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ハイスペック過ぎる妹を守るため、死霊の島で明日に向かってゴールをめざす 作者:春風小夏
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scene 83 環状世界へ③

 外界ではすでに日が西に傾きかけていて、残り時間が少ないことを示していた。

 骨車の言葉が正しいとすると、青栁唯救出までに残された時間は1日強。

 四凶の脅威は去ったとはいえ、この先何が起こるか皆目見当がつかないだけに、あと1日しか余裕がないというのは、さすがに心許なかった。

 なんせ、頼りのあずみが右腕切断という大怪我を負っているのである。

 仮に僕が、あずみのいうようにマルデックの治癒者(ヒーラー)の血を引く者だったとしても、あの怪我を短時間で完治させるのは無理というものだ。

 今のところ、腕がくっついただけでも大したものだと、そう自分を慰めるしかないようだった。

 窮奇のいなくなった西の門には、相変らず混沌の置き土産である黒い渦巻きが残っていた。

 そのもやもやに触れぬよう、身体を横にして岩に埋め込まれた大鳥居をくぐると、そこはヒスイのような輝く岩ででききた短い天然のトンネルだった。

 長さは10メートルほどしかなく、すぐ向こうに出口が見えている。

 「綺麗だね。これが外輪山を構成する成分なんだ」

 手袋を嵌めた手でトンネルの内壁をなぞりながら、光が言った。

「溶岩が固まる時できた結晶組織ってとこですかね。トンネルとしては短いけど、これが外輪山の壁の厚みだとすると、けっこう頑丈だな」

「まさに天然の要塞よね。忌み神の住み家にふさわしいわ」

「なんだか、だんだん気温が下がってきたみたい」

 僕に身体を摺り寄せてそろそろと歩きながら、あずみが言った。

 あずみは例の勝負下着の上に、元のように夏服のセーラー服を着て、、超ミニのプリーツスカートを穿いている。

 右手は包帯で肩から吊ったままだが、左手にはナックルを嵌め、手の甲に槍を仕込んだあの短筒を紐で括りつけていた。

 その前を行くサトは更に重装備だ。

 筋肉質の身体を誇示する、レスリング選手が着るようなボディスーツに身を固め、背中には矢を入れた矢筒を背負い、右肩に弓、左肩にはなんと、混沌が落としていった混沌砲を提げている。

 その隣の光は相変わらず着流しトレンチコートスタイルだが、両手には手袋の上から手甲を嵌め、いつでもヨーヨーを投げられるように中指に紐の先を巻きつけている。

 僕はといえば、腹にガンベルトを巻き、最後の6発を充填したS&Wをホルスターに収めて、腰から提げていた。

 歩くたびに銃の重みでシーンズがずり下がりそうになるが、最終決戦に赴くのだから、このくらいのことは我慢するしかない。

 あずみが左手でむき出しの二の腕をさすりながら言うように、トンネルを進めば進むほど、周囲の気温は下がっていくようだった。

 そしてトンネルを抜け、外輪山の内側に到達した僕らが目の当たりにしたのは、異様なほど寒々しい光景だった。

「こ、これは…」

 何事にも動じない光が、薄く口を開けてつぶやいた。

 僕らは内壁の中腹あたりに立っていた。

 螺旋を描いて緩やかに下っていく道の途中である。

 その足元に広がるのは、広大なすり鉢状の世界。

 ドーム球場がいくつも入りそうなくらい、だだっ広い。

 まるで蟻地獄の巣のへりに立って、底を覗き込んでいるような気分だった。

「家が、たくさん…」

 あずみがひとりごちた。

 そうなのだ。

 真ん中に向かって低くなっていくすり鉢世界には、茅葺(かやぶき)の屋根がひしめいていた。

 何百戸と、あるだろうか。

 みすぼらしい家々の屋根が、互いに軒をくっつけるようにして、大地を覆う地衣類のように、見渡す限りただ延々と続いている。

「歴史の教科書に載ってた、竪穴住居そっくり」

 あずみが言った。

 言い得て妙とはこのことだ。

 家々はどれも、直接地面に三角屋根を乗せたような構造をしている。

 壁がないのである。 

「まるで縄文時代にタイムスリップしたみたい。ところどころに物見櫓もあるし」

 うなずく光。

 僕も同意見だった。

 三内丸山遺跡の実物大模型。

 目前に広がる集落は、まさにそんな感じなのである。

 家々は少し斜めに傾きながら、すり鉢世界の底に向かって螺旋を描いて軒を連ねている。

 そしてその中央、すり鉢の一番底に当たるところに、あの巨大な火焔土器が屹立していた。

 小学校の屋上にあった土器を、何十倍にも拡大した大きさだった。

「どういう仕組みかわかんないけど」

 その5階建てのビルほどもある火炎土器を見つめながら、光が言った。

「小学校の屋上にあったあれのレプリカと、あそこに鎮座する本体とは、四次元的に繋がってるんじゃないかしら。だから骨車は、洞窟を通らなくても自由に外界に出ることができたし、おそらく一平も…」

「その可能性はあるね」

 あずみがうなずいた。

「一平ちゃん、きっとここに来てる気がするよ」

 僕は久しく会っていない、あのやんちゃな小学生男児の顔を思い出した。

 そうだ。

 唯だけではない。

 僕らは、骨車に連れ去られた一平をも助けなければならないのだ。

 いつまでもここに突っ立っているわけにもいかなかった。

 内壁に刻まれた道に沿って歩き、すり鉢の底に降りた。

 幸い、地面は砂ではなく、意外にしっかりとした、固い土だった。

 ただ、びっしりと白い貝殻のようなものが埋まっていて、それが奇妙といえば奇妙である。

「こ、これ、骨だべ」

 底の厚いブーツでその白いものを踏みしだいて歩きながら、気味悪げにサトが言った。

「わ、ほんとだ。綺麗だけど、なんか嫌。でも、これ、なんの骨?」

 スニーカーの底で、しゃりしゃり砕ける白い破片を見下ろして、あずみがつぶやく。

「まず間違いなく、人間の骨でしょうね」

 光が、そんな怖いことを平気な顔で言う。

「闇虫が抜けた後の、外道たちのなれの果てかもしれないわ」

「やだ」

 あずみが左腕を僕の右腕に絡ませ、ぴったりと身を寄せてきた。

「だとしたら、ここは本物の地獄だな」

 僕は呻いた。

 お館様たちの話によると、この”離れ”を統べる骨車とは、日本創生の昔から、天孫族によって打ち捨てられてきた夥しい不具の神々の集合体である。

 ここは、言ってみれば、その捨てられたものたちの怨念が染み込んだ穢れた土地なのだ。

 そのせいか、白夜のように空は薄暗く、太陽の影すらも見えなくなってしまっている。

「誰も居ないのかしら」

 あずみの言葉通り、一番外側の円周に立てられた竪穴住居には、どれも人の気配がなく、入り口には埃が溜まっていた。

「唯と一平が囚われてるのは、おそらくあの真ん中の土器の内部だろうね。まずはそこまで行ってみましょう」

 光が言い、僕らは住居の列を縦断して、まっすぐにすり鉢の底をめざすことにした。

「あれ?」

 ふいにあずみが立ち止まったのは、2列目と3列目の間にさしかかった時のことである。

「今、何か声がしなかった?」

「声?」

 先を歩いていた光がふり向いた。

「うん、なんだか、赤ちゃんが泣いてるような声」

「赤ちゃん? こんなところで? 嘘だろ?」

 僕は耳を澄ませてみた。

 嘘ではなかった。

 確かに聞こえてくる。

 おぎゃあおぎゃあという、か細い泣き声。

 それも、ひとりのものではない。

 どうやら、すぐ右手の建物の中から聞こえてくるようだ。

「まだ生きてるんだわ。大変、助けなきゃ」

 あずみが僕の腕を振りほどいた。

「待ちなさい」

 身をかがめると、光の制止も聞かず、するりと竪穴住居の中に入って行ってしまった。

「お、おい」

 あわてて後を追おうとした瞬間、建物の中から悲鳴が聞こえてきた。

 あずみの悲鳴だった。










 
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