いつか世界は救われる
「終わったのかな?」
「ええ、間違いなくこれで終わりよ」
「僕たちは勝ったのか?」
「ええ、私たちは間違いなく世界を救った」
満身創痍、血を流しすぎたのか意識が朦朧とする。
黒い雫が瞼に伝い、手に拭ったそれを口に入れると鉄の味がして気分が悪くなった。
それと同時に気付く。あぁなるほど、これは僕の血なんだと。
どうやら僕は今の戦闘で『赤』を代償として支払ったらしい。
世界を救った代償としてはあまりにも軽いものだ。
自分の体をそんな風に他人行儀に観察していると
バチンッッ!!
突然横合いから強烈な平手が放たれ、僕は地面に転がった。
「どうして力を使ったの?」
彼女の顔は長時間に及ぶ戦闘の影響でうす汚れ、所々黒くくすんでいる。
ただ、その鋭い目は僕を怨敵のように捉えていて
「救いようのない馬鹿だわ、あなたは」
そう言って彼女は僕に背を向けて歩き出した。
「フゥ、、、」
短いため息をついて、僕は腰を上げ、土を払い、ようやくその後を追いかける。
見上げれば白い空、どうやら無意識のうちに『青』も失くしたみたいだ。
地平線に黒い太陽が昇る頃、僕たちの長い長い戦いは終りを告げた。
--僕は生まれながらにして運命に選ばれた
--世界を救う者として、世界を壊す者として
--それを可能とする力を与えられた、それを可能とする知識を与えられた
--世界を救うために、世界を滅ぼす敵を与えられた
--世界を壊すために、世界を滅ぼす力を与えられた
--この力は望んで得たものじゃない、ましてや支払う代償に見合った力でも無い
麓の村に戻った僕たちは宿に戻り、体についた泥や汗を手拭いで拭い、傷口の消毒をしっかりしてから泥のように眠った。旅路を振り返る余裕すらなくただ体を休めた。
目覚まし時計が鳴るよりも早く起きた僕は自分の持ち物の中から比較的小奇麗だと思う衣服を纏い、宿の小窓から射し込む明かりに目をすぼめながらも街の様子を眺めていた。
白と黒のコントラストで彩られた景色は、まるで一枚の絵画に命を与えたかのように躍動し、その光景にほんの少し頭痛がしたけれど、慣れればきっと大した事はないだろうと暢気に考えていた。
「どう?起き抜けに見えた世界は?」
いつの間に僕の部屋に入って来たのだろうか、彼女は部屋の扉に背を預けて僕のことをじっと見ていた。
「まるで切り絵の中にいるみたいだよ。程よく狂いそうだね」
笑いながらそう答えた僕に彼女は電光石火の速度で詰め寄り、僕の胸ぐらを掴んで烈火の如く捲し立てた。
「何でも無い様な態度で答えないで、何も無かったかのように私を見ないで。そんな筈ないでしょ?そんな筈あるわけ無いんだから」
あぁ、この力が彼女に露見してから幾度目になるだろう。彼女はれっきとした『勇者』だから、人々を救う義務があり、その人々の中には恐ろしい事に僕も含まれている。だから彼女は譲らなかった、これは2年ほど前に彼女と交わした口約束。僕が代償を支払う力の行使を禁とする約束。だから僕は幾度目かの用意した回答を口にする。
「何度でも言うよ。僕ひとりの些細な欠落で世界が守れるなら、代償としては格安すぎて申し訳ないくらいだよ」
でもその言葉は彼女をさらにヒートアップさせてしまう。
「茶化さないで、独善者を気取るのはもう止めなさい。あなたと7年間一緒にいたのよ、気付かないわけ無いでしょ、あなたは本当は世界平和になんて何の興味もない。だから私たちが世界を救った事を誰にも知られなくていいと思ってる。ともすれば世界を滅ぼすほどの能力をもったあなたが、どうしてこの世界を守る側についたのか。これが最後のお願いよ、答えて」
一瞬の静寂。
僕にはなぜ彼女がここまで鬼気迫る勢いで問い詰めてくるのかが、いまいち理解できなかったけれど、7年間も旅路を共にした仲間に情が湧いたのか、それとも本当に狂ってしまったのか。それとも本当は誰かに聞いて欲しかったのか。
「故郷に大切な人がいるんだ。必ず幸せにしてみせると誓ったんだ」
だから話すことにしよう、僕が世界の敵と戦う旅にでた理由を。
--僕は生まれながらにして欠陥品だった
--草木は全て「灰」色に視え、命の息吹など感じる事もなかった
--生まれる事の代償に原色の一つである「緑」を使用した事に気づいたのは、
--尊厳を踏み躙られる程の侮辱を受けた相手に、はじめて僕がこの力を行使した時だった
--生まれついての異能。「自分の色覚を代償に世界を破壊的に改変する力」
--相手の無残な死に体をこの目で捉えたその時に全てを知覚した
--自分の力の使い方も、僕のために用意された世界の敵の存在にも
--それから僕はずっと、ずっと憎んで妬んでいた
--この力は望んで得たものじゃない、ましてやそれに見合った代償とも思えない
--だから世界の敵が現れたと世間が騒いでも、何一つ感情が揺らがなかった
--僕のために用意された敵ならば、僕のために世界を滅ぼしてくれとさえ考えたこともある
ここまで話したところで一息つく。
彼女は最寄りの椅子に座り、微動だにせずこちらを見ている。
彼女には僕の力について一通り話した事があるけど、ここまで感情を吐露したのは初めてだ。
それでも彼女は何も言わず先を促す。まるでその先に何かがあるかのように。
だから僕は昔語りを続ける。
この先は僕にとっても鬼門だ。
--生きる気力すら希薄になっていた僕は、その日ぐらしの稼ぎで日々を慎ましく過ごしていた
--僕がカノジョと出会ったのはそんなある日のことだった
--カノジョは絵描きで、毎日絵を描いては路上いっぱいに絵を広げて売り物にしていた
--売れない絵を何枚も増やしては並べ、増えた分だけの収入もなく
--それでも毎日欠かさず絵を描き続けていた
--どうしてかと言われれば、今でも良くわからないんだけど
--どうして絵画の美しさと対局に位置する僕が、その絵を綺麗だと思ったのか
--どうしてか、カノジョの存在が目に焼き付いて離れなくなった
--ただ本当に単純にカノジョの存在に憧れた
--ただ本当に単純にカノジョの存在に救われた
--それから僕は毎日カノジョの下に通い、買えるだけの絵を買った
--絵を褒めるとカノジョはたくさん笑った
--パンを土産に持っていくとカノジョはとっても喜んだ
--そんな毎日が続く中、とうとう僕には絵を買うほどのお金も無くなってしまった
--世界の敵が現れたせいか、恐慌がおき、街で金銭を稼ぐのは難しい世の中だった
--それは同時に、僕がカノジョにしてあげれる事が無くなってしまったということだ
--だから僕にはもう、世界を救う事しかカノジョにしてあげられる事が思い付かなかった
僕の話を黙って聞いていた彼女が息を呑む。
がっかりさせてしまったかな。
僕には崇高な意思も、高尚な考えもなかった。
ただ追詰められて選んだ選択肢が一つだけだっただけの話だ。
・・旅立ちを告げた僕に、彼女がくれた1枚の風景画
・・裏面に書かれた「また会えるよね」っていう文字を何度読み返しただろうか
・・7年も過ぎてしまった。時間が掛かり過ぎた
・・大切だと思っていた人の顔もよく思い出せなくなってしまったけれど
・・大切な人はもう、他の幸せの中にいるんだろうなと思いながら
・・大切な人の幸せのために大切なものを失くしてしまったけれど
・・もうどうなる訳でもない
・・だから笑え、笑えよ僕
・・7年もの長い旅路の間、ずっと真綿で首を絞められるかのような状態で、
・・それでもここまできたじゃないか
・・戦いは終わったんだ。だからこそ顔を上げてこう言える
「故郷に大切な人がいるんだ。必ず幸せにしてみせると誓ったんだ」
・・例え彼女がもういなくても
・・例え彼女が他の誰かと幸せになっていたとしても
・・例え彼女が僕のことを忘れてしまっていても
これで全部だ。あとは彼女も知っての通り『勇者』である彼女やその他大勢の仲間と出会い、世界の敵を滅ぼすまでに至る。最後まで生き延びたのは、たった二人になってしまったけどね。
話を聞き終えた彼女はとっても悲しそうなものを見る目で僕を見ていた。
その目の中にある感情に僕がなんと言えばいいのか分からないまま、彼女は口を開いた。
「あなたは彼女を愛していたの?」
彼女の言葉の意味が分からない振りをして、僕は答える。
「何でもないさ、ただ一方的に救われたと感じただけだ」
まるで被さる様に言葉は続く
「この7年間、貴方は一度もカノジョのことを疑わなかったの?」
「その話はやめよう、意味のない事だよ」
「そう、、、カノジョは貴方がこの旅に出ると告げた時に引き止めてはくれなかったの?」
「記憶を美化する気はないよ。選別に一枚だけ、カノジョの描いた絵をくれただけだ」
「カノジョは貴方のことなんて、何とも想ってない」
「僕もカノジョの事を想ってなんてないよ」
それが大した強がりに聞こえたのだろうか、それとも僕の限界を感じとったのか
「貴方を救ったのが、私なら良かったのに・・」
そう言い残すと、彼女は僕の部屋から出て行った。
日も陰る頃、路面電車で都市部まで移動した僕たちは汽車の到着を待っていた。
僕は故郷に帰るために、彼女は僕を見送るために
7年も続いた旅の終わりにしては、随分質素な駅舎で僕たちは椅子に座って汽車を待つ。
ふと思い出したかのように、失くした仲間たちと共に歌った歌を口ずさむ。
そういえば、会話に困った時や悲しい事があった日はいつもこんな陽気な歌を歌ってた
道中で立ち寄った、小さな村の民謡。
” I've been had、
(僕は馬鹿だ)
That girl is very kind of well go shop
(よく行くあの店のあの子はとても優しい)
Well talk, laugh often
(とってもよく笑い、楽しそうに話すんだ)
And it brought the souvenir today.You or me gladly
(今日もプレゼントがあるんだ。喜んでくれるだろうか)
I've been had、
(僕は馬鹿だ)
She is not interested in me. is waiting for a souvenir
(彼女は何に笑顔を向けてるんだい?僕を待ってくれているのかい?)
It is thought to be high and may sell
(プレゼントが欲しいだけじゃないのかい?)
I've been had、 I've been had、
(僕は馬鹿だ。それでも今日も彼女のもとにプレゼントを持っていく) ”
僕が口ずさんだ歌に、宿を出てから初めて彼女が反応を示した。
ゆっくりとその顔を上げ、とても言いにくそうに僕に言う。
「貴方はなぜ、今回の恩賞を辞退するの?恩賞さえあれば、故郷のカノジョを幸せにする事が出来るんじゃないの?」
彼女は僕に気を使ったのか、故郷では僕の帰りをカノジョが待ってくれているという、とても優しい言葉を選んで、そんな馬鹿なことを聞いてきた。だから精一杯の悪意を込めた笑顔で僕は答えよう。
「これ以上、どうして僕がカノジョに何かをあげなくちゃいけないんだ」
彼女は僕の答えに一瞬、虚をつかれたような間抜けな顔をして、、、、、笑った。
僕も笑った。
喜劇は終わった。役者は舞台を降りるときだ。
汽笛が聴こえ、僕たちの視界に汽車が見え始める。
もうお別れの時間だ。
ゆっくりと僕の横で立ち上がった彼女は、己の腰にさげたひと振りの剣を僕に押し付ける。
「この剣は私の剣、幾億光年離れた場所でも必ず貴方を助けに向かう。
達者でな、貴方には助けられた。貴君の成果と喪失に最高位の敬意を」
最高の誉れと、今まで一度たりとて感じなかった誇りを胸に、僕は故郷への帰路につく。
~After 3 years~
草原には今日も優しい風が吹いていて、長くなった僕の前髪をさらっていく。
子供達も来ない、恋人たちの逢瀬にも邪魔にならないお気に入りの場所で、今日も絵を描く。
今は白黒の世界を極力見ないように、絵を書くとき以外は包帯で目を覆っている。
この目に映る世界はあまりにも不自然すぎるから、街で過ごすにはとても不便なんだ。
いつものように白いキャンバスと思わしき四角を、膝の上に置き、草原と空を思い浮かべる。
凪ぐ風も、草木の匂いも、足に伝わる土の感触も、腰に下げた剣の重さも今の僕には宝物だ。
3年前に故郷に帰り、予想通りに待ち人はおらず。それでもここまで生きてこれた。
むしろ旅立ち前よりも気分は清々しいくらいだ。
一度目の救いをくれたカノジョに感謝と憂いを
二度目の救いをくれた彼女に感謝と少しの寂寥を
僕が今を噛み締めていると、突然、凪いでいた風が止んだ。
遠くから馬の駆ける音が聞こえてくる。
それも一つや二つなんてもんじゃない、少なくとも百は超える数の蹄の音が聞こえる。
それも、まっすぐに僕がいる場所に向かって
一刻も立たぬ間に、僕の視界を埋め尽くすほどの騎士団が現れた。
彼らはその身から異様なほどの緊張感を醸し出しており、団を率いてきたと思われる騎士が一歩前に進み出る。
「世界を滅ぼす力を持つ者よ」
その声はどこかで聞いた事のある懐かしい声で
「国の平和を守る為、貴公の首を頂戴しに参った」
僕を誉れと賛えてくれた時と同じように、口上した。
何も言葉を口に出来ないまま、腰に下げた生涯唯一の誇りである剣を鞘から抜いた瞬間、
---この剣は私の剣、幾億光年離れた場所でも必ず貴方を助けに向かう---
ようやく気付く事が出来た。これは剣の形をした鎖、首輪というわけか。
まだ力を残した僕を、いつでも屠る事の出来るように仕組まれた喜劇。
白い空を見上げ、黒い騎士を見据える。
「もう、ウンザリだ」
” I've been had、
(僕はカモられている)
Even to this person to that person
(皆が僕から毟り取るんだ)
It would be another limit
(もういいんじゃないか?)
The world is not saved、Someday the world be saved
(さぁ、精算しよう。もうゴメンなんだ、もうウンザリなんだ) ”
~~Fin~~