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ハイスペック過ぎる妹を守るため、死霊の島で明日に向かってゴールをめざす 作者:春風小夏
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scene 79 四凶 其の四 窮奇②

 神の啓示。

 それがどんな形で現れるのか。

 そもそも、そんなものがこの世に存在するのか。

 少し前の僕であれば、そんなこと、まともに考える価値もないと一笑に付していたに違いない。

 が、神の実在を知ってしまった今となっては、そうもいっていられない。

 しかも、その神なるものが、自分の肉親のなれの果て、とくれば尚更である。

 ”神頼み”という非現実的な行為が、俄然現実味を帯びてくることになるのだ。

 その時の僕がまさにそうだった。

 窮奇に右腕を引き千切られ、今しも喉を食い破られそうになっているあずみを前にして、僕は祈った。

 それは生まれて初めてといっていいほどの、真剣な祈りだった。

 無神論者の僕にはもちろん祈りの作法など、わかるはずがない。

 これまで神に祈りを捧げたことなど、大学入試の前日、近所の天満宮で賽銭を投げたことくらいしか思い浮かばないのだ。

 が、とりあえず、心の中で必死にコースケに向かって呼びかけることにした。

 といっても、神になる前のダメ親父の面影に、ではない。

 この前夢で見た、弥勒菩薩半跏思惟像の姿をしたコースケに、である。

 しかし、気がかりもあった。

 アルカイックスマイルで有名な、広隆寺の半跏思惟像そっくりなコースケは、あの時ひどくくたびれて見えたのである。

 本家と違い、木彫りではなく青銅製に見えるその胴には、おびただしい緑青が浮き出てしまっていた。

 前回のサバイバルゲームの最後に彼が起こした奇跡。

 すなわち、”時間の巻き戻し”は、神をもってしても膨大なエネルギーを必要としたらしく、それ以降、ごくまれにコンタクトはあったものの、コースケとはろくに意思の疎通ができなくなってしまっていたのである。

 どうやらコースケは、光と一平のふたりに記憶を取り戻させ、青柳唯の許へ送り込むことに残りのエネルギーの大部分を使い果たしてしまったようなのだ。

 それがわかっているだけに、祈りながらも僕は半ば絶望的な気分に陥っていた。

 あの時同様、夢で見せてくれるだけでいい。

 いったい窮奇の弱点は何なのだ?

 どうすれば、あずみを救い出すことができる?

 が、心の底からの祈りも空しく、いっこうに変化は現れなかった。

 視界に映るのは、数十メートル先で窮奇に組み伏せられているあずみの無残な姿だけである。

 右腕のないあずみは、それでもようやく左腕の自由を取り戻して、魔獣の下顎をがっしりと掴んでいる。

 あずみの顔の真上で窮奇が獰猛な口をガチガチ嚙み合わせ、白濁した涎を垂らしている。

 その虎そのものの鉤爪が裸のあずみの胸に食い込み、あの自慢の乳房が真っ赤な血で染まってしまっていた。

「コースケ、なんとか言えよ!」

 どす黒い絶望の渦に吞み込まれそうになって、僕がやけくそで叫んだその時だった。

 不思議なことが起こった。

 一瞬、視界からあずみと窮奇の姿が消え、テレビのチャンネルを替えるように、それが別の光景に切り替わったのである。

 岸壁から生えた、ねじれた樹木。

 その下の地面に、何か落ちている。

 ん?

 だけど。

 次に目を凝らそうとした時には、すでにその光景は消えていた。

 苦しげなあずみの横顔と血まみ乳房が、また目の前に戻ってきたのだ。

 なんだろう?

 僕は心の中で首をかしげた。

 今のは何なんだ?

 目の錯覚などではなかった。

 僕は一切顔を動かしていない。

 さっきからずっとあずみを注視しているだけなのだ。

 だから、別の風景が見えるはずがないのである。

 ひょっとして…?

 ふと思った。

 今のが神の掲示なのか?

 今見た光景は、エネルギーの枯渇したコースケが、最後の力を振り絞って僕に見せたものだとしたら?

 それは、どこかで見た景色だった。

 それも、つい最近。

 あの岸壁。

 そして樹木。

 明らかに、このあたりの風景と一致している。

 僕はそろそろと身を起こし、場所を移動した。

 岸壁に沿って、門のあるほうへと数メートル、近づいてみた。

 門が見える位置まで来たところで、あずみと窮奇から視線を逸らし、慎重に周囲を眺め渡してみる。

 大して苦労することもなく、すぐにそれは見つかった。

 あずみと窮奇がの図体が巨大すぎて、その陰に隠れて今まで見えていなかったのである。

「そういうことか」

 僕はひとりごちた。

「コースケ、あんた、あれを俺に見せたかったんだな」

 一瞬前に見えた光景にそっくりな樹木が、門の向こう側の岸壁に生えている。

 そして、その下に落ちているのは…。

 まさにコロンブスの卵だった。

 こんなこと、もっと早く気づくべきだったのだ。

 何も、神に教えてもらうまでもなかったじゃないか。

 でも、と僕は必死で考えた。

 問題は、どうやってあそこまでいくか、である。

 あの場所にたどり着くには、どうしても窮奇の前を通らなければならないのだ。

 窮奇は確かにあずみに動きを封じられているが、さっきのサトの例もある。

 僕が目の前を通れば、当然サトを吹っ飛ばしたあの尻尾が襲ってくることだろう。

 なんとか、魔獣の注意をほかに逸らさなければ…。

 ならば、方法はただひとつ。

 僕はっずしりと重いS&Wを持ち上げた。

 僕にできることと言えば、もうこれしかない。

 確かにあずみの支えのない僕は、射撃手としては落第だ。

 いわばノーコンのピッチャーみたいなものだからだ。

 しかし、今は何も窮奇に弾を当てる必要はない。

 要は音であいつの注意を逸らせばいいだけなのである。

 背中を後ろの岩盤につけ、なるべくあずみから離れた位置を狙う。

 窮奇の真上、外輪山のへりあたりだ。

 両腕を伸ばし、照準を合わせ、トリガーに人差し指を絡めた。

 あずみの、

「ファイア!」

 を思い出し、指先に思いっきり力を込めた。

 轟音、そしてすさまじい衝撃。

 身体と腕が背後の岸壁にぶち当たる。

 外輪山の上の方で爆発が起こり、砂塵と礫が舞い上がった。

 その音に驚いたのか、

「グアアアアアッ!」

 警戒の唸り声をあげて、窮奇が上方を振り仰いだ。

 チャンスだった。

 僕は岸壁を蹴ってダッシュした。

 背中を丸め、わき目もふらずに一気に窮奇とあずみの横を駆け抜ける。

 ほんの数十メートルの距離だったが、それが今はマラソンコース並みに遠く感じられた。

 が、コースケが見せてくれた通りだった。

 幸い、それはまだそこに残っていた。

 樹木の下に頭から滑り込むと、僕はそれを両腕に抱きしめた。

 やった!

 これであずみを助けられる!


 が、喜ぶのは早すぎたようだ。

 体勢を立て直そうと、膝をついて上体を起こした瞬間である。

「お兄ちゃん!」

 ふいにあずみの悲鳴が聞こえたかと思うと、次の瞬間、背中一面に激痛が走った。

「あうっ」

 僕は大きくのけぞり、絶叫した。

 窮奇のあの強靭な長い尾が、僕の身体を斜め上から打ちすえたのだった。

 やにわに視界が揺らいだ。

 地面が遠ざかっていく。

 尾が腰に巻きつき、僕を魔獣のほうへと運んでいる。

 万事休すとはこのことだった。

 せっかくあずみを助ける方法が見つかったというのに…。

 まったく、なんてことだ…。

 痛みに意識が薄らいでいく。

 またしても苦い絶望で胸がいっぱいになっていく。

「この化けもの! お兄ちゃんに手を出すなんて、あずみが絶対に許さない!」

 窮奇に抑え込まれたまま、泣き出しそうな目で僕を見上げてあずみが叫んだ。

 あずみ、ごめん…。

 僕はうなだれた。

 やっぱり僕は、生まれついてのボンクラだった。

 おまえを救うヒーローには、一生なれっこない。

 あずみの左腕が、窮奇の力に耐えかね、少しずつ押されていく。

 魔獣の鋭い牙が、その白い喉に食い込んだ。

 肌からジワリと赤い液体が滲み出し、あずみの肩甲骨あたりを伝って落ちた。

 そして窮奇が、勝ち誇ったように咆哮した。

















 
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