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カスタードと林檎

作者:黒崎伊音
 今年の林檎は、余り甘くありませんでした。
 秋の始まりに出来たてを一つ齧ってみても、口の中に広がるのは水気が足りなくて、色素が抜けてしまった衣類のような、「何かが足りない」味だったのです。歯ごたえも、よくありませんでした。
 冬が近づき深まれば、味も良くなるだろうと期待したのは、無意味だったようです。

 *

 私は物心ついた頃から、ずっとおばあさんと二人で暮らしていました。私はおばあさん以外の人間とあまりあった事が無いのでよくわかりませんが、どうやらおばあさんは「魔女」と言われる異質な存在であるようなのです。そんなおばあさんから、私は薬草や料理の手ほどきを、幼いころから受けておりました。
 おばあさんはよく言います。「一通り料理と薬の調合が出来て、一人前の女性、一人前の魔女だ」と。それを聞きながら今日まで至り、今の私は16歳。ひとりで台所に立っても、何も不思議ではない年になりました。だから何となく、その言葉が身に沁みます。私は魔女ではないのですが、一人前の女性になるための条件だと言われれば、しないわけにはいきません。
 ちかくの村人は、魔女であるおばあさんと魔女ではないけれど孫の私を快く受け入れてくれました。それは異質な存在であっても、あたたかい、おばあさんの人柄のおかげでもあったように思います。

 *

 私とおばあさんが住んでいる家の裏に、「悪霊でも出るんじゃないの?」っていうような、暗ーい森がありました。そこは私の遊び場です。何たって、よくしゃべる蛇とか花から生まれた妖精さんとかいるのですから。妖精さん曰く、普通の人に自分たちの姿を見る事は困難だとか。その辺はおばあさんの血のようです。私は魔女ではありませんけれども。そういう力は先天的にあるようです。
そこに、誰が植えて行ったのか知りませんが、林檎の木が数本あるのです。毎年、数回にかけて採りに行っては外でよく搾り、ジュースにしていたものです。
 何というか、林檎にも向き不向きがあると思うのです。果汁が多い方が絶対にジュースにするには向いていると思いますし、酸味が強いものよりも、甘みがあるものの方が丸かじりの方が向いているのです。
 去年食べた、瑞々しい甘みの林檎を思い出すと、ため息が漏れてきます。病気でしょうか。天変地異でしょうか。森に住んでいるよくしゃべる蛇の一匹が「お前ら魔女のせいでこうなったんだ」とぬかしておりました。
 勘違いされては困ります。私のおばあさんは魔女でも、私は魔女ではありません。何となく腹が立ったので、腹いせに私はそのよくしゃべる蛇の胴体をぎゅっと掴んで締めあげてから、無理やり口を開けて、あんまり美味しくない林檎を内蔵が破裂するまで詰めて差し上げました。可愛そうな蛇さん。
 味が悪いにも関わらず、実のなり様は去年と変わらずの、豊作でした。
 木の箱の中に、文字通り山のように積み上げられ、ところ狭しと敷き詰められた赤の群れを見下ろします。
 この、大量に余った林檎を、どうすればいいのでしょうか。おばあさんは村へ出かけてしまっているので、一人でどうにかしなければなりません。
 おばあさんから、台所仕事を任されて約一年。ある意味これが、正念場とも言えました。

 迷った挙句、あり余った林檎は全てジャムにする事にしました。一個一個の林檎を細かく刻み、全てお鍋の中に入れてしまいます。その上に、同じぐらいの量の砂糖を入れて、林檎になじませておくのです。檸檬の果汁も一緒に。さっき、壁の時計の振子が揺れたので、次にボーンという迄、暫しお外の鶏と牛と共に戯れている事に致しましょう。私の家には牛が4頭、鶏が8頭いるのです。
 林檎の切り身から水分が出てきたら、火にかける前に、蜂蜜を入れる事にします。
 ここからの作業が、中々時間がかかります。弱火でコトコトと、木箆をかきまわしながら、焦がさないように煮詰めていきます。額に玉の汗が出てくるような、文字通り熱い作業です。灰汁取りも忘れてはいけません。
 シナモンスティックをガリガリと、入れすぎない程度に削ります。木箆でもったりとジャムっぽい感触が出るまで回し続けます。炒めて林檎が半透明になるまで数十分。透き通る綺麗な黄金になったら、完成です。
 ジャムは楽ですね。砂糖を入れて煮れば済んでしまうのですから。これで、あらかじめ煮沸消毒しておいた瓶の中に詰めれば、本当に出来上がりです。
 一口、出来上がりを食べてみます。あつあつで、生で食べた時の食感の無さは、見事に克服されていました。悪くありません。初めてにしては、美味しく出来たと思います。少し……甘みが足りませんが。パンに塗って食べる分には申し分ないと思われます。
 瓶には全て詰め終わりました。しかし、なべ底にはまだジャムが残っております。消毒した瓶の中に入れておけばかなり長持ちしますが、出しっぱなしにしておくと直ぐに傷んでしまいます。
 なので、即刻調理してしまいましょう。私は、さっき鶏と戯れている時に偶然取れた卵と、昨日の夕飯の為に作った、余ったミートパイの生地を取り出しました。
 日が暮れるまで、だいぶあります。

 *

 別に私は魔女というわけではないのです。魔女っぽい力を持った、唯の女の子なだけです。
だからつい、やってしまうのです。意味のない悪戯を。

 *

 帰ってきたおばあさんのお土産は世間話でした。村から離れた処に私たちの家はあるので、おばあさんはよく村の人たちとお喋りを興じに行くのです。偶に、私も連れて。村の人から私は、「あのやさしい魔女の孫」というだけの、無害な存在に見えるようです。
「最近、村のどの家も、牛の乳の出が悪くて大変らしいよ」
 何とも興味深い話です。この辺だと「牛の乳が出ないのは、妖精が牛の乳が出ないように呪いを掛けているからだ」とか「乳の出が悪いのは、魔女が魔法を使って見えないようにこっそりと搾り盗んでいるからだ」という、昔からの迷信があるのです。自然現象かもしれないのに、とりあえず人間外生物とかイレギュラーな存在が原因だということにしておくのです。
 私の視線に気づいたのか、おばあさんはぎろりと私をにらみます。
「言っとくが、あたしじゃないよ。そんなチンケな魔法、使うもんかい」
 ふん、と鼻を鳴らします。分かっています。ええ分かっていますとも。そうじゃなかったら村の人も、きっと今頃おばあさんを物騒な農具でもって取り囲んでいるに違いないのです。村の人の間に、おばあさんのあたたかで朗らかな人となりを知っているので「魔女でもこの人はやらないだろう」という意識が浸透しているのです。
「ウチの牛はそれに比べて、噂が立つ前と比べても、随分出がいいね」
「そうでしょうか?」
 おばあさんの紅茶のカップの中に、ミルクを注ぎました。村の牛さんと打って変わって、私の家の牛さんの乳の出は良好です。きっと村から離れているので、影響が出ないのでしょう。ええそうです。そうに決まっています。
つい、顔がゆるんでしまいます。悪戯は成功した模様です。
「……テッサ、随分と嬉しそうだね」
「ミルクが普通に飲めるのが、素直に嬉しいのですよ。村の人には気の毒ですけれど。後でもっていって差し上げましょうか」
 私は適当にことばを返して、席を立ちあがりました。おばあさんからこれ以上、何も聞かれない為にです。わたしがやっちゃいましたなんて、うっかり言ってしまいそうじゃないですか。
 先ほど作ったお菓子を、一回オーブンで温めなおして、居間のおばあさんのところに持って行きました。今日のお菓子です。
 ちょっと変わったアップルパイを作りました。
 鍋の底に張り付いたジャムだけでは、アップルパイにするにはほんの少し足りなかったのです。
 それなので、たりない林檎を底上げするために、採れたての卵と牛乳でカスタードクリームを作る事にしました。作ったジャムは冷めたら美味しくてそれなりに甘くなりましたけど、やはり林檎自体に問題があるからか、通常作るよりもほんのすこし味が足りませんでした。カスタードを作ったのは、それも原因のひとつです。それでも林檎の持っている風味を殺さない為に、わざと、カスタードの中にバニラビーンズを入れずに作りました。試食をしていないので、どんな味になったかはわかりませんが、そんなに悪くはないと思っています。
 こっそりと牛乳を多く盗っておいてよかったなぁと思います。お陰で、美味しいカスタードが出来たみたいです。多分。
 そしてりんごジャムはその儘を焼くのでは芸が無いと思い、バターをちょっとだけ入れて、もう少し炒める事にしました。香りを良くするためです。
 パイ生地の上に、先ずはカスタード、その上に炒めた林檎と、地層を作ります。最後に、細長い線の様にしたパイ生地を、網目に重ねていくのです。
 出来上がったお菓子は、中々いいにおいを全身から醸し出していました。切り分けて、おばあさんのお皿に乗せました。
「おいしそうじゃないか。林檎は全部処理したんだね」
「ええ。どうしようもなかったので、全部ジャムにしました。かなりあるんで、後で牛乳と一緒に、村の人におすそ分けしてあげてください」
 そう言って、味見もしなかったお菓子を食べてみます。
「美味しいね、テッサ」
「はい。自分で作ってみて、こんなに美味くいくとは思っていませんでした」
 バニラビーンズを入れないのは正解でした。適度な甘さのくどくないカスタードと、甘さの足りない林檎の、足りないと足りないが合わさって、充分へと変身したのです。
 おばあさんは、魔女の最低条件はごはんを美味しく作ることだ、と言っています。私は魔女ではありませんが、それだけは条件を満たしているのではないかと思われます。
 隣に座るおばあさんの方を見ると、満足そうにお菓子を咀嚼しています。先ほどの牛の話題は、忘れてくれた様です。気付かれないように、胸をなでおろしました。
 この、アップルパイと似て異になるお菓子の事を、私は「カスタード・タタン」と名付けることにしました。

 *

 私は魔女ではないけれど、魔女の力を持った人間。
 次は、どんな悪戯をしましょうか。



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