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君へ「ありがとう」 作者:要徹
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7/14

七 一等星


     七 

 きらきらと光る汗が一滴、一滴と重なり、努力が形を成していく。それの形はいびつだが、とても美しい。
 二人は、昼過ぎから模擬運動会を行うことにした。もちろん、彼らが出場する一〇〇メートル走と、クラス対抗リレーだけである。
 二人は横一列に並び、合図を待つ。その合図とは、川にいるシラサギが飛び立つときだ。二人の視線は一匹のシラサギに集中している。

シラサギがくちばしで水面をついばむ。
ちょこちょこと歩く。
 羽を折りたたむ。
 羽を広げる。
 羽の手入れを始める。
 少し羽をばたつかせる。

 二人は、今か今かとシラサギが羽ばたいて行くのを待っている。汗が少しずつ流れてくる。ずっとスタートの構えを取ったままだ。このままでは、シラサギが飛び立つ前に体力の限界がきてしまう。

 鹿島は少し気を緩め、右手で汗をぬぐう。
 その時、シラサギが飛び立った。
 美しい白い羽を広げ、大空のかなたへと。
 藤堂はそれと同時に走りだした。
 鹿島は出遅れる。
 必死で藤堂を追う。
 しかし距離は縮まらない。
 視界が上下に揺れる。
 息が荒くなる。
 四肢を機関車のパドルのごとく動かす。
 藤堂が両手を上げ、ゴールに辿りつく。


「勝ったあ!」

 ゆっくりと歩きながら、藤堂が感嘆の声を上げる。

「はあ、まいったよ」
 油断していたとはいえ、ついさっきライバル宣言をした相手に負けてしまった。それも、優位に立っていた相手に、だ。これが本番でなくて良かった、と鹿島は思った。
 本番中に気を抜いて、もしくは観客に目を取られていて負けてしまったのでは、笑い事にならない。ただ視線は走者だけを見るのだ。他人など、気に留めてはいけない。たとえ、親友が転ぼうとも。いわば、運動会は戦争なのだ。負傷者に気を取られていては、自分まで一緒に怪我をしてしまう。そんなことが続けば、自分たちの国は負けてしまうのだ。そして、負けた先に待つものは……。

「やっぱり、意識が違うとすごく変化するね。なんというか……ああ、もう! 何も考えられないや」
 藤堂はその場でばたりと倒れた。激しく肺を上下させている。鹿島も、藤堂の横に腰を下ろした。

「油断したよ」
 負け惜しみだ。

「でも、フォームも違った。多分同時に走ってても、藤堂の勝ちだったよ。おめでとう」
 藤堂はにっこりと笑む。
「それは、運動会で勝った時に言ってよ」
「本番じゃあ、絶対に負けないから。覚悟しておけよ」
 それから、二人は何度もそれを繰り返した。

 秋が深まってきているのか、最近暗くなるのが早くなってきている。冬の到来は近い。

 二人は長袖のジャージを羽織り、ベンチに腰掛けている。空は薄暗く、一等星が輝いている。息を吐けば、かすかに白くなる。周囲からは、たまに車のエンジン音が聞こる。耳を澄ませば、川の流れる音が聞こえる。静かな空間。

「綺麗だね」
 藤堂が星空を眺めている。
「うん」
 きらきらと輝く星が、彼ら二人に祝福を与える。

「なあ、藤堂。ずっと聞きたかったことがあるんだけど、今聞いてもいいか?」
「許可を取る前に、質問を言うべきだよ」
 藤堂は顔を鹿島に向け、無邪気な笑みを浮かべる。

「藤堂さ、何でこんなに頑張れるの? 本当にただ、俺たちを見下した、最低だって言った奴らに勝ちたいだけ? 少なくとも、俺はそれだけだよ。ただ、あいつらに勝ちたいんだ」

 藤堂は口をつぐむ。少し顔を下に向け、物憂げな表情を浮かべる。鹿島は、その顔をただじっと眺めていた。
 どれくらいの時が経っただろうか。薄暗かった空はすっかり黒くなり、わき役だった星々たちの光も見ることが出来るようになっていた。早くから見えていた一等星は、より輝きを増し、美しい。星と月の明かりが、二人を照らしている。

 藤堂は小さく口を開き、言葉を漏らす。

「僕のお父さんがね、入院しているんだ」

「え?」

「結構重い病気らしいんだ。僕も詳しくは聞いてないけど、お母さんの表情を見てたらわかるんだ。お父さんは相当まずいはずだよ」
 藤堂の淡々と語る口調は、戸惑いも、焦りも、何も感じられないものだった。まるで、父親が病気になっていることも嘘だと思えるほどだ。しかし、表情は硬く、冷たい。真剣だ。

「それでね、僕はお父さんに運動会で勝つって約束したんだ。お医者さんもさ、僕が勝てば、きっとお父さんも病気に勝てるんだって言ってた。それに、僕は運動会でいつもビリだったから、少しはお父さんに良いところを見せてあげないと。最後まで格好悪い僕じゃ、申し訳ないでしょ?」

 それは、最後に父親に晴れの姿を見せよう、という考えにも思えた。藤堂は純粋に医師の言うことを信じているのだろうか、それとも、父親に起こる奇跡を信じているのだろうか。
「だから、僕は何が何でも負けられないんだ」

 藤堂は鹿島から目をそらし、星空を見上げる。藤堂の目尻に、何やら輝くものが見える。涙だ。

 藤堂は泣きたいのだ、と鹿島は察した。それなのに、今までずっと我慢してきたのだろう。父親に弱いところを見せないために。だから、あれだけクラスで罵られても、転んでも、泣かなかったのだ。

「なあ、藤堂」
「何? 鹿島君」
 呼びかけたものの、その場に適した言葉が見つからない。こういう時、何と言えばいいのか、分からなかった。そこで、黒田の言葉を借りることにした。

「泣きたければ泣けよ。男だからって、泣いちゃ駄目だってきまりはないんだよ」

 星空から目を離し、藤堂の方を見る。すると、彼の目から大粒の涙が零れ落ちているのが分かった。声はあげていない。唇をゆらしながら、黙って泣いている。

 鹿島は彼に寄り添った。すると、藤堂は声を上げて泣き始めた。今まで我慢していた分の涙も、これから流すはずの勝利の涙も、すべて出しつくかのように、泣いた。

 一等星の光が美しい。しかし、これほどの美しさも、わき役の星たちがいなければありえないだろう。花束にしてもそうだ。美しい花たちの中に、カスミソウを入れる。カスミソウは引き立て役だ。今まで、彼らはその引き立て役だった。だが、今回はそうではない。彼らはきっと、美しい花の、星の一つとなるだろう。美しい一筋の光を放つ、一等星に。
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