第2話 地中海病院
地中海病院へは10分で到着した。
救急車が搬送口に停止すると、すぐに中から数人の職員が出てきた。ガラガラとストレッチャーは中へ運ばれていく。自動のドアを二つ通って、救急処置室内に入った。
ステンレスの匂いのする処置室には、大勢のスタッフがいた。
一番奥の処置台の上には別の患者がいるようで、台を囲んで人々が動きまわっている。
母は、奥から3番目の処置台に移された。
早速、三名ほどの医師が診察を開始し、看護師と思われる人々も動き回る。母を取り囲んで、状態を確認しながら、検査、治療も同時進行で進められている様子である。
救急隊員は、職員の一人に説明をしている。
迅速に動き回る大勢の人たちに見とれていると、医療従事者の雰囲気と一味違う女性が私に近づいてきた。
濃いブルーのスーツ姿、パンプスを履き、首には虹色のスカーフが巻いてある。
化粧が綺麗に施され、お人形のような美人だった。
「日野様のご家族の方ですか?」
「あ、はい」
「わたくし、日野様の本日のクラークを勤めさせて頂きます、高尾と申します。日野様の入院手続きをさせて頂きますので、まずは、コンシェルジュまでおいでくださいませ。ご案内いたします」
私は、高尾さんの後ろをついて行った。
救急処置室の別の自動ドアから廊下に出る。少し進むとエレベーターホールがあって、その先に広いフロアが開けていた。
さきほどの部屋は、いかにも病院らしいステンレスの雰囲気だったが、ここは全く病院臭さを感じない。強いて言うなら、ホテルのような雰囲気か。
「こちらでございます」
上を見上げると、”Concierge”という筆記体の文字が金色に輝いている。
早い話が『受付』である。
「12番ブースでお手続きをさせて頂きますので、どうぞ、中へお進みください」
高尾さんは、おへそのあたりに両手をあて、きっちり30度のお辞儀をして、受付右横のドアを開け、私を中へ促した。
中は広々していて、沢山のドアがあり12番ブースは一番手前にあった。つまり12個の小部屋が用意されていたのだ。
中に入ると座り心地のいい肘掛け椅子が用意されていた。テーブルを挟んで向かい側に、高尾さんが腰掛ける。
「今回は、お母様が大変なことになられて、さぞかしおつらいことと存じます。私ども、精一杯お手伝いさせて頂きますので、お気づきの点やお困りになったことなど、お気軽に申しつけください」
「あ。どうも、ありがとうございます」
「早速ですが、お母様のご病状が緊急を要しますので、必要な所から説明させて頂きます。よろしいでしょうか?」
私はここで小一時間過ごした。
まずは、書類が多いことに驚いた。山のような書類にサインをする。印鑑は要らないそうだ。ここは日本ではないのか。
どの書類も、日本語とその上に英語が記されている。先ほどから、明らかに日本人でない人たちを多く見かけたが、ここは多くの外国人が利用していることを書類からも感じることができた。テーブルの上の名札も、高尾清美の名の下にローマ字が記されている。
「お会計でございますが、できましたら、クレジットカードでお願いいたしたいと思いますがいかがでしょうか。エースカードをご使用の場合、0.5%の割引をさせて頂きますので、お客様にとってもお得かと存じます。ご請求は毎月10日締めで月末に請求書をお送りいたします。お支払いは2ヶ月遅れになりますので、その点もご安心いただけるかと。えぇっと、本日が10日ですので、今月は本日一日分だけのご請求になりますね。それから……」
高尾さんは、少し口ごもると、再び説明を始めた。
「日野様は、エース保険会社とご契約になっておられなかったですよね」
「あ、はい」
「それでしたら、お支払いの方も、それなりの額になることが予想されますので、一括払いが難しい方のために、分割払いもご用意いたしておりますが、いかがいたしましょうか?」
「あ、えっと……」
私は、思案した。
お金のことは、実は、とても心配していることだからだ。
分割払いって、利息がかなり高いはず……
「すみません。利息はどうなりますか?」
高尾さんは、ニッコリ笑ってパンフレットを広げた。細かい字で書かれている説明文を示して、
「年利17%でございますね。一回払いがよろしければ、こちらの欄に丸印をつけてください。あとから分割払いに変更することもできますので、その時には、いつでもご相談ください。その他にも日野様のご都合のいいようにいくつかのコースをご用意いたしておりますので、何でもご相談ください」
私は、少し悩んだが、一回払いに丸印をつけた。
一通り書類書きが済むと、今度は、高尾さんは小さなゲーム機のような機械を私の目の前に置いた。
「これは、お母様がご入院の間、無料でご家族の方にお貸しいたしますツールで『地中海姫』と言います。ただ、無料と言いましても、保証金として一万円をお預かり致しますが、機械を返却して頂く時に返金いたしますので。それから、通信費と致しまして、一週間以内のご使用でしたら500円、それ以上の場合はひと月あたり1,200円のご負担をお願いいたしております」
??
「まず、こちらの電源を入れていただいて……」
それは、何とも驚くような道具だった。
電源を入れると、「日野房子様のご家族の方へ」という挨拶文が出てきた。
地中海病院の概要、理念、病院内の地図、スタッフ紹介、様々な項目があった。
『日野房子様データ』の項目をタッチする。
わけも分からず、あちこち触っていると、
<生化学データ・・・総タンパク 7.2g/dl アルブミン 4.1g/dl ……>
いきなり、ずらっと数字が出てきた。びっくりする。
高尾さんが画面を覗いて上品に微笑みながら説明する。
「ああ、もう採血の結果が出たようですね。どこからでもご家族の方が患者様のデータを確認できるようになっています。普通は、ご家族にどこまで検査結果の開示を行うか、患者様自身の御意志をお伺いするのですが、日野様の場合、意識がないご病状でいらっしゃいますので、自動的に全開示に設定されております」
これで、母のデータを全て見ることができるのだそうだ。頭のCTも、肺のレントゲン写真も。私が見たところで、データの意味は理解できないのだが……
『本日のスタッフ』の項目をタッチする。
クラーク Clerk・・・高尾清美 Takao Kiyomi
コーディネーター Cordinator ・・・石黒豊 Ishiguro Yutaka
脳神経外科部長 Director・・・斉藤一輝 Saitoh Kazuki
副部長 Deputy Director・・・松下文恵 Matsushita Humie
医師 Sergeons ・・・双葉孝雄 Futaba Takao、清水太一 Shimizu Taichi、加瀬譲 Kase Jo
当直医 Doctors on night duty ・・・枝下卓 Edamoto Suguru、モハメド・トレ Muhammad Tore
看護師長 Chief Nurse・・・松島優子 Matsushima Yuko
主任看護師 Assistant manager・・・北晴美 Kita Harumi
看護師(日勤) Nurses (Day)・・・水巻力 Mizumaki Chikara、市橋幸之助 Ichihashi Konosuke、横山和美 Yokoyama Kazumi、 佃花夢 Tsukuda Kamu
看護師(準夜勤) Nurses (Late)・・・勝俣純 Katsumata Jun、山元千夏 Yamamoto Chinatsu、藤美鈴 Fuji Misuzu
看護師(夜勤) Nurses (Night)・・・岡崎光子 Okazaki kohko、岩崎桃子 Iwasaki Momoko、力丸美香 Rikimaru Mika
薬剤師 Pharmacist・・・盛志保 Mori Shiho
看護助手 Medical Assistants・・・鈴木麗奈 Suzuki Reina、周鵬雨 Zhou PengYui
名前をタッチすると、写真、プロフィール、あいさつ文が出てくる。
驚きだった。なるほど、患者家族とのつながりを確保する有用なツールなのだ。
そして、画面で名前の羅列を見ていると、いかに多くの職員が母を支えてくれるかがよくわかる。今日、直接母さんに関わってくれる方だけの名前なのだから。
お金は多少かかるかも知れないが、ここへ搬送してもらって良かったと改めて思った。ここでだったらきっと母さんは助けてもらえるに違いない。
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