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ハイスペック過ぎる妹を守るため、死霊の島で明日に向かってゴールをめざす 作者:春風小夏

第6章 環状世界へ

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scene 81 環状世界へ➀

 洞穴の片隅で、岩壁に背を持たせかけ、両脚を投げ出して坐っているあずみは、見るからに痛々しかった。

 一応新しいブラとパンティは身に着けているが、まるで糸の切れたマリオネットみたいだった。

「じゃ、これにお願い」

 光が言って、僕の前に水筒の蓋を差し出した。

「ろくなもの食べてないから、つらいとは思うけど、あずみちゃんのためだから」

「平気だよ。第一、俺にはこれくらいしかできることがないし」

 僕は地面に胡坐をかくと、水筒の蓋を足の間に置き、その上に身をかがめた。

 すっかり慣れっこになった剃刀さばきで、左手首を切る。

 静脈に垂直に引いた線から粘っこい血が溢れ出し、ぽたぽたとプラスチック容器の底に落ちていく。

 どのくらいの量が必要かは、まるでわからない。

 が、多すぎて困るということはないはずだった。

 何しろ腕を一本、丸ごとくっつけなければならないのである。

 かなりの量が必要なのは、まず間違いない。

「成人男性の血液は約4リットル。その2の1を失うと死ぬといわれてるから、2リットルが限度。アキラ君はこれまでもう2回あずみちゃんに血をあげてるから、あまり無理はしないで。そのコップ一杯になったら、それでいいわ」

「いや、俺のことはいいんだ。あずみさえ元気になるなら」

 水稲の蓋にたまっていく自分の血液をじっと見つめながら、僕は言った。

「これで足りなければ言ってください。最後の一滴まで絞り出してみせるから」

「無茶はいいっこなし」

 8分目ほど血がたまったのを見届けると、光が僕の手から容器を受取った。

「サトちゃん、腕を」

「まだ温かいだ。この腕、生きてるだ」

 大事そうに抱えていた腕を、サトが光に向けて差し出した。

「断面が水平になるように、ちょっとそのまま持っててくれる?」

 口では偉そうなことを言ってはみたものの、さすがにこれだけ血液を提供すると、目がかすんできた。

 そのぼやけた視界の中で、光が脱脂綿を血に浸すのが見えた。

 サトがあずみの右腕を、垂直に捧げ持っている。

 その断面に、光が血をたっぷり含ませた脱脂綿をそっと押し当てる。

「わあ、すごい」

 やがて光が、何かに驚いた子どものような声を上げた。

「切れた神経や血管が、みるみるうちに瑞々しさを取り戻してくみたい。さすが兄妹というか、よっぽど相性がいいんだね。これならなんとかなるかも」

「あずみちゃんが、アキラさを愛してるからだべ。体がお互いを、求めあってるだべ」

 生真面目な口調で、サトが言う。

 聞きようによっては危ない台詞だったが、サトが朴訥な口調で言うと、少しもいやらしくないから不思議だった。

「さ、今度は肩のほうだね。あずみちゃん、大丈夫? まだ生きてる?」

 光が中腰で近寄っていくと、あずみが目を開いた。

「ごめんなさい…うとうとしちゃってた」

「いいよ。もう少し寝てて。その間に、ちょっと傷口見せてくれるかな」

 腕のない肩の断面は、止血のためにきつく包帯で縛ってある。

 光はそれを慎重にほどいていくと、腕にしたのと同じように、傷口に僕の血を塗り始めた。

「温かいね…これ、ひょっとして、お兄ちゃんの?」

 あずみが僕のほうを見た。

 相当な激痛に耐えていたのだろう、目の周りが泣きはらしたように赤くなっていた。

「ごめんね、お兄ちゃん。また、大事な血をもらっちゃって。あずみ、まるで吸血鬼だね」

「気にすんなよ」

 僕はなんでもないことのように、微笑んでみせた。

「それで少しでもよくなるんだったら、俺の血なんていくらでも寄付するからさ」

「よし、こっちも組織が活性化し始めたわ。後は向きに気をつけてと」

 サトから受け取ったあずみの腕を、光が肩の断面に合わせていく。

「この成長速度なら、骨さえ間違いないようにつなげば、後は自動的に癒着が始まるはずだわ」

「光さは、そのまま持ってるだべ、おらが包帯さ、まぐからよ」

「うん。サトちゃん、お願い」

 さながらサトが優秀な看護師で、光が天才肌の女医とでもいった感じだった。

 サトが器用にあずみの上半身を包帯でぐるぐる巻きにすると、光がその上からセーラー服を羽織らせて、

「さ、つながったよ。後はあずみちゃん、完全に癒着するまで左手で押さえてて。あ、間違っても、巨大化したり、戦ったりしたら駄目だからね」

「ありがとうございます」

 あずみが座ったまま、深々とふたりに頭を下げた。

 ここからでも、目尻に涙が光っているのが見える。

「でも、こんなのすぐ治して、また元のように戦いますから」

「無茶言わないの。四凶はもういないし、あとは私たちに任せて。骨車一匹くらいなら、私とサトちゃんとアキラ君でなんとかするから」

「でも…」

「それより、出発前にお兄ちゃんの出番でしょ」

 光が僕のほうを振り向いた。

「サトちゃんと私は外に出てるから、アキラ君、あずみちゃんに力を分けてあげて」

「はあ?」

 僕は、ハトが豆鉄砲を食らったような顔をしていたに違いない。

「はあ? じゃないでしょ。あずみちゃんを、抱き締めて、温めてあげるのよ。それから、キスもしてあげてね。場合によっては、その先の、Bまでは許すから」

 Bって、ベッティングのB?

 光さん、それはちょっと表現が古すぎだろう。

 ふたりが出ていくと、あずみが身じろぎした。

 誘うようなまなざしで、見つめてくる。

「いいの?」

 消え入りそうな声で訊いてきた。

「本当に、抱き締めて、キスしてくれる?」






 
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