマで書きました。
意味は違いますけど、楽屋オチってことで、どうかお許しを。m(__)m