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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕 が含まれています。

赤葉ノ宮君

作者:石化
ちょっとだけ注意です。
 
 これは、昔昔、高良帝の御代の話である。

 宮中に秘されながら、前権力者の娘が天皇との間になした男子がいると言う噂が殿上人や女房たちの間を駆け巡ったのは、秋も深まり、枯れ落ちた葉がはらりと枝から離れひらひらと落ちていく季節のことであった。

 現在の権力者である藤原憲政は当然のことながらその御子を探し出そうとした。恐れ多くも天皇の御子を殺そうなどとは思ってはいなかったけれども、自らの手に届く範囲、目のいく範囲において、いらぬ不安を排除しておきたかった。だが、いかに探してもその行方は杳として知れない。自然とその噂は立ち消えとなった。帝も何も言わなかった。藤原氏に権勢を握られている今、自分の子供くらいは自由にさせてやりたかったのか。その心理は推し測れようはずもない。



 そのまま幾年かが過ぎた。

 宮中には、天皇、清涼殿に上がることの許された身分の高い貴公子たち、そして、天皇の妻たちである、桐壺の更衣、弘徽殿の女御、藤壺中宮、宣耀殿の女御。さらに、そのそれぞれにつく女房たち。それぞれの実家の実力に応じて、それ相応の人数が入れ替わり立ち替わり詰めている。しかもそれだけではない。女房たちですら細々とした家事など行うことなく、小さな童女わらわめや、台所女、殿上人の従者ずさたちなど、下衆げすの者どものことまで含めるとそこで働く人は大変な数に上る。清涼殿の威容があればこその人口密度となっている。それでも、きちんと余裕を持ってゆったりと動き回ることができるあたり、さすがは平安日本であった。


 噂が再び立ち上る。可愛らしい童女が何をするでもなくフラフラと内裏内を出歩いている、と。桜色の汗衫かざみを上品に着こなし、到底身分の低いものとは思われない。その証拠に、女房が呼び止めて用事を申し付けようとしても素知らぬ顔で通り過ぎる。普通そんな童女は非難の対象となるものだが、そんなことを言い出すこともできないくらいに、気品が直人のものではなかった。

 だが、いつからか、そんな噂もたち消えになった。誰かから圧力がかかったからであるとも、その童女を見ることがなくなったからだとも言う。真実は噂の中に煙のごとく人をばかすように紛れている。



 いつのまにか世代は変わり、新たな貴公子たちが、三位や四位の位官を与えられ、殿上で様々な浮名を流すようになった。絶世の権力を誇った憲政は流行病でコロリと亡くなり、後に続く有力者も小粒なものしかおらず、一時的にせよ、天皇が昔の力を取り戻したかに見えた。



 高良帝は、かなり優秀な帝であった。荘園による全国切り取りの全盛期も終わり、すでに荘園は全国に散在していた。これを元の中央集権に戻すのは現実的に無理である。しかし、無駄な荘園の乱立こそが国土の乱れを生み、争いの元凶となっていた。高良帝は荘園整理令を発布し、違法な荘園や、荘園の無軌道な増殖に一定の歯止めを設けた。

 だが、それでもまだまだ貴族の力は侮りがたく、絵巻のごとき優雅で風雅な平安朝の生活は変わることなく続いていた。




 藤原立火は、名門藤原氏の次男坊である。病弱な兄に変わり、一族を支えて行くと言う重すぎる使命を持った年の頃20ばかりの若者だ。憲政の子は、25歳の兄、入水とこの立火の二人だけ。他は全て女、娘であった。病気がちで、宮中へ参上することもできない兄に変わり、一門につながるものたちの運命を預からなくてはならない立場となっていた彼は、その重圧からか、持ち前の怜悧な美貌を曇らせ、空を見上げてはため息をつくことが多かった。まあ、なんとは言ってもイケメンであるので宮中の女房たちからは”憂いの君”と憧れを込めて呼ばれていた。言いよる女性は数知れなかったが、恋愛なぞにかまけているような心の余裕はなく、そっけない対応しか取れなかった。それもまた、クールな印象を強め、憧れる女が増えた。


 いつものように殿上の間に向けて急ぐ立火。彼ほどの大貴族であれば何事につけてもゆったりと振舞うことが求められるのだが、まだ若い立火にそれを求めてもせんのないことである。

 その立火の行く手を遮るように人影がたつ。

「よう、立火! そんな急ぐことはないだろう? 俺と恋バナでもしようぜ。」
 指貫をギリギリまで着崩しながら、それでも下品になる最後の一線は超えないラインを見極めて崩しているらしい着こなし方。南のジャコウをわざわざ取り寄せたと言う独特の焚き物。爽やかで友好的な整った顔。彼は近頃急速に力をつけてきている吉備家の一人息子で吉備冬道という。なかなか有能で天皇の信の厚い父の息子として、家を背負うなどと言う苦労とは無縁で気楽に今の生活を謳歌している。恋多い貴公子としても有名で今まで流した浮名は10以上。妬みとやっかみと尊敬と憧れを込めて”恋の君”と呼ばれていた。互いに対照的と言える二人であるが、なぜか馬が合い、共に行動することも多かった。

 渋々ながら冬道の言葉に従う立火。互いの従者は目に入らぬように、ちょうどよく紅葉が見事には色を変えている楓の木を眼前に座った。大げさな地位は与えられているとはいえ、若い彼らには決まった仕事は少ない。昼日中にずっと御前に詰めていないといけない事態は、よほどの行事があるときくらいだ。にもかかわらず立火が参内したのは、一門への責任感から、なんでもない日でも御前に候うて帝のこちらへの印象を少しでもよくするようにしているからであった。とはいえ、そんな日々は気疲れするのもまた事実。立火にとっても冬道の誘いは悪い提案ではなかったのである。
「ちはやぶる 神代もきかず 竜田川 唐紅に 水くくるとは」
「いや、さすがにこの木でその歌に飛ぶのは無理があると思うぞ」
「まあ確かに、あれはどちらかといえば水面に浮かぶ葉がメインか。」
「そう言うこと。あかねさす 君の宮廷 鮮やかに 散りゆく紅葉も 恋しかるべき」
 冬道は自らのものと思しき歌を口ずさむ。
「まあ、ノーコメントにしておくよ。ただ一つだけ言っておこう。何でもかんでも恋を言ったらいいってことじゃないんだぜ。」
「思わず口をついて出たんだ仕方ないだろ。」
 そのようにじゃれ合いながら二人並んで、趣深いその木を見ている様子は一幅の絵のような美しさ。追っかけの女房たちが、離れたところでそれを見ては鼻血を出して倒れている。
「尊い⋯⋯ 。尊い⋯⋯ 。」
 何を言っているんだろうか。なんだか恐ろしいことのような気がしたので、これ以上は気にしないでおこう。



「でで、俺が今日、御前を呼び止めたのは他でもない。立火、あの噂を聞いたか?」
「噂? そんなのいつも誰も彼もが流しているだろう。やれ主殿寮とのもづかさが、鶏を逃して中宮様が大層驚かれたとか、流れ者の猫が藤壺に住み着いて、皆で可愛がっているとか、聞き飽きたぞ正直。」

「いやいや、今回のは格別だ。なんでもこの内裏のどこかにな。」
 ここで冬道は言葉を切って、その後に続く言葉が強調されるように立火の目をじっと見た。
 しばらく相変わらずクールを装っているが、気になって仕方のない様子の立火の姿を見て満足したのか、ようやくふたたび口を開く。

「帝の隠し子がいるらしい。それも俺たちと同じかちょっとしたくらいの年齢の子が。」
「またまた。冗談だろ。第一、普通ならいかに帝の子と言えども内裏で生活することなんてありえないって。」
「まあ、俺もデマだと思うんだけどなあ。⋯⋯ でも、よく考えたら、俺たちも内裏全部を知っているとは言えないよなあ。もしかしたらまだ知らない区画にいるのかもしれない。」
「そう言えば、女なのか男なのかもわからないのか。」
「まあ、さすがに女でしょ。こんな女ばかりのところで生活していたら体も心も持たないだろうし。」
「となると、皇女殿下か⋯⋯ 。」
「ふむ。隠し子で、世間擦れしていなそうで、おそらく美女。よし、決めた。俺、その子を探してみる。そうだ。立火も来いよ。お前も恋を知れば少しは気軽に生きることができるようになるだろうさ。」
 冬道は立火の手を掴んで立ち上がらせた。


「いや、待て。冬道。そんなことを言ってどうするつもりだ。」
「奥の方に行ってみる。なに、迷いましたとでも言っておけばいい。どうせ今日、なんの用事もないのに出てきたんだろう?」
「な、なぜそれを。」
「お前のことならお見通しだっての。さあ行こうぜ。」
 手首を掴まれた立火は冬道にひきづられるようにして、廊下を進む。


 まるでBLゲームの美しい一幕だ。追っかけへのダメージは甚大である。倒れふす女房たちを主人が呆れた目で眺めるのもまた、この内裏の風物詩であった。





 日は落ち、夜。内裏を守護する滝口の武士たちが、篝火を掲げて寝ずの番。まだまだ寝物語は始まったばかり、これから平安朝の長い一夜がはじまる。


「おい、冬道。ここはどこだ。」
「俺に言われてもわからないぞ。こんな区画来たことがない。」

 皇女を探すと息巻いていた二人は、まだ手がかり一つ見つけられないどころか、こんな夜更けに内裏内で迷ってしまっていた。改めて歩いてみると内裏は予想以上に広大で複雑だった。様々な木組みが交差しあい、どこへ行く道なのか普段使わぬものには到底想像もつかぬような道がたくさん存在していた。いつの間にやら扉を開けても、歓声を上げる女官の姿がなくなっていき誰もいない区画へと着いてしまったようだ。暗がりだというのに明かりをつける道具も何も見当たらない。従者たちも流石にそこまでの備えはしていなかった。


 心臓の音が聞こえるくらいの近さで二人は身を寄せ合って不安を殺す。
「なんか出そうだな。」
 震える声で冬道はそれでも茶化すように声を上げた。
「いうな。」
 立火はきっぱりと否定した。やはり震えている。
 暗い内裏は大きな柱が今にも物の怪の類が後ろから現れそうな不気味さを持って何柱も立ち並んで恐ろしい。



 二人闇雲に格子を上げ、障子を開き、恐ろしい廊下から離れることにした。まだ、中の方が安心できる。
 その時だった。闇の中にわずかな光が見えたのは。あたり一面暗闇で、隣の人の顔も定かではない中で現れた一条の光。二人は、灯火に惹かれる虫のようにフラフラとそちらへ向けて歩き出す。

 しかし、二人ともある種の警戒は当然持っていた。こんな区画、見たことも聞いたこともないのだ。悪霊か何かの仕業であると考えたところで何一つ間違ってはいないように思える。慎重にしとみの戸を開けて行く。


 たどり着いた先には、坪庭がひっそりと佇んでいた。宙へ向かって、懸命に伸びようとする紅葉が、緑から赤へと変化しかけている。すっかり色づいてしまっていた宮殿の外の紅葉とは、一線を画すその姿はなぜか立火の心を打った。
「⋯⋯ おい。」
 冬道が信じられないというようにその木の後ろを指差した。言われて立火もそちらに目を向ける。

 長い黒髪が見えた。黒々とツヤツヤと、手入れの行き届いた髪は腰を通り越して、床へばらりと広がる。物語の中でしか見たことのないような、見事な長さ。そして美しさを備えていた。その人は、少しだけ油断しているのか赤の一重だけを身にまとっている。脱いだであろううちきは几帳の上からたれながされておりそこで鮮やかな模様を作る。

 彼女はこちらに背を向けて台に、何やら物語を広げ、一心不乱に読みふけっているようだった。その様子は後ろ姿だけでもわかる通り非常に楽しげなものだった。
 冬道は恐る恐る立火の頬をつつく。だが、立火は魂でも奪われたかのように反応しない。ただ、その女の後ろすがたを見つめている。


 どれだけ動きがあったのだろうか。しわぶきひとつできない静寂の中、冬道はそんなことを考える。
 
「ふふ。」

 思わず漏れ出たとでもいうように可愛らしい笑い声が聞こえた。物語に没入し、他のことは目に入っていないような様子だ。

 いつの間にか冬道もその姿から目が離せなくなっていた。頭の片隅にこの方が皇女様⋯⋯ などという思考があったはずだが、意識の上に上らぬ程に冬道もまた、その後ろ姿に心を奪われたのだ。

 満足気な吐息を漏らして皇女は物語を読みきった。木簡を丁寧に畳む所作にも素晴らしい人柄がにじみ出ているかのように思われた。

 何気ない動作で彼女は庭を向く。月と紅葉を見たくなったのだろう。京の上空に白く輝く月を下を見ることなく見つめる。

 尋常ならば、御簾や扇で隠れて見えない顔。夜の経験が豊富な冬道はともかく、立火の方は今まで一度も家族以外の女性の顔を見たことはなかった。なんと小さく、可愛らしいのだろう。彼女の顔を見つめながら立火は感嘆する。それは女性の顔など見慣れたはずの冬道でさえ例外ではなかった。彼女ほどの素晴らしい容姿は他になく、他の女人が並び立てようはずがなかった。小さく可憐で整っていて拭えようもない憂悶が張り付いたその顔。めづらかなりというだけでは足りないほどであった。


 上を見上げて彼女は嘆息する。

「ぬばたまの 闇を切り裂く 月の白
  枝手伸ばせど 届かざりけり」
 見事な歌が、可愛らしい声で形作られた。
 そばの紅葉を自分に見立てて、届かぬ自由に手を伸ばそうとする歌。彼女の意志はどうあれ少なくとも、それを聞いた二人の貴公子はそう解釈した。

 そのまま、彼女の視線は下へ移る。
 二人の脳裏には逃げるなどという考えは浮かばなかった。皇女と二人の目線が交差する。姫はしばらく固まっていたが、徐々に顔を赤くしていった。そしてついに立ち上がって、その場から逃れようとする。助けを呼ばないあたり、彼女も動転しているようだ。

「待ってください。せめて名前だけでも。」
 ここで逃したら二度と会うこともできないような心地がして、立火の口からそんな言葉が口をついた。

 姫は足を止める。しばらく躊躇していたが、小さな声で一言、「赤葉」と告げた。

 姫が奥へ引っ込む、その背中に向けて立火は最後とばかりに声をかける。
「私が、あなたをここから攫います。」
「おっ、おい立火。何言ってやがる。」

 それが聞こえたのか聞こえなかったのか。二人の目線の先で、障子が閉じた。

 姫の引っ込んだ先から、たくさんの物音がこちらに近づいてくるのが聞こえた。



「これはまずい。逃げるぞ立火。」
 未だに魂を空へ飛ばしている風な立火を急き立て、冬道は、素早くその場から離れた。






 明かりの多い,いつもの清涼殿の近く。
 二人の貴公子はそこで立ち話をする。先ほど見た姫について。

「本気なんだな。」
 冬道は立火に問いかける。
「ああ。私は、彼女を妻にしたい。」
 真剣な表情で立火は答える。
「まあ、いいと思うぜ。あの姫様をあそこから出してやりたいって言うのは俺も同じだしな。ただ⋯⋯ 。」
 冬道はここで言葉を濁した。
「ただ? なんだ?」
「俺もお前を応援したいよ。だが、俺だってあの姫さまが欲しい。一目惚れだ。お前には負けん。だから勝負だ。どちらが先にあの姫を振りかえらせることができるかのな。」
 子供っぽいライバル宣言。だが、そのいたずらっぽい言葉に反して、冬道の目は真摯だった。

「勝つのは私だ。負けても恨むなよ。」
「わかった。恨みっこなしだ。」

 こうして二人の貴公子が一人の姫を取り合う恋愛物語が幕をあけるのだった。





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 二人が去った内裏の一角。そこで先ほどの姫。赤葉が、誰にも聞こえない言葉を呟いた。
「⋯⋯ 私、男なのですけれど。」





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  さて、翌日、赤葉の父である帝は困惑していた。直訳すると赤葉の宮を嫁にしたいという意味の修辞を凝らした見事な手紙が、二人の貴公子から届いたからである。姫の秘密を知る数少ない者の一人である帝。しかし、その優れた頭脳を持ってしても、この事態を解決する方法は思い浮かばなかった。仕方なしに、口説き落とした方へ嫁がせるという返事を出す。もう、赤葉を皇子として世に出すことは出来ない。ならばいっそ、安定した家に入って貰えばいい。性別のことを一旦忘れた帝の結論であった。






  この複雑な糸に導かれた二人の貴公子と一人の絶世の美少女たる男の娘の物語の結末ははてさてどうなることやら。



 
































続きを書くかは未定なので短編での投稿になります。

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