「リオン・・・」
その瞳は、まるで野に咲くスミレの色。その視線は、出会う者の心を掴んで離そうとはしない。その髪の毛は、まるで金色の海原。一本一本がガラス細工のように輝きを放っている。その唇はまるで、みずみずしいイチゴ。その吐息ひとつもきっと毒のように甘い。
彼はスティリア国の第一王子。
「ああ、リオン・・・」
彼女と彼は、あまりにも違いすぎた。身分も、住む世界も。それは彼女にとって不幸であったし、幸でもあった。報われない恋なら、いっそのこと手が届かない方がいい。ただ悲しみが募るだけで、彼女の心には他に何も与えはしない。それなのに、神は彼女にいたずらをしたのだ。
村はずれにあるユグの実のなる木は、樹齢100年を超えるにもかかわらず高さは然程ない。彼女が少し手を伸ばせば十分もぎ採ることができた。しかしその枝は細く、複雑に絡み合っていた。彼女の巻き毛はいとも簡単に絡めとられてしまったのだ。
彼女がもがけばもがく程巻き毛は絡まり、彼女を不安にさせた。そう、ここは滅多に人は通りかからない場所だったのだ。
ユグの実は大変に美味であったが腐りやすく保存しにくいうえ、殻を割るのは容易なことではない。採るにしてもこの枝、人々はユグを無理に採ることはなく、ユグに味がよく似たトンコの実を好んで食べていた。いつもの彼女なら庭になっているトンコの実を食べるが、今日は違った。
今日は5つ下の大切な妹の誕生日だったのだ。ユグの実はその甘さから別名「愛の証」と呼ばれていた。ユグの実を贈ること、貰うこと、それは「愛」の受け渡しと同じこと。家族にはもちろん、好きな異性に告白するときにも使われるのだ。
そんな実だからこそ、彼女は妹に贈りたかったのだ。
「助けて・・・」
言ったところで誰も答えるはずがなかった。陽も傾き、あたりは1秒毎にその闇を深めていった。そんなとき、彼は現れたのだ。
「どうしたんだい?」
人の声が聞こえたときに、こらえ切れなかった涙が一滴だけ彼女の服を濡らした。見上げると、彼女は涙を零すことなどすっかり忘れてしまったからだった。
「ああ、動かないで。君の美しい髪が傷ついてしまう」
彼女は一瞬天使か、はたまた悪魔かと思った。こんな美しい人には出会ったことはなかった。人間ではなく、それ以外の何かに見えたのだ。
「僕はリオン。君の髪は生まれたての子羊のようだ。柔らかく、食べたらこのユグの実のように甘そうだ。きっとこの木も、そんな君の髪に誘われてしまったんだね」
木から無事取り外すと、彼は彼女の髪に唇を落とした。
「あ、ありがとうございます」
「いいんだ、僕こそこれ程までに美しい髪に触れられて光栄だよ」
今度は彼女の手の甲に唇を落とした。それは彼女の真を熱くさせ、痺れをもたらした。
「ああ、僕はもう行かなくてはならない。美しい人、悲しいけどここでお別れだ」
「そんな、もう二度と会えないのですか?」
彼女は彼の背に抱きついた。抱きついてから、あまりの無礼と大胆さに少し恥ずかしかったが、離れたくない一心だった。それ程までに、彼女は彼を愛してしまったのだ。
「あなたが願えば、きっと僕たちは再び出会えるはず。それまでこの愚かな僕を忘れないでいてくれるだろうか」
「忘れるなんてできません!あなたを忘れるなんて!」
「ああ、僕は国一番の幸せ者だ。こんな美しい人の記憶の一部になれるなんて。待っていて、僕は必ずあなたの前に舞い戻るから」
「待っています、ずっと待っています。だから必ず!」
「ああ、必ず」
そして約束どおり彼は彼女目の前に舞い戻った、いや通り過ぎた。
「神よ・・・酷すぎます・・・!」
神は何故こんなにも残酷な仕打ちを彼女に受けさせたのか。彼女は生まれて初めて神に呪いの言葉を吐いた。誰よりも信仰心の厚い彼女の、最初の裏切りだった。
「いっそのこと・・・」
そして彼女は、ついに銀色のそれに手を掛けた―――
「リオーン!逃げてーー!!」
「ねーちゃん!うるさい!!」
都合よく終わる紙面。本当に、続きが気になるっての!
「あっ、明日スティリアの2巻発売日じゃん〜!いえーい!!」
「ねーちゃん寝ろよ!もう夜中の2時だぞ!」
ああ、リオン。愛してるわ、おやすみ。
彼女はゆっくりと彼に口付けし、深い眠りにつくのだった。
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