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振り返って笑った君が、繋いだ手を離すまで。 作者:汐利
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終章


 やはり君と手を繋いでいた。
 誰も見ていないときも、家で親がいるときも、学校で友達に囲まれているときだって、授業中だって、部活中だって、地球の裏側にいたとしたって。地球の裏側になんて行ったことないけれど。
 俺たちの手が離されたことなんて、十何年生きてきたうちただの一瞬だってなかったのだ、と思った。
 今だってそうだ。
 緊張した君の手は、きっと強張って少し冷たくて、俺の手を痛いほど握りしめているに違いない。茂みの向こうで直立不動の君の背中を見ていて、ぼんやりそんなことを思う。それは確信を超えて、最早 事実と見分けがつかないようなものだった。
 ほら、呼び出した彼がようやく姿を現した。君の緊張も最高潮だ。俺の右手が君の過剰な握力を感じている気さえする。
 そしてその痛みはとても心地いい。
 決してマゾ的な意味ではなく。
「や、柳くん、来てくれてありがとう、あの」
 君の表情はここからでは見えない。対する柳の顔はよく見えた。困惑の表情を浮かべている。無理もない。俺だって不思議だ。何故ろくに喋ったこともないような男のために、優陽は何か月もお菓子を作り続けたのか。
 俺は彼に気付かれないように、音を立てないで体勢を変える。
「あの、柳くんは私のこと知らないかもしれないけど、あの、頑張ってシュークリーム作ったのでよかったら食べてくださると嬉しいです、あ、あの私、隣のクラスの神崎優陽といいまして、柳くんがシュークリーム好きって聞いて、それで、」
 パニックに陥った優陽が放つ情報の順番はぐちゃぐちゃだった。
 それでも頑張っている優陽は、とても健気だった。
「私、柳くんのこと前から好きで、シュークリーム作って、」
「あの」
 柳修一が、初めて口を開いた。
 静かな声だった。
「神崎さんは、梅原うめはら君と付き合ってるんじゃ……」
「えっ」
 君は驚いていた。そして、俺も驚いていた。
「噂で聞いて……」
 なんだそれ。
 噂になっていたのか? 少なくとも俺には初耳だ。
「違います! 私と拓海はただの幼馴染みです、恋愛関係になったことは一回もないです、本当です」
 必死になって言い繕う君の、前のめりになって揺れたスカートを、俺は何処か醒めた気持ちで見ていた。
「私、嘘じゃないです、拓海とはそんなんじゃないんです」
 そして、毅然と言い放った。
「私、柳くんのことが好きなんです、だから」
 さっきから何度も言っている事実を駄目押しのように。
 わかってるよ、いい加減。もうやめてくれないかな。
「神崎さん」
 彼が君の名をもう一度呼んだ。
 君はその瞬間肩を震わせた。そして、委縮した犬のように、重心を後ろに戻した。
 名前を呼ばれただけなのに。
 名前なら俺だって何度も呼んだことがあるのに。
「僕……神崎さんのこと全然知らなくて、そんなこと考えたこともなくて、だから、はいともいいえとも言えなくて」
 落ち着いた声に聞こえた。だが、恐らく落ち着いているのは声だけだったのだろう。目線が彷徨っている。しかし、君はそれに気づいていない。顔を伏せてしまっているから。
「ごめんなさい」
 優陽が顔をあげた瞬間、君はそのまま踵を返し、来た道を走っていってしまった。
 またふたりだけになった。
 音が絶えた。
 優陽はさっきと全く同じ姿勢のまま、動かなかった。
 その状態の君に話しかけるのは躊躇われた。君を抱きしめてやりたかった。でもそれは俺の理性に反した。
 君に近づいて、散々迷った挙句、俺は両手でプレゼントを捧げ持つ君の左手を奪い、自分の右手の中に収めた。
 今の自分ができる精一杯の慰めのつもりだった。
 君が俺の手を握り返した。
 君の手は強張っていて少し冷たくて、俺の手を握りしめる力は痛いほどだった。
 涙は流れていなかった。ただひたすらに、彼が消えた方を見つめていた。
「……拓海」
「ん?」
「柳くんさ、私のこと知らないって言ったよね」
「そうだな」
「知らないから返事ができないって言ったよね」
「言ったな」
「つまり私まだ振られてないよね」
 ああ。
 そうだ。
 君のそういうところ、
 そういうところが――。
 君が一歩踏み出し、俺をちょっと振り返った。俺は手を引っ張られる形になったが、足の位置は動かさなかった。それが正解だと思ったから。
 振り返った君は、笑っていた。
「やっぱり、シュークリームだけ渡してくるよ」
 押し付けてでも、ね。
 そう冗談めかす君の笑顔は、あまりに綺麗だった。
 俺の卑小な手からは有り余るほどに煌めいていた。
 君が繋いだ手を離した。
 離された右手を、俺は少し迷って肩の高さまで上げた。
 俺らは互いに手を振り合って。
 幸せになれよと、それは心の中だけで呟いて。
 俺は駆けていく少女の後ろ姿を見送った。
 涙を流すわけにはいかなかった。
 手が、離された。
 さよならと今度は声に出して呟いた。
 誰にも聞かれることなかったその声は、不完全燃焼のまま日出づる海へと運ばれていった。
 それが時間をかけて雲を形成し、俺の上に雨を降らすのは数日後の深夜のこと。

――――――――――――――――――――

 本当にたったそれだけの、それだけのお話。

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