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ハイスペック過ぎる妹を守るため、死霊の島で明日に向かってゴールをめざす 作者:春風小夏
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scene 70 四凶 其の弐 梼杌➀

 地響きが収まり、外輪山の移動が停止すると、先ほどまで確かに開いていた”門”の位置に、新たな石像が出現していた。

「あれ、何だろう?」

 ウインドブレーカーを脱ぎ、あずみの肩にかけてやると、高さ5メートルほどのところに出現した巨大な岩塊を見上げて、僕はつぶやいた。

 今度の石像、顏は一応、人間である。

 いや、人間というより、先ほどの饕餮と同じで、むしろ鬼に近い。

 凹凸だらけの皮膚。

 耳の下まで裂けた凶暴そうな口。

 眼窩から飛び出した眼球は、ソフトボールくらいもあるだろうか。 

 特徴的なのは、その口の両端から生えた2本の牙だった。

 マンモスの牙並みに長く、鋭い。

 そして、岸壁から出り出した前足は、模様からして虎に似ていた。

「南の梼杌(とうこつ)だわ」

 光が言った。

「虎に似た体。

 人の頭。

 猪のような長い牙と、長い尻尾。

 尊大かつ頑固な性格で、退却することを知らず、死ぬまで戦う」

「てことは、外輪山が、南から西へと85度、回転したってこと?」

「おそらくね。この分だと、仮にあの檮杌(とうこつ)を倒したとしても、次は、東にいる巨大な犬の姿をした渾沌(こんとん)、その次は、北に位置する翼の生えた虎、窮奇(きゅうき)と、残りの四凶が順繰りに回ってくるってことじゃないかしら」

「クソ面倒だな。4匹全部倒さないと先に進めないとは、そういうことか」」

 藤野が渋い顏で言う。

「そう。でも幸い、檮杌(とうこつ)は現在、石化状態にあるから、こっちも今のうちに体勢を立て直しましょう。まずはあずみちゃんの手当てをしないと」

 僕の腕の中で、あずみはだんだん重さを増してきていた。

 筋肉と骨の密度が人間の倍以上あるずみは、標準サイズの時でも見かけよりずっと重いのである。

「彼女は俺がホバーバイクで運ぼう。キャンプとやらの位置を教えてくれ」

「ここから外輪山に沿って、500メートルくらい南に戻ったところだべ。外輪山の向かい側の崖に、突き出た岩があるから、それが目印だべ」

「わかった」

 サトの言葉にうなずいてみせると、藤野は僕の手からぐったりしたあずみを受取った。

「うは、確かに重いな」

 背中に背負うなり、そう言って苦笑する。 

 いつもなら、

「んもう! いじわる!」

 と軽口を叩きそうなものだが、あずみはぐったりして、目を閉じたまま動かない。

 饕餮の牙の一撃は、思ったよりも大きなダメージを彼女に与えたようだった。

 徐行するホバーバイクについてキャンプに戻ると、光があずみを中央に寝かせ、救急箱から取り出した消毒液で肩の傷口を拭いた。

「両方ともかなり深いわね、骨が見えてるわ」

 何度も脱脂綿を取り換えながら、光が言った。

「さて、どうしたものかしら。一朝一夕で治せる怪我じゃなさそうなんだけど」

「大丈夫です」

 僕はあずみの傍に膝をついた。

「剃刀かナイフ、貸してくれませんか」

「あ、そうか」

 光が赤い瞳で僕を見た。

「その手があったわね」

「たぶん、上手くいくと思います。蟲毒の時も、かなり効くの、早かったから」

「果物ナイフでよければ、ここにあるわ」

「ありがとうございます。お借りします」

 光がリュックから取り出した小型のナイフを受け取ると、僕は念のため、百円ライターの炎でその刃の両面をあぶって殺菌した。

「しかし君らは変わった兄弟だな。人間離れしてるというか、なんというか…」

 蟲毒の一件を目の当たりにしているだけに、藤野は大して驚いていないようだった。

 あずみの肩の傷口の上に左手をかざすと、僕はナイフで手首の裏を真横に切った。

 2回目ともなると、リストカットにもためらいがなくなっていた。

 この前みたいに動脈を切ると後始末が大変なので、静脈を切って様子を見ることにした。

 手首に真一文字の赤い線が走ると、血玉がふつふつと湧き出てきた。

 手首を裏返し、あずみの肩にその血を注いでやる。

 ふたつの傷口が僕の血液でいっぱいになるまで、静脈から血を絞り出した。

「もういいわ。後は湿布と包帯で様子を見ましょう」

 光が僕の手首を手際よく包帯で縛ると、次にサトの手を借りてあずみの上体を起こし、湿布の上から十文字型に包帯を巻いた。

 再びあずみを寝かせると、

「さ、私たちも身体を休めたほうがいいわ。少し早いけど、交代で見張りをすることにして、きょうはもう休みましょう。四凶との戦い方は、饕餮戦でだいたいわかったし、後はあずみちゃんの回復を待つだけだから」

「俺が見張りに立つよ。どうやらこの中で、いちばん苦労してないのは、この俺みたいだからな」

 ごま塩頭を掻きながら、藤野が申し出る。

「じゃ、副番頭さの次は、サトが見張るずら。副番頭さ、眠くなったら遠慮なくサトを起こしておくんなまし」

「そうだな、いつもサトは頼りになるからな」

 藤野に褒められ、サトが頬を赤くする。

「じゃ、サトちゃんの次は私で、最後がアキラ君ね。あずみちゃん、目が覚めたら、真っ先にお兄ちゃんの顔が見たいだろうから」

 後は光が仕切って、見張りの順番が決まった。

 藤野が表に出ていくと、僕らはめいめい洞穴の隅に居を定め、タオルをかけて眠りに体勢に入った。

 真夏なので、山の中とはいえ、たいして寒くはない。

 化け物たちとの連戦の疲れに、大量出血のダメージも加わって、僕はあっという間に眠りに落ちたようだった。

 そして、深い眠りの中で、ひさしぶりに親父の夢を見た。


















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