23.期間限定・増殖ギャル 前編
「申し訳ないですが、これが証拠の写真ですね…」
丸斗探偵局は、いつになく重い雰囲気に包まれていた。調査結果の報告をしなければならなかったからである。
今回の調査報告は浮気に関してのものだった。相談者は所謂「ギャル」と呼ばれる女子高生。長年つきそって来たはずの彼氏が最近そっけない、もしかしたら浮気ではないか。デュークや恵の見る限りは、軽い気持ちで相談をしてきたようだ。それゆえ、今の彼女の落胆っぷりはかなりのものがあった。
恵の手元にあるのは、彼の浮気現場の写真であった。勿論デュークが…何をしたかは説明不要だが、彼が激写したものである。そこには彼女とは別の女と一人の男が、熱い抱擁を交わし、顔を近づけている様子が映し出されていた。証拠が欲しい、何を見られてもかまわない。面倒臭がり屋の印象のあるギャルだが、彼女は例外、強い意志の持ち主であった。ただ…
「このような結果になってしまって…」
「いいっすよ、私が頼んだっすから」
そうは言うものの、やはり落ち込みは隠せない様子だった。
料金は後払いで大丈夫だ、と言い、恵は依頼人の寂しげな後ろ姿を見送った…。
…ここで疑問に思った方も多いだろう。デュークとブランチはどこへ行ったのだろうか。
「さ、第二段階始めるわよ」
その声と共に、何もなかったはずの空間に燕尾服の男と黒猫が現れた。透明になって身を隠していたのだ。その理由は、これから行う一つの作戦のためであった。
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「え、いいんですか!?」
そもそもの発案者は、女性である丸斗恵であった。この依頼を受けた直後に、デュークの力で結果は分かってしまった。それを受けて、どう彼女を傷つけずに結果を報告するか、そこに彼は重点を置こうとした。しかし、恵はそんな事はさせるつもりは無かった。それは「普通の」探偵の話、自分たちにはもっと凄い力がある。それを受けて、ブランチも賛成案を示した。彼も、二人の能力に畏怖の念を示していたのだ。
「そんニャに凄い力があるなら、今生かすべきだと思いニャす!」
二対一、少々不利なデュークも、内心は二人の意見にある程度賛成していた。そして、恵に何を考えているか、聞いた時に出たのが上記の台詞である。
自分の力、「増殖」能力を彼女に期間限定で与える。
「確かにあまりばれちゃ駄目な能力なのは私も承知の上よ」
しかし、女性としてどうしてもギャルを放っておく事は出来なかった。お節介かもしれない、でもそれは力のないものの空元気を表す言葉。
「それもそうですけど…どうするつもりなのですか?」
気になるデュークとブランチの耳を、恵はちょっとだけ拝借した。
最初の反応は、ブランチはノリノリ、デュークは複雑顔。しかし、あのギャルの好みのタイプであろう彼氏の様子を見る限り、デュークの相性は結構良さそうな感じだと恵は睨んでいたようだ。勿論おとしまえ…と言う名の記憶操作は彼がする事は内定済みである。
そしてもう一つ。
「え…それっていいんですか…」
「当り前でしょ、超能力にはそれくらいの価値があるんだから」
デュークは思った。確かにそれくらいの価値はあるかもしれないが、幾らなんでも依頼料の三倍も頂くと言うのはきつい話ではないだろうか、と。ただ、恵の方もそれを睨んでいたようで、その分の給料はデュークが全額頂けるという餌を付けてきた。一瞬それに乗ったような表情を見せた彼が、本当は何を考えていたのかはまだ恵は知らない。
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落胆する女子高生が、道を歩いていた。
彼女の初恋は、無残にも打ち砕かれた。今まで無心に各地で好き放題していた彼女を支えてくれていた…ようにも彼は見えていた。しかし、友達は言っていた。彼をあまり信頼するな、と。
「馬鹿だよねー私」
無理に笑おうとするが、それでもやはり悔しさは隠しきれなかった。愛しの彼にとって、自分は結局只の金づるなのか、遊び道具だったのか。その思いは、彼女の眼から流れる水となって滴り落ちようとしていた…。
その時であった。後ろから、自分の名前を呼ぶ声がしたのを。しかも、不自然な位置で。
『こっちだニャ…』
一瞬なんだろうか、と気になる彼女。しかし、自分の名前を知っていると言うところが気になり、怖がって近寄れない。見た目は強がっていても、心は純粋な乙女のようだ。
「駄目じゃないか、知らない人を脅したら」
もう一つ、声が聞こえた。済み渡るような青年の声、所謂「イケボ」とかいう奴だろうか。声の方向を見ると、そこにいたのは一人の燕尾服の男性であった。腕には黒猫が抱かれ、眼鏡は黒縁。髪は世界が嫉妬するほどのさらりとした長髪。どこかで見た気がするが、思い出せない。
「だ…誰っすか?」
その問いに、青年は意外な返答で答えた。彼女が恋で悩んでいる事、彼氏が浮気した事、そしてそれが心に突き刺さっている事。全て言い当てたのだ。何故知っているのか、と驚きながら返す彼女に、目の前の青年は言った。
「オレは、何でも知ってるからさ」
そして、彼女に聞いた。もし彼氏に自分の悔しさを存分にぶつける事が出来るとしたら…そういう力を受け取れたとしたら…。
「お前なら、どうする?」
彼女がその問いに「OK」の答えを出した最終的な要因は、その時の青年の笑顔であったらしい。
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(結構上手くいってます…よし、局長への連絡完了)
(えへへ…デュークさんごめんなさいだニャ)
(やっぱり猫がいきなり話すというのはやり過ぎたみたいだね…。
さて、いよいよ本番だ。)
(彼女の周りを三弁回って、ニャンって言えばいいんですニャ)
(単純だけど、それでいいかもしれないね。そして、その間に僕は彼女に力を与える、と)
(後はデュークさんの見せ場ですニャ。彼氏の復讐というニャ!)
(ありがとう。ま、頑張ってみるよ…。
さ、行くか。魔術師デューク・マルト、出番だぞ、っと)