「あっ!ぎんちゃんだぁ〜!」
「あぁ?」
「ぎんちゃん!ぎんちゃん!!あそぼ〜よ〜!!」
久し振りのオフ。
たまには家族水入らずで過ごしたいと、本当は1日家でゆっくりと過ごしたい所をわざわざ外に出たというのに。
どうしてこうもいつもいつも邪魔が入るのだろうか。
「万事屋の野郎ッ!」
俺の大事な奥さんと息子は偶然を装って絶対にワザとここに来たのだろうあの銀髪パーマを見付け一緒に遊ぼうとはしゃいでいる。
誰にも邪魔をされたくないから屯所からも離れた場所にあるこの公園を選んだのに。
「十四郎もやろうよ?」
「俺はやらねぇよ!」
山崎から借りたバドミントンセットを広げて一緒にやろうと手を振る彼女にちょっと拗ねたように返せば、その後では憎たらしい顔が2つ、俺に向けて勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「あんの野郎ッ!」
1つは万事屋だ。
そしてもう1つはあろうことか自分の息子のものだ。
赤ん坊の頃は可愛かったが5歳になった今では憎たらしいマセガキだ。
何故か父親である俺よりもあの万事屋の男に懐いている辺りからして気に入らない。
そして何かに付けては母親である彼女を独占しようとする生意気な奴だ。
黙ってれば女の子に間違えられるような綺麗な顔をしてるくせして、腹ん中は真っ黒。
まるで総悟だ。
そう思うとまだ寺子屋にも通わない年の息子の将来に激しく不安になる。
「疲れてる?」
「別に。」
おそらくはそんな俺の心情が外にまで漏れ出していたのだろう。
万事屋と2人で遊んでと告げた彼女が俺の所に戻って来てくれた。
見晴らしのいい一面の芝生は見ていても気分がいい。
整備され人工的に作られた公園だが、木陰の涼しさや緑の香を運ぶ風は本物だ。
大きな木の下に広げたレジャーシートに寝転がっていた俺の顔を彼女が覗き込む。
子持ちの奥様にはとても見えないまだ幼さの残る可愛い顔だ。
実際、自分よりも年下の彼女はまだまだ若い20代。
「本当は家でゴロゴロしたかったんでしょ?」
「そんなんじゃねぇよ。」
今、俺の機嫌が良くない理由をこうして外出してきたことと勘違いしたのか、無理させちゃったねと彼女は苦笑いを浮かべた。
外出したことには何も問題はない、寧ろ自分からしたいと思っていたぐらいだ。
「お茶でも飲む?」
朝、俺達がまだ眠っている頃から起きて準備をしてくれた彼女のお手製ハイキングセット。
そこから大きな水筒を取り出した彼女は自分もレジャーシートに座り、てきぱきとお茶の準備を始めていた。
「…ありがとうね。」
「あぁ?」
「折角のお休みなのに家族サービスしてくれて。」
とくとくとまだ湯気の立ち上るお茶を注いだ紙コップを差し出し、彼女は極上の笑顔を俺に見せた。
やっぱり外に出てよかったと思った瞬間だ。
10日に1回、休みがあればその月はマシな方だ。
それどころか1週間以上屯所に詰めて家に帰らない(帰れない)事だって珍しくない。
そもそもあそこで寝起きしていたのだから、仕事を終えた時間が明け方近くともなればそこで仮眠を取る方がいい。
いくら徒歩5分の場所に家があるとしても、往復10分のロスは1分でも長く休みたいそんな時には大きな痛手だ。
それに家に帰れば愛しい彼女がいる。
自分は心底惚れ込んでものにした彼女を目の前にして色々と我慢できるような紳士ではない。
寝顔を見たら口付けたくなる、口付ければ抱きしめたくなる、抱きしめて温もりを感じたら離したくなくなるのは至極当然で。
男としての欲求が暴走するのも確実だ。
いくら自分の妻とはいえ、眠っている女を犯してしまうのは如何なものだろ。
「どうしたの?恐い顔しちゃって。」
お茶を受け取ったまま無言で考え込んでしまっていた俺は、彼女の声で今に引き戻された。
ここしばらくのことを思い出して、彼女とこうして2人で話すのも久し振りだと気が付く。
「お前、少し痩せたか?」
「逆よ!太ったのッ!!」
もう変な事言わせないで!と怒って顔を背けられてしまったが、そんな彼女の表情ですら久し振りで何だか嬉しくなる自分がいた。
息子を連れて屯所に毎日欠かさず弁当を届けてくれる献身的な彼女は、隊士達の憧れの的だ。
最初は俺だけにだった弁当もそれを羨ましそうに除き見ていた奴等に気が付いたのか、
「分量間違えちゃったの」とおかずを多めに持ってくるようになり、最近は昼飯に彼女のお手製のおかずが振る舞われるのは当たり前になっている。
嫌な顔1つせずに、
「残ってしまうと勿体ないから」とあくまでも彼女から奴等に食べてほしいと差し出す。
そして弁当を届けるという用事だけを済ませると仕事の邪魔になるからと早々に帰っていく。
本当に出来たイイ女だ。
そんな彼女によく似た大きなクリクリの瞳にダークブラウンの綺麗な髪をした息子というオマケも付く。
性格が俺に似て負けず嫌いで意地っ張りで短気な奴だが、小さくても男だ。
屯所の道場に来ては
「打倒!土方十四郎」と剣術の稽古を暇な隊士に付けてもらっていたりする。
やっと歩くようになり言葉を話すようになったばかりだと思っていたのに、もう自由に駆け回って口も大分達者だ。
「ママ、やにくさくなるからぼくとあっちにいこう。」
トトトと愛くるしく走り寄って来たかと思えば、開口1番に言ったのがそれだ。
ったくそんな言葉をどこで覚えたんだか、と小さく溜息をつけばその答は簡単に見付かった。
俺達の生活する環境なら覚えない方がおかしい。
「そう?ママは好きよ。」
人目も気にせずに彼女の胸に飛び込み抱き着けるのは子供の特権だろう。
座っている彼女に対して立っているアイツは視線の高さが同じになる。
これも最近気が付いたのだが、彼女は息子と何か話をするときは必ずこうして視線を合わせる。
「え〜ママはたばこすわないのに?」
「そうね、でもパパの匂いだからママは大好きよ。」
俺の匂い。
嫌がられる事ばかりのタバコの匂いですら好きだと言ってもらえる俺はどんなに幸せ者なのだろうか。
思わず表情がだらしなく緩む。
「なにニヤケてんだよお前。キモいんですけど?」
シラッと万事屋にそれを突っ込まれ恥ずかしさとか苛立ちとか沢山の感情が沸き起こる。
当たり前のように彼女の向こう側に腰をおろし、俺にもお茶頂戴よと言う万事屋に、苛々は増す。
息子はしっかり彼女の膝の上を独占して満面の笑みだ。
「銀ちゃんありがとうね、いつも遊んでくれて。」
「いいって。んなこたぁ俺にしてみりゃどぉ〜ってことねぇよ。」
どっかのダメなマヨラーと違って仕事より家庭を選ぶからね、俺は。と、あからさまに俺に向かって喧嘩を売って来た万事屋に、もうそろそろ我慢の限界だった。
「そうね、どっかの鬼の副長さんは家庭より仕事を優先しちゃうもの。」
「だろ〜?だからんな奴はとっとと見限って俺んとこ来いよ。」
「いやよ!アタシは仕事優先の鬼の副長でダメでヤニ臭いマヨラーが理想なんだもの。何を犠牲にしたって貫く信念がある強い人が好きでここにいるんだもの。江戸の平和を十四郎が守ってるなら土方家の平和ぐらいアタシが守らなきゃ。いつ彼が帰って来てもいいように、ね。」
「ママ?」
膝の上から首を捻って彼女の顔を見上げた、愛らしい表情を一変させて俺を睨み付けた。
沸々と沸き起こっていた怒りは、彼女の言葉に綺麗に流されかけらも残っていない。
茫然としてしまったぐらいだ。
「パパ!ママをなかせたらしちゅうひきまわしのうえせっぷくだからな!かいしゃくはぼくがしてやるからなっ!!」
「上等だよ!お前もママを困らせたら……解ってんだろうな?」
「じょーとーだ!!」
クスクスと俺と息子のやり取りに笑いを零した彼女。
ったくご馳走様なこった、と万事屋が愚痴る。
「おいマヨ。子守1日1万だ、どうする?」
「倍払ってやるよ。」
万事屋の差し出した条件にすぐに頷いた俺は、まだクスクスと笑っている彼女の手を取り立ち上がった。
「ちょ!十四郎?」
「万事屋が子守してくれるとよ。」
「夜7時までだからなッ!」
タイミングよく彼女の膝から息子を抱き上げた万事屋にそう言われ、彼女もやっと事情を理解したのか俺に引かれながらも振り返り叫ぶ。
「お弁当入ってるから食べてね、みなさんで。」
みなさん?と振り向けばいつの間にかそこには見知った顔が揃っていた。
万事屋のガキ2人はわかるとしても、それ以外に見慣れた黒い制服の野郎が数人。
「テメェ等、ちゃんと仕事しろっ!!」
いったいいつからそこにいたのか今さっきまで自分が横になっていた場所に沖田と山崎がちゃっかり座っていた。
「姐さんの弁当くわねぇと働く気にならねぇんでさァ。」
沖田はそう言うと額に乗せていたアイマスクを下ろし完全に昼寝体制だ。
山崎はといえば万事屋のメガネと協力して彼女の用意した弁当を広げる準備をしている。
「ちゃんと銀ちゃんのいうこと聞いていい子にしてるのよ?」
「うん!いってらっしゃいママ、はやくむかえにきてね〜。パパはかえってこなくていいからね〜!」
そりゃねぇだろ?と思わず息子を見れば、そんな暴言を吐いたにも関わらずどこか寂しそうな顔をしていた。
夫婦水入らずの時間はどうやらそう長くは取れそうにない。
「口ではあんなこと言うけどね、あの子十四郎のことが大好きなのよ?」
「どーだかな。」
「毎日解りもしない癖に夕方のニュースで真撰組の事が流れないか見てるのよ。」
アニメや着ぐるみが出て来て歌ったり踊ったり、悪の組織を倒したりする子供向けのTVしか見ていないと思っていたのに。
「十四郎とよく似てるの。あんなに小さいのに本当に甘えたい人には素直に甘えられないみたいで…。」
十分お前に甘えてるだろ?と聞き返せば彼女は小さく首をふる。
そして知らなかった息子の成長を教えられた。
「約束したって言ってたわよ?パパがいない間はママを俺が守るって。」
言われてみれば随分前に地方出張に出掛けた時、そんなことを言ったような気がする。
でもそれは我が儘を言って彼女を困らせたりしないようにと思って口にした言葉で本気ではなかった。
「あの子がアタシに甘えるのは十四郎がいるときだけよ?本当はパパに甘えたいんだろうけどね。」
素直になれない所まで本当にそっくりなんだから、と彼女は笑っていた。
これは思った以上にはやく迎に行くことになりそうだ。
行き先も決めず歩いていたら日頃の習慣なのか、気が付けば見知った見回りルートにいた。
この先には確か小さな洋菓子屋があるはず。
どうや夫婦水入らずの時間は1時間ちょっとで終りそうだ。
それもその僅かな時間に交わされた会話は息子の事ばかり。
そう思うとほんの少し淋しい気もした。
「ケーキでも買ってくか?」
「喜ぶよ、あの子も銀ちゃんも。」
なんで万事屋の野郎の分まで?と思ったが、きっと今頃あの木下で弁当の取り合いをしているだろう部下達にも買っていってやろうか、と思っている穏やかな自分がそこにはいた。
「ありがとうな。」
「え?」
「俺と出合ってくれて。アイツを産んでくれて。」
彼女と出会ってから俺の人生も俺自身もよい方向に変わっている。
誰かを愛する気持ちも愛される喜びも、家族を持つ嬉しさも。
全部彼女がいたから手に入れられた気持ちだ。
「どういたしまして。」
彼女はそう言うと今日見せた中でも1番綺麗な笑顔を向けてくれた。
END |