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ハイスペック過ぎる妹を守るため、死霊の島で明日に向かってゴールをめざす 作者:春風小夏

第5章 四凶

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scene 71 四凶 其の弐 梼杌②

「コースケ…」

 夢の中で、僕はつぶやいた。

 僕の親父、出雲耕介は、相変らず弥勒、つまり半跏思惟像の格好をしていて、ドライアイスの煙のような白い雲の中に浮かんでいた。

 もともとコースケは、怪しげな三流ルポライターである。

 エロ雑誌やエロサイト専門に記事を書いていて、あずみの母、ヨシコさんが死んでからというもの、ほとんど家に寄りついたことがない。

 だから僕ら兄妹にとって、この男、これまでは定期的に生活費を振り込んでくれるただのATMに過ぎなかったのだが…。

 なんと、デリヘルの取材中に、突然”神”が身体に降臨し、コースケは人類の進化の階梯を一気に飛び越えて、いきなり”仏”になってしまったというのである。

 そもそも神が憑依してなぜ仏になるのか、その点からして眉唾物なのだが、前回のサバイバルゲームの終章で僕らの前に姿を現したコースケは、実際に弥勒菩薩の格好をしていたのだから、その件についてはもはや否定のしようがなかった。

 ちなみに少し説明を加えておくと、”デリヘル”というのは”デリバリー・ヘルス”の略で、性風俗の一種である。

 注文すると、ピザの代わりに風俗嬢が家に届けられるという仕組みらしい。

 届いた風俗嬢とその後何をするのかは頼んだ人それぞれの嗜好によるのだろうけど、どちらにしろ、大学生の僕にはほとんど縁のない世界といってよかった。

 そのコースケが、夢の中とはいえ、久しぶりに僕の前に姿を現し、何かを訴えかけようとしている…。

 ただ、像の表面は緑青に覆われ、なんだか病んだ菩薩といった感じである。

 前に会った時に比べると、かなりくたびれ果ててしまっているようだ。

 時間を巻き戻すのにエネルギーを使い過ぎて、さすがの”神”も相当にへばってしまっているに違いなかった。

「あまてら…」

 僕の呼びかけにコースケが答えたのは、ずいぶんと時間がたってからのことだった。

「またかよ」

 僕はうんざりして、言った。

 やっぱりあのとき、僕のスマホに電話をかけて寄越したのはコースケだったのだ。

 最初にイオンで青柳唯と会い、あずみとともに外道の群れと戦った時のことである。

 あのときもコースケは、携帯越しに「あまてら…」とだけつぶやいて、通話を切ってしまったのだった。

「だから何なんだよ? その『あまてら』って? この島には尼寺なんてないんだぜ」

 コースケは答えない。

 相変らず”考える人”的なポーズをとって、じっと座ったままである。

 考えてみれば、ここ数年コースケとはとまともに口をきいたことがないのだから、意思の疎通を図れ、というのが、どだい無理な話なのかもしれなかった。

 が、曲がりなりにも相手が神やら仏やらの超絶的存在であるならば、訊いてみたいことがひとつあった。

「ま、『あまでら』はどうでもいいよ。なあ、コースケ、教えてくれないか? 俺たちは今、四凶とかいう古代中国の魔獣と戦ってる。そのうちの一匹、饕餮(とうてつ)は倒した。で、問題は次だ。今度の相手、梼杌(とうこつ)の弱点はどこなんだ? 饕餮の”腋の下の目”みたいに、わかりすい弱点があればいいんだが、人面+虎+猪のとうこつには、話を聞く限りでは、それらしきものが見当たらない。あずみが怪我をしてる分、できればこの戦いはあっさり終らせたいんだ。コースケも、あずみのことは可愛がってたはずだろう? なあ、最愛の娘を助けてやりたいと思わないか?」 

 僕の必死の願いが通じたのか、コースケの右腕がかすかに動き、人差し指で眉間を指し示した。

「なるほど」

 僕はうなずいた。

「そこなんだな。ありがとうよ」

 コースケは応えなかった。

 やがて白い靄が濃さを増し、視界を覆い尽して何も見えなくなった。

 妙なもの寂しさを感じて思わず手を伸ばそうとしたとき、指先が何か柔らかい物に当たった。

 目を開けると、あずみが僕の顔を心配そうにのぞき込んでいた。

 僕の伸ばした右手はといえば、正確にあずみの左の胸にめり込んでいる。

 十文字に巻いた包帯が胸を隠しているからいいようなものの、見事おっぱい直撃だった。

 僕は慌てて手を引っ込めた。

 いくら寝起きとはいえ、これでは変態兄貴と蔑まれても文句は言えないところである。

「あずみ…」

 地面に後ろ手をついて、僕は上体を起こした。

「傷はどうなんだ? 起きてて大丈夫なのか?」

「今、包帯を替えてあげたところだけど、さすがアキラ君の生き血効果ね。新しい筋肉組織が増殖して、傷口はほとんど塞がってた。もっとも、まだ完治したわけじゃないから、あんまり動かない方がいいっちゃいいんだけど」

 あずみの背後から、光が言った。

「光さん…ありがとうございます。見張り、交代しますよ」

 頭を下げると、

「OK。じゃ、あと2時間ほどしたら夜が明けるから、そしたらみんなを起こして。朝食がてら、作戦会議と行きましょう。それまで少し私も休ませてもらうわ。じゃ、あとはよろしく。兄妹水入らずで、仲良くね」

 洞穴の奥で眠っているサトの隣にタオルを敷くと、コートを掛け布団代わりにして光が横になった。

 寝息が聞こえ始めると、

「お兄ちゃん…」

 あずみがそっと身を寄せてきた。

 僕は自然とその上半身を抱く格好になった。

「助けてくれて、ありがと」

 僕の肩に顔を埋めて、くぐもった声であずみが囁いた。

「これで2回目、だよね。お兄ちゃんは、あずみの命の恩人だね」

「そんなの、大袈裟すぎるだろ」

 あずみの髪を撫でながら、僕は安堵の気持ちを込めて、言った。

「非力な俺には、おまえに血を分けてやることくらいしかできないんだ。こっちこそ、一緒に戦ってやれなくて、すまないと思ってる」

「それは違うよ」

 返ってきたあずみの声音は湿っていた。

「あずみがマルデックの”戦士”なら、お兄ちゃんはきっとマルデックの”治癒者(ヒーラー)”なんだよ」

「ヒーラー?」

「うん、戦士がどんなに深手を負っても、すぐに治してくれる回復役」

「あのさ」

 僕はたまらなくなって、あずみの冷えた身体をぎゅっと抱き締めた。

「頼むから、あんまり危ない真似はよしてくれないか。俺、もう、心臓がいくつあっても足りないって」

「お兄ちゃん、あずみのこと、心配してくれてるんだ」

 くすっと笑って、あずみが言った。

「当たり前だろ」

 僕はあずみの顎に指を当て、顔を上向かせた。

 微笑みながら、あずみがそうっと目を閉じる。

 唇を近づけた時である。

 突然、大地が激しく左右に揺れ始め、あずみが大きく目を見開いた。














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