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ハイスペック過ぎる妹を守るため、死霊の島で明日に向かってゴールをめざす 作者:春風小夏
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scene 76 四凶 其の参 混沌②

「なんだかよくわかんないですね」

 僕は正直な感想を口にした。

 尻尾をくわえてぐるぐる回っている犬?

 空を見上げて笑っている?

 なんだそれは。

 全くイメージがつかめない。

 第一、そんなの、全然強そうじゃない。

 だが、先の饕餮(とうてつ)の例もあるので、油断は禁物だ。

 饕餮(とうてつ)にしたって、文献上の記述ではまるで強そうじゃなかったのだ。

「まあ、そこが混沌の混沌たる所以でしょうね」

 光が要領を得ない返事を返してきた。

 説明した本人にも、よくわからないのだろう。 

「とにかく、百聞は一見に如かずでしょ? 行ってみるしかないんじゃないかな」

 チュ-ブインゼリーを4本食べて元気を取り戻したのか、うーんと大きく伸びをしてあずみが言った。

 最小面積の下着だけに覆われたその肢体は息を呑むほどエロチックだが、肩のシップだけはさすがにちょっと痛々しい。

「もう日が高くなってるから、唯救出の期限まであと1日半。話し込んでてもしようがないよ」

「そうだね」

 光がうなずいた。

「じゃ、みんな準備を。サトちゃんは青い青龍の矢、アキラ君はマグナム弾の予備弾倉を忘れないこと」


 外に出ると、気温が上がり、さすがに暑くなっていた。

 影の短さから、太陽が頭の真上にあることがわかる。

 ミンミンゼミとクマゼミの鳴き声のシャワーに追い立てられるようにして、僕らは西の門へと向かった。

 本当なら門の前を素通りして、空いている北の門に直行したいところである。

 が、事がそんなにうまく運ぶとは思えなかった。

 常識的に考えてみれば、梼杌(とうこつ)がさっきの地震で目覚めたように、混沌も地震で覚醒している確率が高いのだ。

 おそらく、石像の前を素通りしてきたの門へ向かうなんてのは不可能だろう。

 それどころか、混沌のやつ、僕らがノコノコ現れるのを首を長くして待ち受けているに違いない。


 外輪山に沿って道は緩やかにカーブしている。

 最後の曲がり角に着いたところで、僕らはいったん歩を休めて門の様子をうかがうことにした。

「なんだべさ、ありゃあ」

 最初に首を出したサトが呆気にとられたようにそうつぶやくのを聞くと、好奇心を抑えきれず、僕もその横からおそるおそる岩の向こう側を覗いてみた。

「う」

 呻くしかなかった。

 そこにあるのは、黒い渦巻きだった。

 岩に刻まれた二本の柱の間に、ブラックホールのような渦巻きができている。

 それは竜巻よろしくぐるぐる回っていて、近づくだけで中に吸い込まれそうだった。

「とても犬には見えないけど」

 僕の頭の上から首を出したあずみが言った。

「あれで、犬が自分の尻尾を咥えて回ってる図、ってことになるのかな」

 ブラに包まれているとはいえ、僕の左肩におっぱいが乗る格好になっていて、それはそれでたいそう居心地が悪かった。

 これではまるで、触ってくれといっているようなものではないか。

「高速回転のあまり溶けたんだろうよ。ちびくろサンボの虎みたいにさ」

「ちびくろサンボって何?」

「黒人差別ってことで発禁になった絵本だよ。もうずいぶん昔のことだけどな」

「さっすがお兄ちゃん、物知りだね」

「おまえより歳食ってるだけだよ」

「とりあえず、マグナム行ってみようか」

 あずみと僕のたわいもない会話を遮って、背後から光が言った。

「あのカオスのど真ん中に一発打ち込んでみて、それでどうなるか様子を見てみない?」

「いいですよ」

 僕はS&Wを背中のリュックから取り出した。

 弾倉にはちょうどあと一発残っている。

 これを使い切れば、新しい弾倉に替えることができるのだ。

「じゃ、あずみも手伝うね」

 にこっと笑ってあずみが言った。

 確かにあの中心をぶち抜くのは、僕ひとりの腕前では無理である。

 しかし、下着姿のあずみに二人羽織されるというのはどうだろう?

 緊張以前に、興奮で身体が硬くなってしまうのではなかろうか。

 が、あずみのほうには何のためらいもないようだった。

 僕はあずみにひきずられるようにして、混沌の正面に立った。

 煙のような渦の直径は5メートルくらいか。

 これまで2体の魔獣とほぼ同じ大きさだ。

 ふと気づくと、梼杌(とうこつ)の死骸も饕餮(とうてつ)の死骸もきれいになくなっていた。

 食い荒らされ、首を引きちぎられた藤野の死体も、である。

 ひょっとして、みんなこいつが食べるか吸い込んだか、したのだろうか。

 だとしたら、ますますこの混沌、侮ることなんてできそうもない。

「構えて。お兄ちゃん」

 あずみの声に、僕はS&Wを両手に構え、照準を台風の目のような渦巻きの中心に合わせた。

 あずみが熱い身体をぴったり寄せてきて、僕の手の上から銃を掴んだ。

「いいよ。撃っちゃって」

 かぐわしい吐息が鼻腔をくすぐった。

「おk」

 僕はトリガーに指をかけた。

 慣れてきたから怖くはなかった。

 心強い天然エアバックに支えられているせいもある。

「ファイア!」

 あずみの号令に合わせて、思いっきりトリガーを弾く。

 轟音とともに、バッドで殴られたような衝撃が来た。

 だが、あずみが抱きついているため、身体は微動だにしなかった。

 腕の衝撃を、あずみのふたつの柔らかいフルーツがすんなり吸収してしまったのだ。

「あ」

 そのあずみが叫んだのは、僕が銃に予備弾倉を装填しようとリュックを下ろした時だった。

 見ると、渦の動きが止まっていた。

 その黒い円形の靄の奥に、人影が現れた。

 ライオンのたてがみのように波打つ緑色の豊かな髪。

 銀色のボディスーツ。

 太腿むき出しの、銀色のブーツに包まれた長い脚。

 メリハリのあるボディを惜しげなく曝した、若い女である。

「サンキュー。ぐるぐる止めてくれて」

 靄の中から夏の陽光の中に一歩踏み出すと、馴れ馴れしい口調で女が言った。

 髪の毛だけではなく、瞳もきれいなエメラルドグリーン。

 白い顔の中で鼻の頭だけがなぜか黒く、ぴんと立った白い髭が左右に三本ずつ生えている。

 よく見ると、ショートパンツ風の尻からは尻尾まで生えていた。

「あんた、犬なの?」

 呆れ声であずみが訊いた。

「あたしは混沌。よろしくね」

 いたずらっぽく微笑んで、女が言った。

「仲間がふたり、あなたのお世話になったそうね。さ、あたしもお手並み拝見といこうかしら」








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