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ハイスペック過ぎる妹を守るため、死霊の島で明日に向かってゴールをめざす 作者:春風小夏
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scene 74 四凶 其の弐 梼杌⑤

 たとえばアニメや特撮ヒーローもので主人公が変身する場合、全身が光に包まれたりといった派手なエフェクトがかかるものだが、あずみの場合はそうではなかった。

 遠近法を逆回しにするみたいな感じ、とでもいったらいいだろうか。

 あずみが一歩一歩足を進めるたびに身体が大きくなっていく。

 そんな印象なのである。

 今がちょうどそうで、洞穴を出て数歩歩くとあずみはすでに身長5メートルを超す巨人に変貌していた。

 といっても、外見はまるで変わらないので、その点が救いといえば救いである。

 ただ肉体の巨大化によって穿いていたパンティが粉微塵になり、全裸になるだけなのだ。

 僕はふと、あずみのやつ、いったい何枚替えのパンティを持ってきたのだろうと、少し心配になった。

 が、それこそ今はどうでもいいことで、僕としてもこれから始まる梼杌(とうこつ)戦に全力を尽くすべきであることは重々承知の上だ。

 だからこそいつでも発砲できるように、バカでかいS&Wを両手に構え、そろそろとあずみの後をついて外に出てきたのである。

 先のことを考えなければ、夏らしいさわやかによく晴れた朝だった。

 真っ青な空の彼方に真っ白な入道雲が浮かび、遠くでミンミンゼミが鳴き始めている。

 空から視線を下げると、僕の頭より高い位置に発達したあずみの丸い尻があり、開いた股の間から向こう側の光景が見えた。

 まず視界に飛び込んできたのは、ずたずたに引き裂かれた人間のなれの果てだった。

 纏っている服からして、藤野の死体であることは火を見るより明らかだ。

 そして次に、血まみれの山のような肉塊。

 きのうあずみに倒されて抜け殻状態になった饕餮(とうてつ)である。

 饕餮(とうてつ)の死骸も、藤野同様無残に食い散らかされているようだった。

 食ったのはもういうまでもない。

 2番目の魔獣、梼杌(とうこつ)だ。

 そいつは、魔獣の死骸と藤野の死体の中間あたりにそびえ立っていた。

 成獣のアフリカ象ほどもありそうな、人面の虎である。

 近寄るあずみを見ると、魔獣が巨大な頭を揺らして吼えた。

 鬼の顏は口がこめかみあたりまで裂け、その両端から二本の象牙のような牙が突き出ている。

 背後では先が房になった長い尻尾が、まるでそれだけ別種の生き物ででもあるかのように、くねくねと宙をのたうっている。

「許さない」

 あずみが低い声で、歯ぎしりするように言った。

 右手に朱雀の矢を握って、両手をだらりと脇に垂らし、梼杌(とうこつ)から僕らを守るように、大地に脚を踏みしめて仁王立ちになっている。

「あずみ、あの牙に気をつけろ。あれさえ避ければなんとかなる。あの図体からして、動きはおまえのほうが速いはず。一発勝負で眉間を狙うんだ」

「任せて」

 あずみが前方を睨み据えたまま、短く答えた。

「心配しないで。お兄ちゃんのモミモミ、効いてるから」

「モミモミ…? この期に及んで、まだそれをいうか」

 僕がぼやくのと、魔獣が動くのとが、ほとんど同時だった。

 がっと口を開くと、立ちはだかるあずみめがけて、梼杌(とうこつ)が突進を始めたのだ。

「あずみ! 危ない!」

 動こうとしないあずみを見て、僕は叫んだ。

 魔獣の牙が見る間に裸のあずみに迫る。

 牙が肌に触れる瞬間、今度はあずみが動いた。

 身体をはすにして牙をかわすと、左腕を魔獣の首に回し、ヘッドロックの要領でぐいと抱え込んだのだ。

「くらえ!」

 あずみの右腕が高々と上がった。

 振り下ろされた朱雀の矢が、正確に魔獣の眉間を捕らえ、貫いた。

 梼杌(とうこつ)が絶叫した。

「やった!」

 僕は我を忘れ、立ち上がった。

 なんという早技。

 なんという無駄のない攻撃だろう。

 開幕30秒もしないうちに、あずみは魔獣を仕留めてしまったのである。

 すごい。

 僕は感動に身を震わせた。

 さすがわが妹。

 いや、マルデックの戦士。

 だが。

 喜ぶのは、いささか早急過ぎたようだった。

 それまで宙を舞っていた魔獣の尾が、その時、だしぬけに動いた。

 放物線を描いて飛来するなり、突然あずみの首に巻きついたのだ。

 魔獣は明らかに死にかけていた。

 鬼の貌の中の目から、光が薄れていくことからもそれとわかる。

 だが、尻尾はまだ生きていた。

 大蛇のようにあずみの細い首に絡みつくと、ギリギリ締め上げにかかった。

 あずみが苦しげにのけぞり、あえぐように口を開けた。

 半開きの唇の間からピンク色の舌が覗き、

 ごぼっという嫌な音がして、血の塊が吹き出してきた。

「あずみ!」

 僕の叫びも空しく、あずみががっくりと地面に膝をつく。

 巨大な乳房が目の前で大きく揺れ、その白い表面を血の筋が伝った。

 あずみが、死ぬ。

 僕の最愛の妹が、あろうことかこの僕の目の前で。

 そんなこと、断じてあってはならなかった。

 僕は意味不明の言葉を叫びながら駆け出した。

 頭に血が上り、もう何も考えられなくなっていた。

 あずみの横を駆け抜け、魔獣の下に滑り込むと、銃身をその黄色と黒の毛皮に覆われた腹に向けた。

 スライディングしながら、思いっきり引き金を引いた。

 いくら僕がぼんくらでも、外しようのない距離だった。

 梼杌(とうこつ)のバリアは、朱雀の矢ですでに解かれている。

 耳を聾する轟音とともに目の前で50㎜マグナム弾が炸裂し、魔獣の毛皮に真っ赤な穴が開く。

 吹き出した血潮と臓物が、滝のように僕の顔に降りかかってきた。

 頭上で怪物の巨体がぐらりと揺れ、次の瞬間、地響きを立てて横倒しになった。

 ほうほうの(てい)で這い出ると、崩れ落ちた梼杌(とうこつ)から少し離れたところに、全裸のあずみが胎児のように体を丸めて倒れているのが、目に入ってきた。

 首に巻きついていた尾は途中で断ち切られ、死んだ蛇みたいにその横でとぐろを巻いている。

「ごくろうさん」

 見上げると、手甲を嵌めた手にヨーヨーを握った光が、コートの裾を翻しながら、僕を見下していた。

 魔獣の尾を断ち切ったのは、光の単分子チェーンだったのだ。

「といいたいところだけれど、のんびりしてる暇はないわね」

 背後の岸壁のほうを振り返って、光が言った。

「ほら、始まった。次の魔獣の登場よ」

 言われるまでもなかった。

 その振動には僕も気づいていた。

 外輪山が、また回転し始めているのだ。

「サトちゃん、あずみちゃんをキャンプに運んで。もう一度戻って、体勢を立て直すわよ」

 光の背後からサトが姿を現した。

 ぐったりとなったあずみを抱え起こすと、涙声でつぶやいた。

「あずみちゃん、ありがとな…。副番頭さの仇、討ってくれて」

 その声に、目を閉じたまま、あずみはうっすらと微笑んだようだった。











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