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ハイスペック過ぎる妹を守るため、死霊の島で明日に向かってゴールをめざす 作者:春風小夏
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scene 72 四凶 其の弐 梼杌③

 大地の底から突き上げるような縦揺れに続き、ゆるやかな横揺れがやってきた。

 それは思いのほか長く続き、その間僕はじっとあずみの白い肩を抱いていた。

「地震?」

 あずみが僕を見上げた。

「怖い」

 目をぎゅっと閉じると、僕を抱きしめる腕に力を込めた。

 あずみの尋常でない体重が上半身にかかり、危うくひっくり返りそうになった時、

「かなり揺れたな」

 光たちとは反対側にシェラフを敷いて眠っていた藤野が、むっくりと起き出してきた。

「今年になって多いんだよ、震度3以上の地震が。島の者たちの中からは、骨山が噴火する前触れじゃないかって声も出ていたほどだ」

「骨山って、この外輪山の向こうのカルデラのことですよね? あ、そうか、ここいら一帯は、標高の低い火山の一部なんだ」

「そう。島ではこの荒神山を骨山と呼んでいる。骨車さまの住まう魔の山ってことでね」

 藤野はサト同様、骨車を呼び捨てにはしなかった。

 たとえ邪神とはいえ、曲がりなりにも神の眷属だからだろうか。

「まあ、熊本の阿蘇山の例もあるから、カルデラで噴火が起こっても不思議じゃないがな」

 煙草でも吸うつもりなのか、作務衣のポケットからライターと煙草のパッケージをつかみ出すと、藤野は腰をかがめて洞穴の外に出ていった。

「もしそれが本当なら」

 あずみが思いつめた表情でひとりごちた。

「一刻も早く唯と一平ちゃんを助け出さないと」

「そうだよな」

 僕はうなずいた。

「どの道、期限まであと一日半しかないんだ。まずは今日のうちに梼杌(とうこつ)と、できればもう一匹、東の混沌(こんとん)を倒しておきたいところだけど」

 きのうの饕餮(とうてつ)戦の後に起こった出来事から想像するに、梼杌(とうこつ)を倒してもすぐまた外輪山が回転し、入り口を次の混沌が塞いでしまうに決まっている。

 ん?

 でも、それなら…。

 そこまで考えた時、ふと閃いた。

 南の梼杌(とうこつ)が西の饕餮(とうてつ)の門までずれてきたならば、1か所だけ、魔獣のいない”門”ができたのではあるまいか?

 南が西へ。

 ということは、東の混沌が今、南の梼杌(とうこつ)の門に来ており、北の窮奇(きゅうき)が、東にずれてきているはずである。

 つまり、空いているのは窮奇(きゅうき)の動いた後の入り口、すなわち北の門ということになる。

「北だ」

 僕は思わずつぶやいていた。

「北の門をめざせば、四凶と戦わずして中に入れるはずなんだ」

「どういうこと?」

 僕にしがみついたまま、あずみが眼を上げた。

「一匹いなくなったから、門がひとつ空いたってことだよ。それはおそらく窮奇が守っていた北の門だ。今俺たちの居るのは西の門の近くだから、外輪山に沿って反時計回りに進めばすぐのはず」

「じゃ、今のうちに移動を開始すれば、戦わずしてこの壁の向こうに行けるってわけ?」

「そういうこと」

 答えたのは僕ではなく、光だった。

 さっきの地震で目が覚めたらしい。

「あずみちゃんも元気になったみたいだし、梼杌(とうこつ)が石になってる間に前を通り抜ければ、北の門まで楽に辿りつけるわね」

「なら、急がねえと」

 同じく揺れで目を覚ましていたらしく、掛け布団代わりのバスタオルを跳ねのけて、サトが言った。

「サトちゃんは、万が一、梼杌(とうこつ)が目覚めた時のために、弓の準備を」

「うう、今度は何色を使えばいいだべ? 梼杌(とうこつ)が南を守る魔獣てことは…」

「朱雀の赤。四神で南に当たるのは、朱雀だから」

「おお、そうだべか。どうもそったらこと、なかなか頭に入んなぐて」

 太い竹で作られたサトの矢筒には、普通の矢に混じって藤野が持参した四神の矢が入っている。

 饕餮に白虎の矢を使ったから、残るは赤、青、茶の3本だ。

 四凶はどれも独自のバリアみたいなものを張ることができるようだから、この四神の矢は魔獣退治の必須アイテムといえるのだ。

「問題は梼杌(とうこつ)の弱点部位だけど、これが資料を紐解いてみても今一つ、よくわからない。人面の虎と猪のキメラというだけではね」

「それなら大丈夫」

 今朝見た夢を思い出して、僕は言った。

「夢でコースケが教えてくれたんです。梼杌(とうこつ)のウィークポイントは、おそらく”ここ”」

 鼻柱の少し上の部分をを指さしてみせると、

「なるほど、”第三の目”、邪気眼か。ヒトで言えば、松果体への通り道ね」

 呑み込みの早い光がうなずいた。

「コースケさんなら以前私や一平の夢枕にも現れたから、案外正しい予言といっていいかも」

「えー、いいなあ、お兄ちゃん、パパに会ったんだ」

 あずみが心底羨ましそうに言った。

 あんな父親失格の男でも、あずみにとっては唯一の血のつながった肉親なのである。

 コースケはあずみにだけは優しかったから、気持ちはわからないでもなかった。

「夢の中で、だけどな。今度はきっと、おまえの夢にも出てくるよ」

 僕はあずみの髪をなぜてやった。

「さあ、そうと決まったら急ぐだべ。副番頭さはどうしただ? 外で立小便でもしてなさるべか?」

 サトがそう言った時だった。

 入口の方で、だしぬけに鈍い音がした。

 何か硬いものが、地面に転がる音。

「きゃっ!」

 とっさに振り向いたあずみが、突然悲鳴を上げた。

 真っ青な顔をして、入口のあたりを見つめている。

「うそだろ…?」

 その視線を追った僕は、あまりの光景に言葉を失った。

 朝陽を浴びて、洞穴の入り口に転がっている丸いもの。

 それは、人間の頭部だった。

「副番頭さ…」

 サトが放心状態でつぶやいた。

 血にまみれた藤野の首は、もちろん答えなかった。







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