2018年 地中海病院(19/21)PDFで表示縦書き表示RDF


2018年 地中海病院
作:GFJ



第19話 疲労


 私は今までの遅れを取り戻すように、必死になって仕事に打ち込んだ。地中海姫と入室カードは叔父に渡してある。それだけでも随分と気が楽だった。オレンジ色の点滅がないか、いちいち気にする必要がないのだ。万が一、母さんの容態に変化があれば電話が来るだろう。姫を手放してつくづく思う。あの存在自体がどれほど私にとってストレスになっていたか。
 それにしても、一昨日、少しだけ取り組んだ翻訳、自分でも呆れるほどケアレスミスのオンパレードだ。提出していなくて良かった。それでも、この数日で私の評価が下がったであろうことは容易に想像ができた。仕方がないと割り切る。とにかく、遅れ気味のレポートをきちんと提出することしか今の私にできることはない。
 叔父には叔父の仕事がある。そうそう甘えるわけにはいかない。今後しばらくは仕事量を減らして対処するしかなさそうだ。

 3日間はあっという間に過ぎた。時々、人工呼吸器につながれた母さんの姿が浮かんできた。そして、連結部分を外した時のあの警報音が突然聞こえることがあって、そのたびに私は激しい動悸を感じた。トラックがバックする時のピー、ピーという音を聞いて動悸が始まることもあった。そんな時、私はコップ一杯の水を飲んでのどの渇きを癒した。大抵5分から10分黙って我慢していると少しずつ落ち着いてくる。
 仕事は、それなりにこなすことができた。母さんが倒れる前に比べれば集中力は落ちてはいるが、新しい仕事も「面白そうな物」はなるべく避けて、事務的にこなせる簡単なもののみを引き受けるようにした。と言っても、翻訳会社から来る打診は明らかに減っている。私の異変に気づいている様子だった。母が入院したことだけはメールで知らせた。詳しく書く気にはなれなかった。仕事が減り過ぎるのも怖かったから。

 久しぶりに病院へ向かう。何とも気が重かった。母さんの姿を見て安心したいとは思うが、同時に、やはり意識の無い姿を見るのはつらい。
 母さんが倒れてから10日目になる。3日間、叔父から連絡はなかった。私からもあえて電話をしなかった。何かあったら連絡するから、沙希ちゃんはとにかく仕事に集中すること、と念を押されていたから。
 最初の計画どおり、9月19日木曜日の午後7時、私は地中海病院の一階受け付け前ラウンジにやってきた。叔父は先にソファに座って私を待っていた。

 ICUに向かうより先に、叔父は私と喫茶店で話をしたがった。叔父の表情は暗かった。
 この3日間に色々状況が変わったことを説明してくれた。母さんは肺炎を起こしかけているらしく、今、その治療が行われているようだ。口から入れられていた管は、今、気管切開を施され、そこから直接人工呼吸器につながれているそうだ。
「何だか疲れるね。説明はえらく丁寧だけどさ、結局どうしたらいいのか、わかんなくてね。随分迷ったけど、沙希ちゃんになるべく連絡はするまいと思っていたから、契約書、勝手にサインしたよ。何枚書いたかなあ。いやあ、決めるだけでも大変だねえ。気管切開術の説明聞いてたら、何だか怖くなっちまってさ。だけど、姉さんの口から管が出てるのは見ててあんまり気持ちのいいもんじゃないから、喉に穴をあけてもらったのは良かったかな。最初見た時より、多分今の方が綺麗な顔になってるよ」

 ひとしきり母さんの病状を説明してから、叔父は心配そうに続けた。
「悪いとは思ったけどさ、お支払いのページを見ちゃったんだよ。正直言ってぶったまげた。まあ、高いだろうって想像はしてたけどね。お金……、大丈夫なのかい?」
 全然大丈夫なんかじゃない。ホントに気が遠くなりそうだ。ローンを組んだ話をしたら、うーん、と唸って叔父は黙ってしまった。
 彼は、ローンは金利が高すぎるから、然るべき時が来たらどうしたらいいか一緒考えよう、と言ってくれた。例えば、少しでも金利の低い借り入れ先があるようなら、借りる先を変えることも考えた方がいいよ、と。それから、いらないサービスがあったら、なるべく削った方がいいね、とも。
 私は母さんが倒れてからパニックになってしまったけれど、叔父は私より長く生きている分、冷静に考えることができるんだろう。もしも叔父が私だったらどうしただろう。
「叔父さん。もしも、叔父さんだったら、どうしたと思う? 延命処置、お願いしたと思う?」
 叔父の返事は早かった。
「たぶんね、地中海病院に運んでもらうこと自体を思いつかなかったと思うんだ。ケチだから。でも、これは本当に難しい問題だね。公立病院に運んでもらったら、それはそれで、後悔するかもしれないしね。延命処置は……、そうだな、多分、断っただろうね。この年になると、倒れたのが自分だったらって、つい考えてしまうんだ。だけど、その場になってみないと実際のところ、わかんないね。でもさ、姉さんは幸せだなって、しみじみ思ったよ。沙希ちゃんがこんな風に一生懸命に何とかして助けようと努力してきたんだ。お金のことは頭が痛いけどさ。ホント、生きにくい世の中になったもんだね」

 母さんの喉には器具がはめ込まれていた。喉からつながれている呼吸器の管に、黄色いテープは巻かれていなかった。もう必要ないと判断されたのだろう。当然、私も二度とはずすつもりはなかった。
 母さんの顔から呼吸器の管が無くなった分、確かに穏やかに見えた。けれど、母さんが哀れに見えることに変わりはなかった。

 母さんの状態は、良くなったり悪くなったりを繰り返した。
 叔父と私の二人三脚で、週日は私、週末は叔父が病院通いをすることになった。叔父が来てくれたことで、いくつかの改善点があった。リハビリテーションをはじめ、いくつかの項目を削ってもらった。検査や治療薬についても、石黒さんに話をしてくれた。石黒さんは、
「ドクターが判断することですし必要な検査しか行っていませんから、削ることは難しいとは思いますが、治療に支障を来たさない範囲で何とかならないか、提案していきます。ジェネリック医薬品についても、打診してみますね」
 と言ってくれた。どこまで家族の意向が通るかわからないが、石黒さんがそう言ってくれたのだから、多少は違うのではないかと思う。 
 
 母さんの容態が悪化した、という知らせを聞いて、病院にかけつけた。
 心拍数を示す数字がいつもより高かった。熱が高いそうだ。肺炎についてやその治療について色々説明があったけれど、正直言って、私にとっては、もうどうでもいいことだった。私が一番知りたかったことは、いつになれば終わるのか、それだけだった。母さんを早くこの苦しみから解放させてあげたかったし、私自身もいい加減疲れていた。一日数十万円ずつ減っていく、ということも大きな負担だった。
 いよいよ、母さんと本当のお別れの時が来る、と思っていたが、峠を乗り越え母さんは復活した。そして、そのことを素直に喜べない私がいた。かつて私は、母さんの命とお金とを天秤にかけている自分自身に罪悪感を抱いていた。でも、今は、そういう余裕さえ無くなっている。叔父も相当に疲れていた。あまり口にはしないが、経済的な心配をしていることは見ていてわかった。





明日、6月19日(木)に最終話を掲載予定です。











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