挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ハイスペック過ぎる妹を守るため、死霊の島で明日に向かってゴールをめざす 作者:春風小夏

第5章 四凶

79/101

scene 78 四凶 其の四 窮奇➀

「よわっ」

 あずみの腕の中でぐったりとなった混沌を見て、僕は無意識のうちにそう呻いてた。

 鳴り物入りで登場した第3の魔獣、混沌。

 美少女の姿をしたその怪物は、開幕10分としないうちに首の骨を折られてこと切れていた。

 よく見ると、少女の額に青い青龍の矢が突き立っている。

 空中からあずみが投げたに違いない。

 だからバリアを破られた混沌は、あずみの怪力にいともた易く瞬殺されてしまったというわけだ。

 あずみは前もって、サトから矢を譲り受け、どこかに隠し持っていたということか。

 あの格好で物を隠せるとしたら、その場所はただひとつ。

 熟し切った果実に挟まれた、深い渓谷のような胸の谷間である。

「迷わず成仏してね」

 あずみが混沌の死骸を、門を塞いだ黒い靄の塊の中に放り込んだ、その瞬間だった。

 またしてもあのゴゴゴッと大地が揺れる音がして、地響きを立てながら外輪山が回り始めた。

 これまでの流れで行けば、やがて北の魔獣、窮奇(きゅうき)が登場するはずである。

窮奇(きゅうき)って、どんなやつでしたっけ?」

 僕は背後を振り返って、岩角に身を潜めている光に声をかけた。

窮奇(きゅうき)とは、翼の生えた虎。四凶の中ではもっとも知能が高く、人語を解するといわれている。だが、その性格はかなりひねくれていて、正しいことを口にする者がら先に食べる、という…」

 コートの裾をなびかせて姿を現すと、光が答えた。

「空を飛ぶから強敵だけど、いよいよ最後の一頭よ。気合いを入れていきましょう」

「らじゃ」

 僕はM&Wに新しい弾倉をセットした。

 残るマグナム弾は6発である。

 外輪山を超えてからもおそらく闘いは続くだろうから、この窮奇戦で全弾撃ち尽くしてしまうわけにはいかなかった。

 できれば使用するのは1,2発でとどめたいところだ。

 あずみが戻ってきた。

 心なしか沈んだ表情をしている。

「混沌、ちょっとかわいそうだったね。なんだかあずみ、人殺しになった気分だよ」

 僕の肩に顔をうずめると、沈痛な声で言った。

「そんなことはない」

 僕はあずみのショートボブの髪に手を置いた。

「あずみがやらなかったら、俺たちはあの混沌砲とやらで、宇宙の墓場まで吹っ飛ばされてたんだ。あずみは命の恩人だよ」

 子どもの頃よくやったように、柔らかい髪の毛を5本の指でわしゃわしゃかきまぜてやる。

 ガガガガッ。

 その時、耳障りな音とともに、外輪山の回転が止まった。

「来るよ!」

 光の警告の声が飛ぶ。

 僕はあずみの肩を抱いて光の待つ岩陰に走った。

 岩の角に身を隠して首を伸ばすと、舞い上がる砂埃の向こうに新しい門が静止するのが見えた。

「え?」

 予想外の光景に、僕は目を見張った。

 門が開いている。

 門を塞ぐ魔獣の石像も、黒いカオスの靄もない。

 岸壁に埋まった2本の黒い鳥居の間に、ぽっかりと洞窟の入口が青白い口を開けているだけなのだ。

「何も、いない…。ひょっとしてこれ、すごいチャンスなんじゃ…」

 光に向かって、そう話しかけようとした時である。

「だまされちゃダメ!」

 光が叫んだ。

「上よ! 窮奇は上に居る!」

 その声と、強烈な突風が頭上から襲ってくるのが、ほとんど同時だった。

 突風に煽られ、体が浮くのがわかった。

 もんどり打って地面に転がった僕は、見た。

 太陽を覆い隠して、巨大な鳥のような生き物が舞い降りてくる。

 翼長は10メートルもあるだろうか。

それはまさしく、翼の生えた虎だった。

 混沌のような擬人化は一切ない。

 黄色に黒い縞の、あのおなじみの虎の顔がぐんぐん迫ってくる。

 ずらりと鋭い牙の並んだ口。

 らんらんと輝く燃えるようなふたつの目。

 窮奇は僕らの目と鼻の先に盛大に砂埃を舞い上げながら着地すると、天を仰いでひと声吼えた。

 あまりの大音響に、崖の上の木々の葉がざわざわと揺れて舞い散るほどだった。

「お兄ちゃん、キスして!」

 仰向けにひっくり返った僕の上に、いきなりあずみがのしかかってきた。

 たわわな胸が顔に押しつけられる。

 あずみはすでにブラをむしり取っていた。

 開けた口の中に乳首が入ってきた。

 舌で乳頭をひと舐めして、強く吸ってやる。

 同時にもう片方の乳房を掌で包んでひと揉みすると、

「ああんっ」

 あずみが喉の奥で悩ましげな喘ぎを漏らした。

 が、そこまでだった。

 次の瞬間、あずみはすでに次の行動に移っていた。

「サトちゃん、玄武の矢を!」

「茶色の奴だべか」

 サトがあずみに、四神の矢の最後の一本を手渡した。

「ありがと」

 それを右手につかみ、窮奇のほうを振り向くあずみ。

 遠近法の狂った絵画を見るように、その裸身がが少しずつ大きくなっていく。

 パンティが弾け飛び、全裸になると、あずみの身長は優に5メートルを超えていた。

 窮奇とほぼ同じくらいの背丈である。

 巨大化したあずみを見て、窮奇がまた吼えた。

 翼が水平に広がったかと思うと、ばさっと大きく羽ばたいた。

 キィィィーン!

 可聴域ぎりぎりの音波が耳をつんざいたその瞬間、信じられないことが起こった。

 立ち上がって窮奇と向き合ったあずみの右肩で、突然真っ赤な血がしぶいたのだ。

 玄武の矢を持ったあずみの右腕が、つけ根から切断されて宙に舞い上がった。

「あああああ!」

 あずみが絶叫した。

 血の吹き出す右肩を左手で押さえて、がっくりと地面に蹲る。

「しまった!」

 光がうめき声を上げた。

「忘れてた。窮奇は風の妖怪。日本では、鎌鼬(かまいたち)と混同されることもある…」

「カマイタチ…」

 僕は呆然とつぶやいた。

 では、あずみの腕を切断したのは、鎌鼬の仕業だというのか。

 勝鬨(かちどき)を上げ、虎の怪物があずみにのしかかった。

 裸のあずみを仰向けにすると、前足で身体を大地に押しつけ、獰猛な口をガっとばかりに開いた。

 あずみの横顔が恐怖にゆがむ。

「サトちゃん、玄武の矢を!」

 光が鋭く言った。

「あずみちゃんの右腕を回収して! あの矢があればまだ勝機はあるから!」

「了解だべ」

 サトが走った。

 窮奇の足元に落ちたあずみの腕に向かって、(ましら)のごとく駆け寄った。

 その背中に、窮奇の鞭のように長い尾が打ち下ろされる。

「あうっ」

 つんのめって、サトが吹っ飛んだ。

「くそ」

 それを目にするなり、今度は光がヨーヨーを両手に構え、岩陰から果敢に飛び出した。

 走りながら、アンダースローで窮奇の前足に向けて単分子チェーンを展開する。

 しかし、バリアで守られた魔獣には効かなかった。

 ヨーヨーは窮奇の脚にくるくるとまきついただけだった。

 切れないのだ。

 窮奇が前足を振ると、その勢いで光の細身の体が軽々と宙を飛んだ。

 地面をバウンドしながら、ずるずると魔獣の足元に引きずられていく。

 残ったのは、僕ひとりだった。

 僕はガタガタ震えながら、銃を両手で支えて腰を落とした。

 勝算なんてあるわけがなかった。

 あずみや光に当てずに窮奇に弾を命中させる腕前は、僕にはない。

 だいたい、仮に当たったところでまだ窮奇のバリアは健在なのだ。

 光の単分子チェーンすら効かなかった相手である。

 いくら大口径のマグナム弾とはいえ、とても銃が通用するとは思えない。

「お兄ちゃん…」

 魔獣に抑え込まれながら、あずみが首を曲げて僕のほうを見た。

 右肩は溢れ出る血で真っ赤に染まり、その切断面から、爆ぜた肉と腱の一部、それから白い骨が無残にも突き出ている。

「あずみ…」

 腹の底から、煮えたぎるマグマのように、熱い怒りが沸き上がるのがわかった。

 しかし、僕にはなすすべが何もないのだ。

「コースケ、どうしたらいい?」

 必死の思いで、僕はつぶやいた。

 そのときの僕にできることといえば、ただひとつ。

 それは、神に祈ることだけだったのである。





 
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ