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幼馴染だった過去

恋愛事情

作者: 鞠谷 磨織

「おーっす」

「オラ悟空?」


 手のひらを軽く見せて声をかけてきたクラスメイトの高野(こうの)(しん)に、美咲はテンポよく返してみる。小首を傾げるのはいつも変わらない。それに対応するように、返す高野も視線を曲げる。


「イヤイヤ、コウノシンだってば」

「コウヤマキだよ」


 訂正を誤った方へ訂正し直すのは梗一郎。


「何かご用ですか、コウヤマキさん」


 このまま放っておくと同じ文言が延々と繰り返されるから、本題を急かすのが磨織。


「なぁ、そうやってつまらなそうに乗るのはお前の良くないところだと俺は感じるぞー鞠谷」

「楽しそうに乗ればいいのですか、コウヤマキさん」

「いや、そゆ問題でもないしその顔もつまらなそうだ。

 して、遠藤が鞠谷を溺愛してるって本当か?」


 手元から目線をそらすことなく日直日誌の係のコメント欄を埋めていた磨織は、危うく行外へボールペンを滑らせるところだった。


「それ本題?」

「いや、前置きみたいなもん」

「言ってたの誰?」

「んー、誰だと思う?」

「名も知らぬ心当たりは多いけど」

「へー、じゃ一緒にくっついてた目撃ア〜ンド体験談の方はホントなん」

「どんな?」

「鞠谷への告白は嫉妬に狂った遠藤に妨害されて告白しようとした奴はトラウマを植え付けられる」

「心当たりナシ」


 しれっと梗一郎は否定。

 だが他二人はそうしない。


「トラウマ云々はさておいて」

「否定もしないのか」

「たしかに人によってはなきにしもあらずな事をされていますが、相手の問題なので。」

「まぁ、そうだけど。冷たいなー」

「キョー、別に嫉妬に狂ったりしないよ?」

「今までみゅーへの告白はすべて中途でキョーの妨害が入っていますが、ボクは覚えがありません。そもそもコレの傍にいるボクへ恋愛感情を寄せる方は少ないのでは?」


 コレと指された梗一郎に、気分を害した様子はない。

 そもそもそんな些細なことを気にしていては、普段の奇行はあり得ぬだろう。



「マオ『勉強できて、かっこいいってほどじゃないけど外見も悪くないしあの遠藤と一緒にいるのに落ち着いててイイっ!』て、まいちゃんとしぃちゃんとかがたまに言うよ?」


「ほぉ。でその2、熱烈なハグ」

「ハグは挨拶」


 梗一郎はなんてことない事実を口にする。


「遠藤家の日常を覗けば、コレが事実だとわかると思います。」


 磨織が、現実を受け止めろとでもいうかのように言う。


「みーもぎゅってするっ」


 美咲が慣れたように言ってトテテと机を回り込むと、梗一郎はのばされた腕を受け入れ、彼女の首の後ろに手を回した。美咲の手も梗一郎の背にまわされ、さするように動いている。


「ああ、こらソコ、抱き合わないで。自分たちの年齢と場所と時間を弁えて」


 ちなみに年齢は13と12、場所と時間は放課後のまだ日の高い教室である。友人同士の悪ふざけであるコレのどこに問題が有ろうか。


「これが現実ですので。」


 今度は直接言った。受け入れてください、と。


「……なぁ、鞠谷もされんの?」

「キョーには突然されたりもしますね。なかなか離れなくて困ります。」

「あー……。久部には?」

「みゅーは求められたことのある相手にしかしません。ボクは求めたことないですから。」

「たまにはされたいとか思わない?」

「キョーが抱きついてきたとき、みゅーとサンドイッチされたことがありますけど、……あの細腕、なめない方がいいですよ」

「へぇ、見かけによらず、強いんだ」


「んで、その3の手をつないで登下校と同じ家から出てくる姿をよく見るってのもあるんだけど……」

「ご想像に任せるとどうなりますか」


 もう完全に手を止めて、ボールペンはしっかりとキャップもはめて脇に置いてある。


「あー、遠藤が一方的に手をつないで鞠谷の家までついてってそう。そして泊まり。」

「そうですね。」

「ついでに着替えも置いてあったりするくらいの仲ではあるんじゃ?」

「キョーのお母さんとボクの姉の仲がよく、当人の都合そっちのけで泊まりや外出の予定が立っていることが頻繁にありますね。そんな事情で着替えは双方の家に常備、季節ごとに内容も変わっているので学校帰りに急に寄ろうがいっそのこといきなり住むとか言い出されようが問題は発生しません。」


 半ば投げやりな磨織の口調は、日々の疲れを物語っていた。


「……家族ぐるみで仲良いんだ?」

「そうとも言えるかもしれませんね。」


 この微妙な言い回しは、磨織の両親が梗一郎の家族と親しいと呼べる間柄ではないからだ。


「……姉ちゃん、歳いくつ?」

「今年で25ですかね」

「え、そんな離れてんだ。遠藤の母さんは近いん?」

「少し上ですね。」

「それでも若いな」

「キョーにはお兄さんたちもいますよ」

「……やっぱ遠藤に似てる?」

「遠藤家は皆そっくりです。キョーの中身はお父さんを受け継いだらしいですね。お兄さんたちはお母さんに似たらしく、表情と感情が一致していますよ」


 感情の起伏が穏やかすぎるため、その表情の変化も微妙なものだが。


「前置きはこのくらいにして、本題は何ですか?」

「あぁ、そうだな。遠藤の愛をはねのける自信はないが鞠谷とあわよくば仲良くなりたいとなぜか俺に言ってきた奴がいてな」

「はぁ。」

「本当に二人は付き合ってるのか遠藤が鞠谷を溺愛しているのか確かめてきて、それがデマならついでに告る手助けもしてほしいっつう図々しい奴でな。」

「恋愛ごとに巻き込まないでいただきたい。」


 そこでなぜか心配そうな、不安そうな表情になる高野。


「……なぁ、遠藤とは、付き合ってないんだよな」

「友人として、付き合っているつもりです。男同士ですよ?」

「環境によっては許されるだろ。」


 そう言い放つ高野。教室に残っているのは、やっと抱擁を解いた梗一郎と美咲に、磨織と彼の4人だけだ。


「……嫌そうな顔ですね。」

「許されない環境が身近にあるからな。」

「あなたがそうなんですか?」

「いや、親戚にな」

「……」


 誰もなにも返さない。高野がこの手の話題を好まないことも知っているし、正直に言えば他人のソレに興味もない3人だった。ただし梗一郎は詳細を知っているが、それをここで話題にする必要を感じなかった。代わりに話を戻す。


「で、マオに告りたいのって誰?」

「お前には絶対(ぜってー)言うなと。」

「え〜」

「あまりしつこくしてはいけませんよ」


 梗一郎がどう聞き出すか既にあるパターンのいくつかから実行に移すものを選んでいたら、磨織に()められる。


「あ〜い」


 反省も何も籠もっていない返事に聞こえるが、これだけで梗一郎は一旦思考を止め、切り替える。


「……で、付き合ってないって事で、告白のセッティングしたら鞠谷ちゃんと来るか?」

「行かせない」


 断言するのはもちろん梗一郎。


「キョーがマオの邪魔するんなら、みーはその邪魔がんばる!」


 両腕でその気合いを表現する美咲に何も反応を見せないが、梗一郎は内心で困っている。


「……キョーに邪魔されなくとも行きません。」


 ほかの返事をすれば後々梗一郎がどのような行動に出るのか、磨織はきちんと解っていた。そうでなくともこの答えになるが。


「ボクを恋愛ごとに巻き込まないでください。」

「今はそんな気分じゃないって?」

「一生その気にはなりません。」


 その理由を、二人は薄々知っている。梗一郎は本人の預かり知らぬところで集めた情報の裏付けにより、美咲はこれまでの行動から、半ば本能のようなもので。

 高野にはその言葉の意味を正しく理解するには梗一郎のような情報もなく、磨織を知るための時間も短かった。何か引っかかったような顔だが、詮索はせずそうか。と頷いた。探られたくないのはお互い様だった。


「じゃ、溺愛はホントだったって言っとくよ」


 それが一番簡単だから。そう言って高野は鞄を背負い、部活道具の入ったエナメルバッグを肩に掛けると教室を出ていった。手の甲を軽く見せながら。


「部活前にわざわざするような事だったでしょうか」


 磨織は日直日誌の完成に向けてボールペンのキャップをはずす。


「今日、野球部は顧問の出張で自主練」


 さらさらと丁寧な活字が、空白を減らしていく。


「ついでに、熱心な3年も今日は欠席してる」


 それは、ある夏の出来事。


「……よくそんな情報(こと)知ってますね。」


 もう暑さに慣れ、蝉の声も意識の外に追い出せるようになってきた頃のことだった。


 きっちり最終行の右端まで書き終えると日誌を閉じ、まとめてある荷物と共に3人で職員室まで出向いて提出し終えると、その日も3人で帰路につく。途中、駅で美咲と別れ、梗一郎はふと磨織の手を掴んだ。

 このようなところを目撃した誰かがいたらしい。と、磨織はふと思い出す。


「──マオ、まだ、いなくならないよね……?」


 梗一郎は、磨織の顔を窺う。


「大丈夫ですよ。何も悪くなってはいません」


 磨織は安心させるようにして微笑を浮かべる。

 梗一郎はそれに、学校で張り付けている嘘くさいものとは異なるぎこちない笑みを返した。


 そしてこれが“遠藤が鞠谷を溺愛している疑惑”の信憑性を高めたためかどうなのか、中学卒業まで恋愛イベントは全く起きなかった。この日を境に増えた梗一郎へ向けられる負の感情が乗った視線も、この後に起こる事件によりすぐに鎮静化し、二人に向ける視線の質が大きく変わることになるのだが、それはまた別の話だ。


「……マオの家、行ってもいい?」

「どうせ着いてくるのでしょう?」


 二人の帰路に、言葉は少ない。

「咎める」のルビに「とめる」となっているのは脱字ではなく意図的なものです。ご了承ください。

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