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ハイスペック過ぎる妹を守るため、死霊の島で明日に向かってゴールをめざす 作者:春風小夏

第1章 因習の島

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scene 7 侵蝕①

「はい、やめ!」

 大教室いっぱいに、教官の声が響き渡った。

 とたんに、たまらない開放感が胸の底からこみ上げてきて、

「やったあ!」

 僕は思わず右の拳を天高く突きあげていた。

 長かった大学の前期試験。

 その最後の科目の試験が、今終わったのである。

「何が『やったあ』なのかね?」

 すり鉢の底にある教壇から銀髪の教官が、眼鏡の縁を光らせて、じろりと僕を睨んできた。

「い、いえ、あの…」

 振り上げた手でついでに頭を掻くと、僕は曖昧な笑みを返してみせた。

 後ろから回ってきた答案に自分のを重ねて前の席に回し、気もそぞろに大教室を出た。

 明日から夏休み。

 この瞬間からたっぷり2ヶ月、僕は自由の身になれるのだ。

 これが叫ばずにいられるかってんだ。

「おい、アキラ、きょう空いてるか」

 玄関ロビーに降りると、ぽんと肩を叩かれた。

 振り向くと、同じ学科の山梨孝司が立っていた。

 孝司はいかにも今ドキの大学生といった感じの、適度にチャラ夫が入ったイケメンである。

 顔面偏差値は、おそらく僕より10は上だろう。

「ん? なんでだよ?」

「いや、実は今晩、英文科の女子たちと合コン企画してるんだけどさ、男に一人欠員が出ちまって」

「うう」

 僕は呻いた。

 英文科といえば、美女ぞろいと名高い、うちの大学のいわば花園みたいなものだ。

 興味がないといえば、嘘になる。

「用は…ないといえばない。あるといえば、ある」

「なんだ? どっちなんだよ? どうせ暇なんだろ。もったいつけてどうする」

 孝司が焦れたように言った時だった。

「待ったあ?」

 聞き慣れた声が降ってきた。

 夏の日差しが燦々と降り注ぐキャンパスに、タイトなミニワンピースに身を包んだ少女が佇んでいる。

 グラビアから抜け出してきたような見事なボディ。

 ショートボブの似合う、小さめな顔。

 あずみだった。

「な、なんだ?」

 今度は孝司がうめく番だった。

 近づいてくるあずみを、呆然と眺めている。

「お、おい……」

 なんだか口をぱくぱくさせている。

「こ、この娘、誰?…」

 あずみは孝司には目もくれず、まっすぐに僕の前まで歩いてくると、

「会いたかった」

 少し背伸びして、だしぬけに僕の右頬にキスをした。

「な、何だと?」

 孝司がつぶやくのが聞こえた。

 かなりショックを受けているようだった。

 キャンパスベスト3に入るイケメンのプライドが崩壊する音が、かすかに聞こえた気がした。

「お・に・い・ちゃん」

 あずみが僕の腕を抱え、にっこり笑いかけてくる。 

「こら、あんまりくっつくな」

 僕はあずみから身を引きはがそうともがいた。

「しがみつくなって。おまえ、ただでさえ暑苦しいんだから」

「暑苦しいって、どこが?」

 あずみが西瓜のような胸を摺り寄せてくる。

 大きく割れたワンピースの襟元から、深い谷間が覗いていた。

「それだよ」

 と言いかけたとき、

「す、すまん、リア充のおまえに合コンは不要だったな。ほ、他を当たるよ」

 孝司が泣き笑いの表情で、僕とあずみを交互に見つめながら、言った。

「合コンって、なあに?」

 無邪気に小首をかしげるあずみ。

「おにいちゃんは、これからあずみとイオンに水着を買いに行くんだよ。ね、そうだよね。まさか忘れてないよね? ねえ、お・に・い・ちゃん」

 いきなり痛いところを突かれ、僕はびくりと背筋を伸ばした。

 ひょっとして聞こえていたのかもしれない、と思った。

 身体能力と嗅覚だけでなく、耳までハイスペックなのか。

 この地獄耳めが。

「イオン?」

 孝司の眼は点になっている。

「こんなかわいいカノジョがいながら、よりによってイオンだと?」

 信じられないといった口調でつぶやくと、

「えー? イオンじゃだめなの?」

 それを耳ざとく聞きつけたあずみが、いかにも心外だというふうに口を尖らせた。

「あずみはイオン大好きだよ。マックもスガキヤも映画館も100円ショップもユニクロもゲームコーナーも何でもあるし、涼しいし。ここは東京じゃないんだから、そんなこと言ってかっこつけてもだめなんだよ、ね、お・じ・さ・ん」

「おじさん?」

 孝司はよろめいたようだった。

 この世で最強なのは、まさしくダイナマイトボディの女子中学生である。

「せっかく誘ってくれたのに、悪かったな。次の機会に、また頼むよ」

 僕は合コンを断念して、孝司に手を振った。

 後ろ髪を引かれる思いだったが、仕方なかった。

 明日の出発に備えて買い出しに行く。

 確かにそれがあずみとの約束だったからである。













 
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